“豪奢品”めぐる争いの裏で

“豪奢品”めぐる争いの裏で
“豪奢品”って知っていますか?「ごうしゃひん」と読みます。豪奢とは手元の辞書によると「非常にぜいたくで、派手なこと」。この聞き慣れないことばをめぐって、東京都とデパートの間で、つばぜり合いが繰り広げられていました。(経済部記者 嶋井健太)

“正直者がバカを見る”

東京都では3回目となった今回の緊急事態宣言。6月20日での解除が決まりましたが、今回の対策の1つがデパートなど大型商業施設への休業要請でした。
デパート各社は発令当日の4月25日、食品や一部の化粧品などに営業フロアを絞り、大半のフロアを休業させました。

ところが、ここでデパート関係者にとっては驚くような事態が起きました。「人流の抑制が重要だ」とされていながら、当日、都内の繁華街で休業しているのはほぼデパートだけ。ファストファッションや大型の家具店、雑貨店などは営業を継続していました。

そうした中でシャッターを閉めているデパートだけが、かえって違和感を醸し出していました。都内の人出は去年4月の1回目の緊急事態宣言に比べても大幅に増加し、その効果に疑問符が打たれる結果となりました。

どうして、こんなことになったのか。
東京都が当初示した措置内容の一欄を見ると、「百貨店」「ショッピングモール」の欄には「生活必需品売り場は『休業要請対象外』」と明記されています。ところが、「生活必需品」が何をさすのかという具体的な記述はありません。ファストファッションや家具店などは「衣料品店」「家具屋」などとして休業要請の対象にはなっていませんでした。

私が取材で東京都に問い合わせたところ、担当者は「何が生活必需品なのかの明確な線引きは難しい」といった説明を繰り返すばかりでした。

こうした対応に、この時期、ある商業施設の関係者からは「あいまいな基準しか示されない中、テナント側の反発を抑えて休業したのに、筋が通らない」「正直者がバカを見る」といった憤りの声が上がっていました。

形骸化する休業要請と“豪奢品”論争

5月の大型連休明けから、デパート側が動き出しました。多くのデパートが大半の売り場で営業を再開したのです。対象範囲は衣料品や日用品、家具などに広げ、休業を続けるのは宝飾品や絵画などごく限定された範囲となりました。

新宿や銀座のデパートは、表通りに面した入り口はシャッターを閉め、「休業中」という掲示は出しながらも、一歩、店内に入ると、こうこうと照明をつけて営業しており、デパート各社が抱える葛藤を象徴したような状況となっていました。
そこで勃発したのが、“豪奢品”をめぐる争いです。東京都の小池知事は5月14日の記者会見で、都内のデパートで営業フロアが拡大している状況を問われ、次のように述べました。
小池都知事
「高級衣料品などの豪奢品については、生活必需品には当たらない旨、国から明確に通知が出されているものでございます。百貨店においては、営業を行うに当たってこの趣旨、十分にご理解のうえでご協力をいただきたい」
実は、「豪奢品が生活必需品にあたらない」という指摘は、4月25日に内閣官房が都道府県に出した事務連絡に明記されていました。さらに、5月12日に都はデパート業界に対して、そうした内容を書面で通知し、休業を改めて要請していました。小池知事の発言は、こうした経緯も踏まえたうえで、デパートが営業フロアを拡大し休業要請が形骸化していく状況をけん制した形です。

この会見と前後して、都の幹部職員がみずから足を運び、デパート各社の担当役員らとの面会も行われました。目的は「生活必需品の範囲の意見交換」や「豪奢品についての考え方の説明」です。ただ、デパート業界幹部は「特に海外の高級ブランドの休業を求められたという印象だった」と話していました。

それでも、デパート側は簡単に休業を受け入れられない事情がありました。
去年、4月から2か月近くにわたり全国の店舗で休業が続いたことなどが響き、昨年度の決算は各社大幅な赤字を計上。去年同様の休業を再度行い、同規模の赤字を出せば「会社がつぶれかねない」(関係者)状況だったのです。

そして、“豪奢品”の考え方にデパート側は納得しませんでした。「何が必需品で何が豪奢品なのかを判断するのは、お客様であって、われわれではない」というのがデパートの主張です。

さらにデパート側は、一部とはいえ営業を続けている中、特定の高級ブランドだけに休業を求めれば、ブランド側から契約違反として訴訟を起こされるリスクもあるとしています。
あるデパートの幹部は、「公正取引委員会から『優越的地位の乱用』を指摘されるおそれすらある」と都の幹部に説明しました。これに対して都側からは、具体的な回答はえられなかったということです。

休業はできなかったのか

デパート側の対応に大きな変化はないまま、6月1日に休業要請が緩和され、デパートで平日の全館営業が再開しました。“豪奢品”をめぐる東京都とデパートの論争は、結果的に、ほとんど意味を持たなかったように見えます。

そもそも今回の緊急事態宣言における、大型商業施設への休業要請は“人流”を抑えることが目的でした。その観点からすれば、デパートの営業状況にばかり焦点があたったこの間の議論も不毛だったと言えるかもしれません。
緊急事態宣言が出される直前のことし4月、日本百貨店協会の村田善郎会長はNHKのインタビューに対し、「デパートは感染対策には最善を期しており、店内で過去にクラスターを発生させたことがない」と述べて、休業要請に疑念を持っていました。

その一方で、デパート関係者からは、「例えば入店制限のような条件であれば、行政の求めに応じて大部分の休業などの対応ができたかもしれない」という声も聞かれました。
大型連休中の人出を抑えるために、どういった対策をとればいいのか。行政とデパート側が十分に意見を交わし、コミュニケーションをしていれば、デパートも納得できる対応を打ち出すことができ、結果として人流をさらに抑えられた可能性もあります。

“豪奢品”に象徴されるデパートの休業をめぐる一連の騒動。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐという、根本の目的を達成するため、関係者が十分に連携することの必要性を改めて突きつける形となりました。
経済部記者
嶋井 健太
平成24年入局
宮崎局、盛岡局を経て現所属