作曲家の小林亜星さん死去 88歳 「北の宿から」など作曲

「この木なんの木」の歌いだしで知られるCMソングやアニメの主題歌、都はるみさんの「北の宿から」などを手がけた作曲家で、俳優としても活躍した小林亜星さんが先月30日に心不全のため亡くなりました。88歳でした。

小林さんは東京都の出身で、大学時代にジャズバンドで活動し、卒業後に本格的に作曲を学びました。

テレビコマーシャルの黎明期だった頃にCMソング「ワンサカ娘」を手がけ注目を集め、その後も「この木なんの木」の歌いだしで知られるCMソングのほか「魔法使いサリー」や「ひみつのアッコちゃん」などのアニメの主題歌を手がけ、軽快な音楽で人気を集めました。

また、昭和51年には都はるみさんが歌った「北の宿から」が大ヒットし、日本レコード大賞を受賞しました。
俳優やタレントとしても活躍し、向田邦子さんが脚本を担当した昭和49年のテレビドラマ「寺内貫太郎一家」で頑固な父親の役を演じて人気を集めたほか、平成14年にはNHKの連続テレビ小説「さくら」で主人公の祖父の役を演じました。

関係者によりますと、小林さんは先月30日に都内の自宅で倒れ、病院に搬送されましたが、心不全のため亡くなりました。

88歳でした。

葬儀や告別式は親族のみで執り行われたということです。

俳優 中村メイコさん「一番いい時代にお仕事をなさった」

小林亜星さんが亡くなったことについて、2002年に放送されたNHKの朝の連続テレビ小説『さくら』で、小林さんと夫婦役を演じた俳優の中村メイコさんは
「亜星先生は、何度も何度も大きな病気になってもお元気になられました。病気になるたびに心配していましたが、ついに力尽きてしまわれたのかなと思いました。『さくら』の撮影は本当に楽しくて、スタッフの人によく『本当のご夫婦みたいですね』と言われるくらいでした。亜星先生が作曲されていたのはメロディーラインがあって音楽にも一つ筋が通っていた時代で、一番いい時代にお仕事をなさったと思います。お医者さまの言いつけに背いて食べたいものを食べて、お酒も飲んでいましたが、そういう方がいてもいいんじゃないかなと思えるような方でした」と話していました。

俳優 浅田美代子さん「本当の家族のよう」

民放のテレビドラマ「寺内貫太郎一家」で共演した、俳優の浅田美代子さんは
「寺内貫太郎一家で御一緒させて頂き、本当の家族のように過ごさせて頂きました。その貫太郎一家もおばあちゃん、おかみさん、ヒデキさん、イワさん、タメさん、久世さん、そして旦那さんまでいなくなってしまい本当に淋しい…。米寿での旅立ち。旦那さんどうか安らかに…御冥福をお祈り致します。今頃あちらでみんなと会って想い出話に花が咲いているかな…」というコメントを出しました。

榊原広子さん「小林先生の曲は どんな人でも歌いやすい」

小林亜星さんが作曲した「野に咲く花のように」などのヒット曲で知られるフォークソング・デュオ「ダ・カーポ」の榊原広子さん(70)は
「『野に咲く花のように』を含め小林先生の曲はどれもシンプルで覚えやすく、どんな人でも歌いやすい。よけいなものをそぎ落として簡単な曲を作ることは実はとても難しく、まねをしたくてもできない。そうした曲を作ることが先生のポリシーだったのではないか」と話しました。

そのうえで、小林さんの人柄について「歌手に対して『こう歌って』と言うようなタイプではなく、いつも静かでおおらかな人だった。これまでにずいぶんたくさんの曲を作っているが、たくさん働かれたと思うのでどうかゆっくり休んでくださいと伝えたい」と話しました。

水森亜土さん「曲はいつでも新鮮で永遠です」

小林亜星さんが亡くなったことについて、楽曲の提供を受けたほか、舞台でも共演したイラストレーターで歌手、俳優の水森亜土さんは
「とても頭のいい方で、舞台でもせりふを一番早く覚えていたことや、一緒に出たクイズ番組で答えを教えてくれたことが印象に残っています。また、亜星さんはとにかく体が大きく汗っかきだったので、衣装は必ず2枚ずつ用意していました」などと小林さんとの思い出を振り返りました。

そして「亜星さんの曲は、いつでも新鮮で永遠です。最高」と小林さんをしのんでいました。