そのカネは政治活動?選挙運動?河井元法相 買収事件判決へ

そのカネは政治活動?選挙運動?河井元法相 買収事件判決へ
国政で要職を重ねた河井克行元法務大臣の突然の告白だった。

「広島に戻ると“本当に自分はひとりぼっちなんだな”と思っていました」

現金提供の動機は「地盤培養」、つまり地元議員との人間関係を強固にし、支持基盤を築くことだったと法廷で語った。

政治家が政治家にカネを渡すことは、どこまでが合法で、どこからが買収になるのか。前代未聞の大規模買収事件で18日に言い渡される判決は、政治家どうしのカネのやり取りに警鐘を鳴らす判決となる可能性がある。
(社会部 記者 伊沢浩志)

無罪主張から一転

妻の案里元議員が立候補した令和元年の参議院選挙で、地元議員や後援会のメンバーなど100人におよそ2900万円を配ったとして、公職選挙法違反の買収の罪に問われた元法務大臣の河井克行被告。

去年8月の初公判では無罪を主張した。しかし-
河井克行元大臣(2021年3月23日 被告人質問)
「河井案里の当選を得たいという気持ちが全く無かったとは言えず、否定することはできないと考えています。すべてが買収の目的では断じてありませんが、全般的に選挙買収を争うことはいたしません」
元大臣は被告人質問の初日、起訴内容のほとんどを認めた。
無罪の主張をやめ、起訴内容についてほぼ争わない姿勢を示したかのように見えた。

ところが、元大臣にはどうしても譲れない一線があった。
河井克行元大臣(2021年3月23日 被告人質問)
「たしかに妻の当選をえたかったという気持ちは否定しませんが、一方で、すべての党勢拡大活動や地盤培養行為など、政党政治の根幹にかかわることすべてを選挙運動と断ずることは、日本の民主主義に禍根を残すと確信しています。全国で活動している政治家や支援者の日常の活動を萎縮、制約させることがあってはならない」
つまり、党勢拡大や地盤培養といった目的でカネを配ることは通常の「政治活動」であり「選挙運動」には当たらない、政治活動でカネを配るのはセーフだという主張だ。

違法と合法の線引きについて、みずからの主張を述べた後、次の質問で元大臣は「衆議院議員を辞することとしました」と述べ、議員辞職を表明した。

「政治活動」と「選挙運動」 公職選挙法では

「政治とカネ」のルールを定めた公職選挙法ではどのように規定されているのか。

選挙で当選することを目的とした活動は「選挙運動」と位置づけられ、有権者にカネを配るのは買収に当たり、刑事罰の対象となる。

選挙における買収が違法とされるのは、選挙で金持ちが有利にならないようにするためだ。明治時代は、立候補するのに納税額による要件が設けられ、立候補できる人が極めて少数に限られていた。

現在の憲法では、議員になるのにあたって財産や収入で差別してはいけないとされている。

一方で、政治にはカネがかかる。例えば、河井元大臣の政党支部や資金管理団体が提出した収支報告書を見ると、事務所費や通信費、人件費、交通費として多額の経費がかかっている。有権者に政策を訴える集会を開けば、会場費もかかる。

こうした経費のほかに、地盤培養や党勢拡大などを目的に政治家の政治団体に寄付することも「政治活動」として、認められている。

何日前から選挙運動?

