幼すぎて言えなかった

幼すぎて言えなかった
「逆らうことができなかった。もう取り返しがつかない。私の人生は戻ってこない」

実の父親から繰り返し性暴力を受けてきた女性の切実な訴えです。「魂の殺人」とも言われる性暴力。先月、法務省の検討会が1つの報告書をまとめました。この中で、被害者が子どもの場合は時効を遅らせることなどを検討するよう求めています。背景には子どもの時には「被害の認識が難しい」といった性暴力ならではの問題があります。(広島放送局記者 諸田絢香/広島放送局チーフプロデューサー 山田香織)

※この内容は6月27日「おはよう日本」の7時台で詳しくお伝えする予定です。

性暴力 実の父親から

広島県に住む40代の女性は実の父親から性的な行為を繰り返されてきました。

おぼろげに記憶しているのは保育園に通っていたころ。父親のひざの上でアダルトビデオを見せられ体を触られていたことです。父親の行為は徐々にエスカレートし、小学4年生のころには性行為を強いられるようになりました。
父親からは「好きだからやるんだ、誰にも言ってはいけない」と言い含められていたといいます。

女性は違和感や嫌悪感を感じながらも、自分のされていることの意味を理解できませんでした。
女性
「父親とそうすること、そうされることが当たり前で普通のこと。なんかおかしいなっていうのはわかるけど、そこまで幼くて考えられなかった」
母親は病気がちで頼ることはできず、周りに被害を訴えることもできなかったといいます。

女性は中学2年生になってやっと父親を拒否するようになりました。

その後も「家族に打ち明けると家庭が崩壊する」という恐怖と、「恥ずかしい」という気持ちが女性を押さえつけていたと当時を振り返ります。

幼すぎて 被害を認識できない

実は女性のように幼いころに性暴力の被害に遭い、被害そのものを認識できないケースは少なくありません。
被害者の支援にあたっている団体の調査によると、被害に遭った時の年齢が12歳以下だったのは3人に1人。被害を認識できるまでに11年以上かかった人も4割近くを占めました。

しかし、いまの刑法では性的暴行の罪の時効は10年。大人になって被害を認識した時には時効を迎え、罪に問えないケースも少なくないと指摘されています。

被害者を苦しめる”トラウマ”

実の父親から被害を受け続けてきた女性。30年以上たっても傷が癒えることはありません。男性不信で結婚や出産は考えられなかったといいます。

40代になったとき、被害の記憶がフラッシュバックし、生活や仕事に支障をきたすようになりました。きっかけは頼りにしていた祖父母を相次いで失ったことでした。

それまで考えないようにしていたつらい記憶や、父親に対する怒りがあふれ出し感情をコントロールできなくなったといいます。
女性
「性行為をされたことを思いだして、その悔しさ怒りとかでじっとしていられないんですね。常に頭に浮かんできて、もういやだから、もう叫んで、振り払いたいんですけど、このつらさが我慢できなくて、もう、このままじゃ生きていけないなって」

たどり着いた支援窓口

3年前、追い詰められた女性がインターネットで偶然見つけてすがるように相談したのが「性被害ワンストップセンター」です。性被害に関する相談を24時間受け付け、被害者を支援する窓口です。

レイプなどの被害直後の相談から、何年も前の被害の相談まで受け付け、必要に応じて専門の医療機関や司法機関にもつなぎます。女性はそこで初めてどうにもならない苦しい胸の内を明かすことができたといいます。
女性
「ちゃんと話を聞いてくれた大人が、本当にもう初めてだったので。ただずーっと聞いてくれて、証拠はないのに信じますよって」
全ての都道府県に設置されているワンストップセンター。広島のセンターでは昼間は支援員が常駐し、夜間でも24時間電話がつながるしくみです。

女性は面談を重ね、幼いころからの被害を長い時間かけて打ち明けました。センターは精神的な苦痛を取り除くためのカウンセリングや治療方法、それに法的な手段がとれないか、弁護士に相談することなどを勧めました。
女性は支援員の付き添いで初めて精神科を受診し、父親からの性暴力によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の診断を受けました。

センターの支援により、女性は少しずつ自分が受けた被害を客観的に理解できるようになりました。被害を思い出し苦しくなって気持ちが爆発しそうになるときには受け止めてくれるセンターの存在が心の支えになっているといいます。

前に進むために 泣き寝入りしたくない

そして、去年の夏。女性は父親を相手取って損害賠償を求める民事裁判を起こしました。刑事事件にするには「時効の壁」があり難しいと考えたからです。

裁判で父親は女性に対して行った行為について一部、認めています。しかし、「強制した事実はない」などと反論しています。

女性は裁判を通して父親に心からの反省を求めるとともに、被害の苦しみを社会に訴えたいと考えています。
女性
「何十年も前のことなんですけど忘れられるわけではなく自分の中でどんどん大きくなってきていて。自分が前に進むために裁判をやろうと思ったし、同じようなこと(被害)を受けて声を上げられない人がたくさんいるので、それを変えていかないと」

法改正行うかどうかも含め検討へ

こうした被害者の声を国はどう受け止めるのか。

性犯罪の被害に遭った人の一部しか警察に届け出ることができない現状、そして、被害者が長期に渡って苦しんでいることを踏まえ、性犯罪の適切な処罰の在り方について議論する法務省の検討会が去年4月に立ち上がりました。
先月まとめた報告書では被害者が子どもの場合は時効を遅らせることなどを検討するよう求めています。時効を遅らせた場合、それだけ加害者に刑事責任を問うことが可能になる一方、記憶の変化や証拠をどう確保するのかといった課題もあります。

法務省は「今後、法改正を行うかどうかも含めて検討したい」としていて、具体的な議論は今後に委ねられた形です。

被害者の声は届くのか

そして、性暴力被害の相談を受け付けるワンストップセンター。おととしには全ての都道府県に設置されました。しかし、まだまだ課題はあります。
北仲准教授
「被害者支援の課題としては、1つはやっぱり専門家がたくさん必要ですね。産婦人科医など専門家の協力も必要ですし、精神科関係の専門家も必要です。法律の専門家も必要ですよね。それが始まったばかりで十分ではない。もう1つは一般の相談員、支援員ですけども、今までこういう人を社会で育ててこなかったので、今のところは、ほかの分野での相談、支援の経験がある人をかき集めてやっている」
センターの運営には多くの専門家に関わってもらう必要があります。人件費などの運営費は国と都道府県が出していますが、24時間体制で相談を受け付けるセンターは一部にとどまるなど、支援は地域によって差があるのが実情です。

もっとも身近で、本来ならば自分を守ってくれるはずの実の父親から、繰り返し性暴力を受けてきた女性。物心がつかないときから始まったその行為の意味を知ったときの絶望感、そして、長い間抱えてきた苦しみは想像を絶するものでした。

女性が語ることばをどのように伝えたらいいのか。取材することでつらい記憶を呼び覚まし、女性を傷つけることになるのではないか。私たちも葛藤しながら取材しました。

そんなとき背中を押してくれたのが女性のこのことばです。

「自分のような経験をしている人は、表に出ていないだけで、今も、すぐ隣の部屋にいるかもしれないと思ってほしい」

被害者の声にこたえる司法のしくみ、そして被害者を支える社会をつくることができるのか。これからも取材を続けます。

ワンストップセンター全国共通短縮番号
#8891
広島放送局記者
諸田絢香
2020年入局
新型コロナや性被害問題をテーマに取材
広島放送局 チーフ・プロデューサー
山田香織
2002年入局
子どもや女性、格差問題などの番組を制作