“縫製YouTuber” 動画で魅力発信してみた

“縫製YouTuber” 動画で魅力発信してみた
最近、針や糸を使って何か作りましたか?家庭科の授業以来、裁縫箱を開ける機会がないという人も多いかもしれません。そんな若者の“縫製離れ”に待ったをかける動画チャンネルが、じわじわとファンを増やしています。立ち上がったのは岡山県倉敷市の縫製業者たち、その名も“縫製YouTuber(ユーチューバー)”です。(岡山放送局記者 佐々真梨恵)

繊維のまちが抱える悩み

繊維のまちとして有名な倉敷市児島地区。ジーンズや学生服などの生産が盛んなことで知られています。生地の製造や染色、それに洗い加工など、さまざまな工場が集積していますが、現場では職人の高齢化が進み、人手不足や後継者の育成が課題となっています。

こうした中、注目を集めているのが、動画サイトのチャンネル「縫製ばぁ」。岡山の地元のことばで「縫製ばかり」という意味で、運営しているのは児島地区で縫製の仕事に携わる若手の職人たちです。
メンバーの1人、福川太郎さん(42)は、ふだんは自身のデニムブランドでジージャンを製造・販売していますが、業界を盛り上げようと、おととしからユーチューバーとしての活動を始めました。

コンセプトは、ずばり「縫製バラエティ」です。
福川さん
「今までの縫製の動画は『○○の縫い方』とか、ハウツーものが多かったんです。ふだん縫製をやらない人たちにも興味を持ってもらうには、同じことをやっていても差別化ができないなと、バラエティの要素を入れることにしました」

今までにない“縫製バラエティ”

扱うテーマはミシンや生地、それに糸など、縫製にまつわるエトセトラ。
例えば、「【爆竹加工】爆竹3000発でデニムダメージ加工してみた」という動画では、海岸で大量の爆竹を使って自作のジーパンが火薬でどのように色落ちするか実験。

「Gジャン早縫い」という動画は、職人たちがタイムトライアルでデニムのジャケット作りのスピードを競います。
チャレンジ系から業界のあるあるネタ、それに企業紹介など、これまでに公開した動画は90本を超え、プロならではの技術や道具を使った斬新なアイデアで視聴者を驚かせてきました。

“縫製YouTuber” 仕事の流儀

新しい動画を制作すると聞いて、記者も取材の現場に同行させてもらうことになりました。

向かった先は、地元・児島地区の老舗生地メーカーです。工場で生地の「染め」や「織り」といった工程を、1つずつ撮影していきます。
福川さんが手にしているのは、片手だけで操作できる小型カメラ。

みずからカメラマンやリポーターの役目をこなしながら社員へインタビューし、製品の特徴やこだわりを詳しく聞き出します。
取材を終えると、早速編集。撮影した映像を編集ソフトでつなぎ合わせ、字幕や効果音を足していきます。本業の合間を縫って行うため、今回は取材開始から完成まで1か月余りかかりました。

公開された動画では、非常に細い糸で織り上げたデニムにクローズアップ。細い糸で作る薄い生地は厚いものよりも仕上げが難しく、生地メーカーの高い技術力が生かされていることなどを詳しく紹介しています。
こうした情報を伝えようとすると専門用語が増え、玄人(くろうと)向けになりがちですが、福川さんはイラストや用語解説を交えて誰にでも理解してもらえるよう工夫しています。

生産現場では当たり前の知識も、一般の人たちにとっては知らないことばかり。そのおもしろさをアピールできるような動画に仕上げました。
生地メーカーの女性社員
「業界の中の話を取り上げているのに、一般の人が見ても楽しめる動画になっているのがすごいなと思います」
生地メーカーの男性社員
「“縫製ばぁ”のアイデアにはいつも驚かされています。動画を通じて少しでも若い人に興味を持ってもらい、将来私たちと一緒に働きたいという人が増えればうれしいです」

福川さんの“野望”とは

“縫製YouTuber”として忙しく活動するかたわら、福川さんは、夢だった自分の店をオープンする準備を進めています。
新たに借りたのは同じ児島地区の漁港に近い古民家。店舗に併設する工房を開放し、訪れた人たちにジージャンを作る過程を見てもらおうと考えています。いずれはその様子を生配信して注文を受け付けるなど、動画サイトを活用したビジネスも展開したいと考えています。

業界の未来のために、なぜここまで力を尽くすのか。その理由は、福川さん自身の経験にありました。実は福川さん、もともとは遠く離れた茨城県出身。デニムに魅せられ、Iターンで児島地区に移住後、全くの未経験からブランドを立ち上げた経歴を持ちます。
そんな自分を支えてくれたのは、起業を目指す若者のための支援制度だったと言います。オフィスとして利用できる部屋を安い家賃で借りられたうえ、工業用のミシンなどの設備も使い放題という恵まれた環境を提供してもらい、ビジネスを軌道に乗せることができました。

手厚い支援で自分を育ててくれた「第2の故郷」への恩返しの思いも込めて、福川さんはより多くの人に縫製の魅力を伝え続けていきたいと考えています。
福川さん
「“縫製YouTuber”の活動は現場にスポットライトをあてるようなもの。動画を見て、縫製の現場ではこういう苦労があるとか、こんなに手間がかかっていたということを知ってもらうだけでも意味があると思います。僕たちの姿を見て『縫える人ってかっこいいかも』と縫製業を目指す人が少しでも増えてくることを期待しています」
今回、密着した動画制作の裏側。そこには、縫製の楽しさを伝えるための綿密な取材と、熱い思いがあることを知りました。

その思いに感化され、ふだんはほつれた衣類の補修くらいしかしない私も、ミシンを購入しようか悩み始めています。

どんな人にもわかりやすく、おもしろく、丁寧に。同じ「伝える」立場の人間として、改めてその姿勢を学んだ取材でした。
岡山放送局記者
佐々 真梨恵
2014年入局
文化やサブカルチャーを取材
ステイホームで手芸に目覚めクロスステッチを練習中