ただ、「政治活動」としてカネを配るのが選挙の何日前まで許され、何日前からは「選挙運動」として禁止されるのか、具体的な時期について、規定はない。

過去に起訴されてきた買収事件のほとんどで、現金を渡した時期は選挙期間中か、選挙直前だった。

河井元大臣の事件では、選挙の4か月近く前の現金提供も買収の罪に問われた。これは異例のことだとされる。

これまで検察が起訴してこなかった、選挙と時期の離れた現金提供も買収の罪に当たるのか。買収の罪に当たると判断されれば、政治家どうしで現金をやり取りするこれまでの風習に影響を与える可能性がある。
【河井克行元大臣 主な現金提供(※起訴内容より)】
<2019年>
3月13日 自民党本部 案里元議員を参院選候補に公認
3月20日 案里元議員 参院選立候補表明
3月23日 起訴内容で最初の現金提供20万円
3月下旬 藤田博之 広島市議に50万円
3月27日 天満祥典 前三原市長に50万円
3月29日 広島県議選・広島市議選(統一地方選前半)告示
4月1日 奥原信也 広島県議に50万円
4月5日 谷口修 広島市議に50万円
4月7日 下原康充 広島県議に50万円(案里元議員)
4月7日 統一地方選前半 投開票
4月13日 沖井純 広島県議に50万円
4月14日 統一地方選後半 告示
4月21日 統一地方選後半 投開票
5月25日 奥原信也 広島県議に50万円(案里元議員)
5月31日 亀井静香元大臣秘書に100万円
6月2日 天満祥典 前三原市長に100万円
6月23日 奥原信也 広島県議に100万円
7月3日 亀井静香元大臣秘書に200万円
7月4日 参議院選挙 公示
7月21日 参議院選挙 投開票
8月1日 起訴内容で最後の現金提供10万円

河井元大臣が語った現金提供の意図

河井元大臣は、現金を配った主な目的は「地盤培養」や「党勢拡大」だったと主張した。

その背景には、みずからが広島政界で厳しい状況に置かれていたことがあったと告白した。
河井克行元大臣(2021年3月24日 被告人質問)
「30歳の時に初めて衆議院選挙に立候補した際、自民党本部が広島県連の頭越しに私を公認しました。これをきっかけに当時の県連とギクシャクするようになりました。関係が改善することはなく、選挙で積極的に私を応援してくれる人はいなかった」

「東京では、外交や安全保障で動き回っているのに、広島に戻ると『本当に自分はひとりぼっちなんだな』と思っていました」

「当選7期なのに、県連会長の就任の順番が私になると飛ばされて、疎外感や孤独感を感じていました」

「地元議員らへの献金は、人間関係を作り、県連会長になるためのまさに布石だった」

「政治の世界で普通に行われている献金や寄付を通じて、関係を作っていく」
元大臣が現金を配った時期は、地元議員が選挙に臨んでいた統一地方選挙の前後が多くなっている。

案里元議員の参議院選挙の3か月前だった。
河井克行元大臣(2021年3月24日 被告人質問)
「何もないときであれば、『なんだ?』と思われるが、統一地方選挙の選挙中は絶好の機会だと思い、『陣中見舞い』や『当選祝い』として渡しました。私の側についてもらう動機付けにするためでした」
相手の選挙の「陣中見舞い」や「当選祝い」は、現金を渡す格好の名目となるという。

こうした法廷での告白が真実なのか、それとも刑を軽くするための言い逃れなのか、元大臣本人にしか分からない。

ただ、「政治とカネ」をめぐる重要な論点であることは間違いない。

元大臣本人にとって「政治の世界で普通に行われている」感覚だったというカネのやり取りが「選挙運動」に当たると判断されれば、「日本の民主主義に禍根を残す」とまで言っているのだ。

“3か月ルール”が存在?

通常の「政治活動」と「選挙活動」が線引きされるのは、具体的に選挙の何日前になるのか。

今回の裁判の中で、カネを受け取った側の複数の県議が広島政界内での認識について証言した。
岡崎哲夫 広島県議(2020年10月2日 証人尋問)
「公職選挙法ではありませんが、“3か月ルール”というものがございまして。公示の3か月前からというのが捜査の集中取締期間。3月30日は公示から3か月前から外れている状況で深く考えていませんでした」
渡辺典子 広島県議(2021年1月8日 証人尋問)
「『選挙の3か月前後は金について気をつけろ。そもそも財布を出すな』と自民党県連から言われていた」。
つまり、3か月前からは選挙買収と見なされる可能性があり、逆に言えば、3か月以上離れていれば大丈夫だという認識が広がっていたという。

