わたしの体、わたしが守りたい…「薬局でも緊急避妊薬を」

わたしの体、わたしが守りたい…「薬局でも緊急避妊薬を」
「避妊に失敗したかもしれない…」
そんな不安を抱えながら、生理が来るのを待った経験がある女性、少なくないのではないでしょうか。
そうした時、妊娠を回避する手段の1つが「緊急避妊薬(=アフターピル)」です。性行為から72時間以内に服用すれば、80%以上の確率で妊娠を防げるとされています。
WHO=世界保健機関によると、深刻な副作用はありません。海外では、90か国以上で、薬局で直接購入できます。価格は800円から5000円程度。フランスでは学校の保健室でも配布されています。
一方、日本で手に入れるには、産婦人科などを受診して、医師の診察を受けなくてはなりません。
こうした中、国内でも薬局での販売を認めるか、今月7日、厚生労働省が4年ぶりに検討を再開しました。国を動かしたのは、意図しない妊娠に苦しんできた女性たちの切実な声でした。
(社会部 記者 小林さやか/松田伸子)

意図しない妊娠、中絶

「薬を飲めていたら、違っていたんじゃないか」

首都圏に住む40代の女性です。
6年前、交際していた相手に避妊を求めましたが、聞き入れてもらえませんでした。

性行為のあと、緊急避妊薬を手に入れようとしましたが、週末で、開いている医療機関は見つかりませんでした。週明けも仕事を休めず、薬の効果が期待できるタイミングを逃してしまったといいます。

そして、妊娠が判明。出産することも考えましたが、交際相手が同意してくれず、悩んだ末に中絶しました。
その後、中絶を経験した女性たちのケアなどに取り組む団体に出会うまで、数年間、苦しみ続けたと言います。
緊急避妊薬を手に入れられなかった女性
「仕事が終わって家に帰ると『消えてしまいたい』と、うつのような感じになって気分の浮き沈みが激しくて。中絶という自分が望んでいない結果になってしまって、すごく罪悪感がありました。『なんでそんなことをしたの?』って責められるんじゃないかと思って、誰にも言えず、相談もできませんでした」
支援団体と出会ったことで、気持ちの整理をつけてきたという女性。当時、緊急避妊薬があれば、ここまで追い詰められることはなかったのではないかと感じています。
緊急避妊薬を手に入れられなかった女性
「『緊急だから』、『どうしても今、自分の人生にとって大きな分岐点だから』、『自分の将来を守るために選択するんだ』って思って緊急避妊薬を必要としているので、緊急時にすぐに手に入るようにしてほしいです」

アクセス改善を!高まる女性たちの声

こうした女性の声を受けて動いたのが、NPOや、産婦人科医が立ち上げた市民団体でした。

緊急避妊薬を薬局で直接購入できるよう5月、厚生労働省に要望したのです。
市民団体によると、2019年以降、インターネット上で3回にわたって実施したアンケートでは、いずれも回答した男女の9割以上が、薬局での販売に賛成しました。
薬局販売を求める署名活動にも、これまでに11万人を超える署名が集まったということです。

団体に寄せられた相談では、身近に緊急避妊薬を処方してくれる医療機関がなかったり、性暴力の被害に遭った直後に医師の診察を受けることに抵抗があったりして、緊急避妊薬を手に入れられず、妊娠してしまったという人もいたといいます。

さらにコロナ禍で多くの人が外出を自粛する中で、家庭内暴力などが増加し、意図しない妊娠に悩む女性からの相談が急増したことへの危機感もあったと、市民団体は話しています。
緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト
共同代表 産婦人科医 遠見才希子さん
「これまで声を上げられなかった女性たちが、SNSやインターネットのキャンペーンを通じて声を上げられるようになりました。女性たちから『緊急避妊薬が手に入らず、生理が来るまで不安で胸が張り裂けそうだった』という切実な声がたくさん寄せられています」
こうした声は、直接、国にも届けられました。

内閣府が、男女共同参画基本計画(第5次)を作成しようとパブリックコメントを募集したところ、緊急避妊薬の薬局販売を求める声が相次いで寄せられたのです。
結果、2020年12月、基本計画に「処方箋なしに緊急避妊薬を適切に利用できるよう、薬の安全性を確保しつつ、当事者の目線に加え、幅広く健康支援の視野に立って検討する」という一文が盛り込まれました。
共同代表 産婦人科医 遠見才希子さん
「女性の権利として緊急避妊薬へのアクセスを改善してほしいと思います。『子どもを産むのか』、『産むなら何人か』といった性に関する判断や意思決定を、女性が他人から管理されずに自分で決められるよう尊重し、世界標準の方法と価格で薬を手に入れて、自分の体を自分で守れるようにすべきです」

4年前は「時期尚早」 その後変化が

実は、4年前の2017年にも厚生労働省の検討会が、薬局販売を解禁するか議論していました。
しかし、この時は「時期尚早」として見送っています。

理由とされたのは大きく2つ。
▽薬局の薬剤師に、対応する知識が不足していること
▽国内で性教育が浸透していないため、乱用や悪用につながりかねないこと
一方、取材を進めてみると、この4年間で、状況が変わってきていることも分かりました。

きっかけの1つは、2019年に緊急避妊薬でもオンライン診療が解禁されたことです。以前は、医療機関を受診すると、その場で緊急避妊薬を受け取るケースがほとんどでした。
それが、オンライン診療の解禁で、医療機関から処方箋をFAXなどで薬局に送ってもらえば、薬局で受け取れるようになったのです。

