Go To アメリカ ワクチン求めて“社員旅行”??

Go To アメリカ ワクチン求めて“社員旅行”??
職場や大学などでの、新型コロナウイルスワクチンの職域接種が始まりました。しかし、まず対象になっているのは1000人以上の規模の企業などで、ほとんどの中小企業では職域接種の見通しが立っていません。
そうした中、社員18人の会社が踏み切ったのは、アメリカへの「社員旅行」でした。
(国際部 記者 近藤由香利)

いつ?職域接種

「職域接種について大企業から始まっていますが、私たちのような規模の会社では社員がいつ接種できるか分かりません。でも、ただ待っているだけでなく、何か『行動』しようと思いました」
こう語るのは、阪倉豪さん(33)。京都でホテルや飲食店などを運営する株式会社『ROOT2』の取締役です。
社員は20~30代を中心に18人。常駐する産業医はいません。政府が推し進める職域接種を受けられる見通しは、全く立っていないと言います。

そうした中、阪倉さんが社員や会社を守ろうと提案したのが、アメリカにワクチンの接種を受けに行く「社員旅行」でした。

アメリカに行けば…

「アメリカに行けば、外国人観光客でもワクチン接種を受けられるらしい」
阪倉さんは5月、そんな情報をインターネットで目にしました。

さらに、ロサンゼルスにいる知人に話を聞くと、実際に日本から接種を受けに訪れている人がいることが分かりました。

国民へのワクチンの接種が進むアメリカでは、新型コロナウイルスで大幅に減った観光客を呼び戻そうと、州内に居住や勤務していることを証明する書類がなくても接種を受けられるようにする州が相次いでいます。

現地のNPOの調査によりますと、こうした措置をとっているのは6月1日現在、全米50州のうち半数の25州。
夏の観光シーズンに向け、ニューヨークのタイムズスクエア近くや、南部フロリダ州マイアミビーチの砂浜、それにアラスカ州の空港などにも接種会場が設けられています。

阪倉さんの提案に、社員の多くが驚いたと言います。
それでも、参加を強制するのではなく希望者を募る形にして、渡航費や現地での滞在費はすべて会社が負担することなど、丁寧に説明しました。

その結果、2つの飲食店の店長と副店長合わせて4人が参加を希望。会社の代表と阪倉さんの合計6人で、ロサンゼルスへの「社員旅行」が決まりました。

旅行期間中に加え、帰国後2週間は自宅などでの隔離が必要となるため、2つの飲食店は1か月間休業することを決めました。
阪倉豪さん
「ただ待っているだけでなく、何か行動したいと思いました。店を休業することでお客さんが離れてしまうのではないかと心配しましたが、目先の利益より、きっとメリットが大きいと思い、決断しました」

本当に観光客でも大丈夫?

一行は6月上旬、ロサンゼルスに到着。
翌日、阪倉さんが現地在住の知人から前もってスーパーや薬局など街の至る所に接種会場があることを聞いていたため、車を走らせたところ、教会の駐車場に設置されている接種会場を見つけました。
そこは車に乗ったまま接種できる、ドライブスルー方式の会場でした。

接種は無料で、事前の予約は必要なし。
接種を行う担当者に「観光客なの?」と聞かれたあと、日本の住所と電話番号、それにアレルギーの有無について聞かれたと言います。
接種を受けるのは「モデルナ」「ジョンソン・エンド・ジョンソン」「ファイザーとビオンテックが共同開発したワクチン」のうち、どれにするか自分で選び、すぐに接種できました。

阪倉さんたちのグループは5人が、接種が1回で済むジョンソン・エンド・ジョンソン。1人がモデルナのワクチンを接種したそうです。
接種が終わったあと、会場にいた人たちが「イエーイ!」と一緒になって喜んでくれるなど、外国から接種を受けに来た自分たちにも温かく接してくれたのが印象的だったと言います。

阪倉さんは社員たちに副反応が出た場合に備えて、日本人医師がいる現地の病院をあらかじめ調べていました。

しかし幸い、6人とも発熱することはなく、「接種したほうの腕を上げるのが少し痛い」という人がいたぐらいでした。

「私たちにとって最善の選択肢」

一行はすでに「社員旅行」を終え、日本に帰国。
現在は6人全員が自宅などで14日間の隔離生活に入っています。

阪倉さんは、旅行の費用はかかったものの、社員や店などに来る客の感染リスクを早い段階で減らせるのであれば、リターンは大きいと言います。

それに加え、アメリカで観光客や、マスクを着けずに生活している人を多く見かけるなど、新型コロナの感染拡大前に戻りつつある現状を目の当たりにし、ワクチン接種の効果を実感できたことで、今後に希望を抱くことができるようになったと強調します。
阪倉豪さん
「私たちの決断を批判的に捉える方もいると思いますが、お客様の安心安全、そして働く社員やその家族の安全を考えれば、アメリカへワクチンを打ちに行くことが私たちにとって最善の選択肢でした」

求められる「自己責任」

アメリカで接種を受けたいという需要に、旅行業界も応えようとしています。

東京や北海道などの旅行代理店6社は、ニューヨークへの「ワクチン接種ツアー」の販売を5月末以降に開始。
1人で参加した場合、3泊5日の料金は、航空券代を除き47万円からとなっています。

こうした海外でのワクチン接種について、専門家は慎重に判断してほしいと話しています。
政府の分科会メンバー 川崎市健康安全研究所 岡部信彦所長
「まず、旅行そのものにリスクがある。決してアメリカの感染状況が日本よりずっといいということではない」
さらに、副反応による健康被害が出た場合の補償について、日本では「予防接種法」により国が医療費などを支給する救済制度があるのに対し、海外で接種した場合はその対象にならないと指摘します。
岡部信彦所長
「もし何か症状が出たときにアメリカでどういう処置が受けられるのかや、飛行機の中で体調が悪くなったらどうするか調べておく必要がある。『自己責任』がより強く求められている」
海外に渡って接種する人が相次ぐ中、そのメリットとともに、リスクもよく見極める必要がありそうです。
国際部 記者
近藤由香利
2009年入局 盛岡局、大阪局、国際放送局を経て現職
担当は主に朝鮮半島とアメリカ