一方、現金を渡した側の元大臣は、時期による線引きは難しいと、異なる認識を述べたことも興味深い。
河井克行元大臣(2021年3月24日 被告人質問)
「よく『常在戦場』ということばが使われますが、衆議院はいつ解散するかわかりません。実態として、どこからが政治活動でどこからが選挙運動かという明確な区分けは行っていません。ふだんの政治活動と公示日以降の選挙運動が断絶しているということはありえず、逆に、選挙の延長線上に政治もあり、公約で掲げたことを実現するのは政治活動です。その両者を全く別物として切り分けるのは現実的ではない。裁判長、これを私が言うと、『お前が言うな』と思われるかもしれませんが、一般論として、公示日に近いから選挙違反、となってはいけない」
元大臣は時期が離れているから買収ではない、という主張はしなかった。

仮に、法律で“3か月ルール”が規定され、買収に当たらないというルールができてしまえば、その前にカネが飛び交うことも予想される。

時期によって線引きすると、買収をさらに誘発してしまうおそれがあるのだ。

案里元議員の判決では

「選挙運動」か「政治活動」かは、妻の案里元議員の裁判でも争点となった。

東京地裁の高橋康明裁判長は1月の判決で、買収に当たるかどうかを判断する要素として、
(1)選挙情勢
(2)現金授受の時期
(3)受け取った人の立場や被告との関係
(4)現金を渡したときの状況
(5)金額
の5つを挙げた。

そして、案里元議員が4人の県議会議員に現金を渡した目的について、「自民党広島県連の支援を得られず、地元議員からの支援を期待できない状況で、厳しい選挙情勢だった。県議会議員に渡した金額は票の取りまとめの報酬に見合う」と指摘。

現金を渡した時期については具体的には触れずに、買収に当たると判断した。

高橋裁判長は、河井元大臣の裁判も担当している。

“票はクリーンであるべき”

政治家が政治家にカネを渡すことはどこまでが合法で、どこからが買収と考えるべきなのか。

裁判で出てきた政治とカネをめぐる証言や元大臣の発言について、元東京地検特捜部検事の高井康行弁護士に話を聞いた。
元東京地検特捜部検事 高井康行弁護士
「広島で広がっていた『3か月ルール』というものは法律では存在せず、期間で線引きすべきではない。そもそも、地盤培養などの政治活動は自分の主義主張を訴えて支援者を募ることであって、カネを配って地盤培養をすることは民主主義にふさわしくない。今回のようなケースが仮に買収に当たるとされても、政治活動ができなくなることはない。一方で、まっとうな政治活動でも、交通費や通信費などのカネはかかる。そういったカネをも使ってはいけないということになれば、民主主義は死んでしまう。『票』はクリーンであるべきだ」
高井弁護士は、政治家が政治家にカネを渡して地盤培養をすべきではないと指摘する。

また、河井元大臣はさまざまな状況で100人という極めて多くの人に現金を渡したとして起訴された。

高井弁護士は、今回の判決では「政治活動」と「選挙運動」の線引きについて、多くの重要な判断が示されることを期待しているという。
元東京地検特捜部検事 高井康行弁護士
「現金を渡した100人の一人一人に対してどのような判断を示すか見ていくことによって、どこまでが政治活動でどこからが買収と考えるべきなのか、方向性が見えてくると思う。判決は政党関係者や政治を志す人たちの行動を律する指標になる」
多くの地元議員や首長を巻き込み、広島政界、そして国政の信頼を大きく揺るがせた事件。

判決の行方とともに、政治とカネの問題や、選挙をクリーンにするための判断が示されるのか、注目したい。

判決は、6月18日に東京地方裁判所で言い渡される。
社会部 記者
伊沢浩志
平成25年入局。福井放送局を経て社会部。去年夏から司法担当。