“眠れる獅子”は目覚めるのか 中国サッカーの改革

“眠れる獅子”は目覚めるのか 中国サッカーの改革
6月、サッカーワールドカップアジア2次予選が各地で行われ、7大会連続出場を目指す日本代表は順当に最終予選進出を決めた。
その最終予選で、日本が対戦する可能性があるチームの1つが、中国だ。
14億の人口を背景に「サッカー強国」を目指す中国。
しかし、ワールドカップからは4大会遠ざかり、アジアのクラブレベルでも日本や韓国、中東勢の後塵を拝してきた。
さらに新型コロナウイルスなどの影響で、これまで「爆買い」を続けてきた一部のクラブの経営が悪化している。
こうした中、「改革」の動きがいま、静かに進んでいる。
「眠れる獅子」とも言われてきた中国サッカーが、ついに目覚めるのか。
(中国総局 渡辺壮太郎)

突然の解散

ことし2月。中国サッカー界に衝撃が走った。
昨シーズン、国内のプロリーグ1部「スーパーリーグ」で優勝を果たしたクラブ、江蘇FCが突如、活動停止を発表したのだ。
「いくつもの制御不能な要素が積み重なり、江蘇FCはスーパーリーグ、ACL(=アジアチャンピオンズリーグ)で引き続き活動することが保証できなくなった。この通告をもって江蘇FCの活動を停止する」
活動停止のはっきりとした理由は、いまだ明らかにされていない。
昨シーズン、悲願の初優勝に酔いしれたサポーターたちは、悪い夢でも見ている気分だろう。

「江蘇FC」は、首都 北京から飛行機で約2時間。江蘇省南京市に本拠地を置いていた。前身の『江蘇省足球隊』から60年以上続いた、歴史あるクラブだった。

カップ戦での優勝経験はあったものの、リーグでなかなか優勝できずにいたが、2016年にオーナー企業が変わり、「爆買い」路線に転換。
元ブラジル代表のラミレス選手を、イングランドプレミアリーグのチェルシーから2800万ユーロ(約36億円)で獲得したのをはじめ、外国人監督や選手を相次いで獲得した。
“足りないものは、金で買え”
まさに中国の「サッカーバブル」を体現するような補強で、クラブは中国サッカーの頂点に上り詰め、アジアの強豪クラブが参加するACLへの出場権を獲得。しかし、転落も早かった。

取材を進めると、聞こえてきたのは「数年前からオーナー企業の経営が悪化していた」「経営を多角化しすぎて、身の丈にあった経営ではなかった」という情報。
企業が手を広げすぎたところに、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響が決定的な打撃となったと見られる。
江蘇FCのサポーターの1人は愛するクラブの消滅に、憤りを隠そうとしない。
「江蘇は、歴史のあるチームだったんだ。何の説明もなしに、クラブを放っぽり出すなんて。俺たちサポーターを何だと思っているんだ」

「サッカー強国」目指す国家戦略

中国でプロサッカーリーグが始まったのは、いまから27年前の1994年。日本のJリーグ発足の翌年だ。
しかし、八百長といった不正が相次いだこともあり、クラブ運営の詳細なルールなどを改めて規定。2004年、1部リーグの名前を「中国スーパーリーグ」に変え、再スタートを切った。

現在は、1部から3部まで合わせて57クラブが参加しているが、江蘇FCのように、オーナー企業の経営悪化や新型コロナの影響などで、この3年間で20余りのクラブが、活動停止やリーグからの撤退を余儀なくされている。
中国の「サッカーバブル」の引き金になったと言われているのが、政府が打ち出した2つの計画だ。

2015年の「中国サッカー改革発展の総体的なプラン」、そして2016年の「中国サッカー中長期発展計画」だ。

計画では「サッカー台頭の夢、スポーツ強国の夢、民族復興の夢を努力して実現する」と記され、2050年までに「一流のサッカー強国になる」という目標が掲げられている。
これらの計画は、習近平国家主席肝いりの政策だと言われている。
習主席はかつて「私は1人のサッカーファンだ」と発言するなど、熱心なファンとして知られている。
こうした国家戦略に沿うかのように、多くのクラブが海外の大物選手を買い集める動きを強化した。

中国のテレビなどでスポーツ解説を務めるスポーツジャーナリスト兼評論家の顔強氏は、これまでの中国サッカー界について、いろいろな思惑が渦巻いていたと指摘する。
顔強氏
「企業によって、クラブ経営の目的は自分たちのブランド力を高めることだったり、政治的な立場を選択するためだったりと、さまざまだった。サッカーはただの道具であって、道具には寿命がある。サポーターなんて根本的に関係ない、そういう状態だった」

草の根の「改革」

それでも、新たな方向性を打ち出すクラブも出てきた。
江蘇FCと同じ江蘇省の、南通市に本拠地を置く「南通支雲」。2部リーグに所属する、創設6年の若いクラブが掲げる理念は「地域密着」だ。

