ピンクのランドセルがほしかった

ピンクのランドセルがほしかった
ピンクのランドセル。

描いた子どもは、この春、小学校の入学に合わせて背負うのを楽しみにしていました。

でも、母親は買ってあげられませんでした。

そのことを今でも悔やんでいます。

(大津放送局記者 松本弦)

「1回死んで、生まれ変わってくる」

描いたのは大津市に住んでいた7歳の子ども。

この春、小学校に入学したばかりの1年生です。

ここでは、好きなアニメのキャラクターにちなんでレイさんと仮名で呼びます。

母親(36)は長男としてレイさんが生まれてきたとき「男の子らしく育って、空手や柔道などを習ってほしい」と思ったといいます。

レイさんは、言葉を話す前からピンクが好きで、買い物に出かけると指をさし、かわいい女の子向けの服をほしがりました。
3歳ごろから「自分は女の子」と言うようになり、5歳になると、自分の体への違和感をはっきりと主張してくるようになりました。
母親
「ある日、お風呂上がりに自分の体を見て『自分は女の子なのに、体が違う』。『1回死んで、女の子に生まれ変わってくる』と、泣きながら訴えてきたんです」
悩んだ末、親子は専門の医師を訪ねました。

医師の診断は、心と体の性が異なる「性別違和」。

子どもをありのまま受け入れたほうが良いとアドバイスされました。
母親
「『(子どもには)別に男でも女でも、あなたのことは大好きだし愛してるから大丈夫だよ』というふうに声をかけたんですけど。やっぱり親として、これから先、つらいことがたくさん出てきてしまうだろうなっていう心配がすごくありました」

“長男”に女の子の服を着せた母の思い

レイさんお気に入りの洋服を見せてもらいました。

ピンクの上着や、女の子のキャラクターがプリントされたシャツ、それにスカート。明るい色の洋服が並びます。

保育園の同級生から、どう思われるのか不安があったという母親。

でも、その洋服を着て通わせることにしました。

ある夢が実現することを願って。
その夢とは、子どもがいちばん好きな色、ピンクのランドセルを背負って小学校に通うことでした。

そのためには、保育園のうちから、周囲に受け入れてもらうことが必要と考えたのです。
母親
「かわいいものが好きで、ピンクが好きな子だと周りに分かってもらえれば、小学校に上がったときに、もしほかの子にからかわれても、『この子は保育園のときからそういう子だったんだよ』と支えてくれる。本人も、お友達に自分のことを分かってほしいという気持ちがあったので、知ってもらうのがいちばんだと思ったんです」

「女の子に産んであげられなくてごめんね」

しかし、親子の思いが届くことはありませんでした。

女の子の格好をしていることで、保育園でいじめを受けるようになったといいます。
母親
「体を殴られたり、『おとこおんな』『仲間にいれないぞ』『病気』と言われたりしていました。園とも何度も話し合いをしましたが、『じゃれ合い』とか『男の子はそういう遊びをする』と言われて。夜中に何度も飛び起きてパニックになったり、意地悪をされたことを思い出して泣いたり。『死にたい』って言ったりとか。もう、別人になってしまいました」
レイさんは円形脱毛症や適応障害になり、保育園に行くことができなくなりました。

母親は、自分を責めました。
母親
「夜寝る前に布団で泣いていて。どうしたのって聞いたら、『この体が嫌だ』と言ってきました。『周りの友達はみんな心と体が一緒なのに、なんで自分だけ違うんだろう』って。私は謝りました。ちゃんと産んであげられなくてごめんねっていうふうに。どうしてちゃんと、女の子の体で産んであげれなかったのかなとかって」

違和感を持っている子どもは、身近にいる

レイさんを診断した医師を訪ねました。

およそ20年前に大阪でジェンダー外来を始めた、精神科医の康純さんです。

これまでにおよそ2000人のトランスジェンダーを診察してきた康医師。

レイさんのようなケースは珍しくないばかりか、親や周囲がそれを受け入れず、潜在化していることも多くあると指摘します。
康医師
「子どもの場合は親が(医師のもとに)連れてくるんです。ということは、親が連れて行こうと思わないと来られないわけです。例えば男の子がスカート履きたいと言ったとしても、親が『男の子やからスカートなんか履かへん』って言ってしまえばそこで終わってしまう。性に違和感を持っている子どもは、身近にいるんです。体と心の性が異なる人たちに、『体の性で生きるべきだ』と押しつけることは間違っています」
岡山大学ジェンダークリニックがおよそ1200人のトランスジェンダーに行った調査で、「性別違和を自覚した時期」について尋ねたところ、「小学校に入学する前」と答えたのは、半数以上にあたる56.6%に上りました。
それだけに康医師は、幼いころからの適切な対応が欠かせないと訴えます。

“あなたは1人じゃない”

レイさんが自分らしくいられるためにどう導けばいいのか。

母親は康医師から紹介されてある人物に連絡をとりました。
京都府の高校の数学教員、土肥いつきさん(59)です。

30代のころ、自分がトランスジェンダーと気づいたといいます。

女性らしい服装で教壇に立つようになると、周りから冷たい視線を浴びました。
土肥さん
「髪を伸ばしたり、化粧したり、フェミニンな服を着てみたりしました。すると、途端にバッシングがきます。周りの教員はみんな目をそらして、話しかけてこない。腫れ物に触るようでした。学校の中に自分の居場所がなかったですね」
それでも、一部の生徒たちがありのまま受け入れ、自然に接してくれたことが心の支えになったという土肥さん。

トランスジェンダーの子どもたちの居場所を作ろうと、15年前、交流会を立ち上げました。
この交流会に参加したレイさんと母親。

多くの仲間がいることを知り、喜んだといいます。
土肥さん
「子どもには、あなたは1人じゃない。仲間はいるよっていうメッセージを伝えてあげてほしいなと思います。私たちの周りには、多様な性があるのが自然なんです」

「学校にちかずくとしんどくなる」

結局、周りの理解をえられずに滋賀県外に引っ越し、新しい環境で暮らすことを選んだ親子。

この春、小学校に入学したレイさんのランドセルはピンクではありません。
母親
「買ってあげたいとずっと思っていました。けれど、またいじめられるんじゃないかと不安で仕方なかったんです。ピンクのランドセルを渡してあげられなかったことは、一生後悔するんだと思います」
レイさんはいじめの恐怖から「自分を隠したい」と言い、別の色のランドセルを背負い、男の子が着る制服を着て、男の子として小学校に通っています。

レイさんが書いてくれた手紙にはこう書かれていました。
「きょうしつに入れない」
「学校にちかずくとしんどくなる」

取材の最後、母親は、こう話しました。
母親
「『これが好き、こういうことがしたい、こういう服が着たい』というごく自然な気持ちを周りが受け止めてくれたらと。子どもが自信をもてるような状況になれば、好きな色のランドセルを持って行けると思います。大人がその子の気持ちを否定せずに受け止めて、味方になっていくことが大事かなと思います」
大津放送局記者
松本弦
2018年入局
警察担当を経て、市政や学術・文化を担当