このため、厚生労働省が、全国の薬局の薬剤師を対象に、緊急避妊薬に関する研修を実施。これまでにおよそ9000人が受講し、薬の効果やリスク、性被害に遭った人への対応などを学んだということです。
薬局では、実際にどのような対応をしているのか、取材してきました。

この薬局チェーンでは、全国400余りの店舗すべてに、緊急避妊薬を配備しました。

オンライン診療を受けた女性が訪れると、まず、プライバシーに配慮して個室に案内します。

その後、100%妊娠を防ぐことはできないこと、吐き気などの副作用が出る可能性があることなどを説明。

性行為から72時間が過ぎて薬の効果がなくなってしまわないよう、その場で服用してもらいます。

服用後も、妊娠を防げたかを確認するため、3週間後に医療機関を受診するよう勧め、近隣の医療機関のリストも手渡します。
メディカルシステムネットワーク薬局事業本部 鈴木達彦さん
「予期せぬ妊娠という社会問題を解決するために、薬局の機能として何かできることはないかと考えました。オンライン診療に対応してみて、薬局での直接販売も対応可能だと感じています。もし薬局販売が認められた場合は、対応できるよう会社としても準備を進めていきたいと思っています」

性教育の現場も

性教育の現場にも変化が出ています。
性教育をテーマに、14年前から、中学校を中心に講演している埼玉医科大学病院の高橋幸子医師は、ここ数年で学校現場の意識が高まっていると感じています。

4年前は、年間に80件だった依頼が、おととしは135件に増加。
去年は新型コロナの影響で減りましたが、オンラインで講演してほしいという依頼は後を絶たないということです。
埼玉医科大学病院 産婦人科 高橋幸子医師
「3年ほど前から性教育の必要性や重要性が認識され、関心を持つ保護者や学校関係者も増えて大きな波になってきています。講演では、緊急避妊薬についても避妊に失敗したときの『備え』として必ず教えているので、知識や理解は広がってきているのではないでしょうか」
文部科学省も、性暴力の被害に遭った場合の対応などについて、学校現場で使用する教材を作成し、ことし4月に公開しました。高校生以上を対象にした教材では、緊急避妊薬について具体的に記載しています。

慎重な意見も

一方、薬局販売の解禁に慎重な声も出ています。
全国の産婦人科医でつくる日本産婦人科医会は、前回・4年前に国の検討会で意見を求められた際、性教育が浸透していないことなどを理由に反対を表明しました。

今回はどうなのか。
日本産婦人科医会が、薬局販売について検討しようと立ち上げたプロジェクトチームのリーダーの種部恭子医師に話を聞きました。

種部医師は、避妊に失敗した女性などが、薬局で緊急避妊薬を入手できるようにすることには必ずしも反対ではないとしたうえで、医師が診察することは重要だと訴えています。
日本産婦人科医会常務理事 種部恭子医師
「私のクリニックに、何度も緊急避妊薬をもらいに来る女性がいたので、疑問に思って少しずつ話を聞いていくと『夫に避妊を頼むと、逆上したり不機嫌になったりするので頼めない』と打ち明けられました。そういう女性には、避妊効果が高い低用量経口避妊薬(=低用量ピル)の服用を勧めたりします。また、13歳で緊急避妊薬をもらいに来る子もいますし、SNSで出会った人が避妊してくれなかったという子や、親から性的な虐待を受けたという子もいます。診察を入り口にしっかり話を聞くことで、性暴力の相談窓口や児童相談所などの適切な支援につなげることができているんです」
もう1つ、種部医師は、日本では多くの男女が対等な関係性を築けていないことが根本的な問題だと指摘しています。
日本産婦人科医会常務理事 種部恭子医師
「もし薬局販売が認められれば、『緊急避妊薬を飲めばいいだろう』と避妊をしない男性が増えることを強く懸念しています。コンドームをしない性行為が増えると感染症のおそれも出てきます。多くの女性が男性から支配される関係に置かれていて、避妊などに関して自己決定できていないことが一番の問題だと感じています。これは、やはり性教育が遅れていることが原因です。性教育は時間がかかるので、早く対応しないといけません。この議論なしに薬局での販売だけを進めるのは反対だというのが日本産婦人科医会のスタンスです」
日本産婦人科医会では、今後、会員の医師にアンケートを行い、緊急避妊薬の処方で感じている課題などを洗い出した上で、薬局販売の是非について検討するということです。

緊急避妊薬を入手できることは“女性の権利”

WHOは、2018年「意図しない妊娠のリスクに直面するすべての女性と少女は、緊急避妊の手段にアクセスする権利がある」と各国に勧告しました。
また、2020年4月には、薬局での販売の検討も含め、緊急避妊薬へのアクセスを確保するよう提言しています。

妊娠するのは女性です。
意図しない妊娠で、中絶を選んでも、出産を選んでも、女性たちの心や体に負担がかかります。

女性が身を守り、自分の体のことを自分で決められる社会をどうすれば実現できるのか。

当事者の声を大切にしながらスピード感をもって議論を進めてほしいと思います。
社会部 記者
小林さやか
2007年入局 厚生労働省担当 介護政策のほか子どもと女性の権利擁護をテーマに取材
社会部 記者
松田伸子
2008年入局 ジェンダーや気候変動問題を中心に取材 今回の取材でリプロダクティブヘルス・ライツの大切さを再認識