今シーズンの開幕前に開いた、選手とサポーターの集いで、オーナーはこう言い切った。
南通支雲のオーナー 笵兵主席
「中国サッカーは、金満経営の時代から、理性的な経営環境に戻った。一歩ずつやっていく、これが南通支雲の発展の行く先であり、我々は、誰にでも受け入れられる『100年クラブ』を目指していく」
クラブはサポーター向けの定期的な催しに加え、2018年からは地元の小学校にコーチを派遣して、サッカー教室も開いている。

さらに、サポーターを増やそうと、地域のコンビニエンスストアと提携。店内にグッズの特設コーナーを設置したり、試合のある日には休憩スペースでパブリック・ビューイングも開いたりしている。
こうした草の根の活動によって、サポータークラブの会員数は創設当初の約6000人から、5年間で3倍以上の2万人に増えたという。

元中国代表選手で、南通支雲の謝暉監督も、サポーター重視の姿勢を何より強調している。
南通支雲 謝暉監督
「私はドイツでのプレー経験もありますが、そこで見たサッカー文化は、サポーターの雰囲気やサッカー文化が融合し、共生していました。サポーターは『クラブの屋台骨』なのです」
「クラブは、試合の勝ち負けだけではなく、お金を稼ぐだけでもなく、リーグで優勝するだけではなく、さらに大きな社会的責任を負っています。クラブが企業の広告看板のためだけに存在するとしたら、社会的な責任を失ってしまい、発展は望めません」

日本としのぎを削る存在に

こうしたクラブ以外に、中国に「真のサッカー文化」を根付かせようと、地道な取り組みを行う日本人もいる。

楽山孝志さん(40)。Jリーグのジェフ千葉やサンフレッチェ広島に所属したあと、中国でも3年間プレーし、スーパーリーグでは日本選手として初得点を記録。2014年に現役を引退した。

楽山さんは、中国に渡ってまもない頃に見た光景を、今でも覚えていると言う。
楽山孝志さん
「トレーニングを終えた選手がグラウンドをそそくさと去る姿を見て、サッカーを心から愛していると言うより、お金を稼ぐ手段という『1つの仕事』にしかなっていないように見えました。これではいけない、そう思いました」
楽山さんは引退後「中国サッカーを強くしてほしい」というサポーターの要望を受け、中国南部の深センに子ども向けのサッカースクールを設立。
現在は幼稚園児から小学生まで200人余りが通っているが、子どもたちがサッカーを心から好きになってくれるようなプログラムを組んでいるという。
楽山孝志さん
「中国は物事をいったん決めたら、とんでもないパワーとスピードを発揮する。問題はそれをやり続けられるかどうかだ。だからこそ、この中国で継続することの大切さを伝え、『真のサッカー文化』を根付かせたい。そう思っているんです」
もう1つ、楽山さんに聞いてみたいことがあった。
楽山さんは去年、日本サッカー協会の「S級ライセンス」を取得。Jリーグのクラブの監督になることもできる。
それなのに、なぜ中国なのか。
楽山孝志さん
「日本のサッカーが強いだけでは、アジアのレベルは上がらない。ヨーロッパや南米を見れば分かるように、同じエリアのチームが切磋琢磨することで、それぞれのレベルが上がっている。確かに日本サッカーのレベルはアジアで見ればトップクラスだが、さらに強くするためには、ライバルになる国が増える必要がある」

『眠れる獅子』は目覚めるのか

今回の取材のきっかけは、江蘇FCの活動停止のニュースが、私の中のある記憶を呼び起こしたことだ。

その記憶とは、1999年の元日。
出資会社の経営不振によってJリーグからの消滅が決まっていた横浜フリューゲルスが、天皇杯の決勝で清水エスパルスを破り、クラブの歴史に幕を閉じたことだった。
創生期のJリーグを振り返ると、ジーコ、リネカー、リトバルスキー、ストイコビッチ、ブッフバルト、ドゥンガ…。
来日した大物外国人選手は、枚挙にいとまがないほどだ。
そして、近年までの中国サッカーの「爆買い」は、金額では大幅に上回るが、当時の日本の姿と重なる部分がある。

広大な中国にサッカー文化のすそ野が広がり、サポーターたちの声援によって「眠れる獅子」が深い眠りから目覚める。
日本のサッカーファンとしても、そんな日がやってくるのを待ち望みたい。
中国総局
渡辺壮太郎
平成22年入局。徳島局、沖縄局、国際部、政治部を経て、現在、中国総局。
高校・大学を中国で過ごす。生粋の清水エスパルスファン。好きなチャントは「ビバエスパルス」と「フォッサ」。初任地では、徳島ヴォルティスの担当記者として、『四国初のJ1チーム』誕生を見届ける。ともに思い入れのある清水と徳島、どちらを応援すべきかが最近の悩み。