期待と現実 やりがい・責任感では“もう続かない”

期待と現実 やりがい・責任感では“もう続かない”
「少しぐらい待遇がよくなるのかなと思ってたんですよね。悪い言い方をしてしまうと、詐欺にあったような感じです」
こう話すのは、西日本の公立高校で非正規の教員として働く20代の男性です。非正規の公務員にもボーナスなどを支給できる制度が去年4月から始まり、正規と非正規の収入格差が是正されるものと期待されました。
それから1年。制度のねらいとは裏腹に、当事者からは失望の声が相次いでいます。
(非正規公務員取材班 水戸放送局 記者 齋藤怜)

待遇改善への期待

去年4月。民間の大手企業を対象に正規職員と非正規職員の間での不合理な待遇格差を無くす「同一労働同一賃金」が始まるなかで、国も、正規と非正規の公務員の格差是正を図る新たな制度をスタートさせました。

非正規公務員は「会計年度任用職員」と呼ばれるようになり、ボーナスや退職手当などの支給が可能となったのです。
いまや全国の市区町村では、公務員のおよそ3分の1は非正規の人たちが占め、保育士や看護師など高い専門性が求められる職種で、行政サービスの最前線を担っている人も多くいます。

正規職員と仕事の内容が同じでも、給与は低いケースも少なくありません。現場では、待遇改善への期待が広がりました。

“詐欺にあったような感じ”

西日本の公立高校で非正規の教員として働く20代の男性も、待遇の改善を期待していた1人です。
大学で教員免許を取得後は非常勤講師として働いてきましたが、月収は10万円ほどで、経済的に厳しい状況が続いていました。
男性は制度が始まった去年4月に「会計年度任用職員」になり、それまでと変わらず週15時間の授業を受け持ちました。

給与は月給制から、授業の時間数で計算されるようになりました。
ところが、去年は新型コロナウイルスの影響もあり、授業は次々に中止になりました。
中止の分は計算されないため、毎月の収入は不安定になり、最も少ない月は4万円ほど。毎月の給与を平均すると月8万円ほどで、これまでよりもおよそ2万円少なくなりました。

さらに、新しい制度で期待していたボーナスも、男性には支給されませんでした。週15時間半以上の勤務が対象とされたため、男性は30分足りず、対象外となったのです。
非正規の高校教員
「少しぐらい待遇がよくなるのかなと思っていたんですけど、ふたを開けてみたら実際のところは給料カット。極めつきが、6月にボーナスが出ると聞いていたのに『あれ、おかしいぞ』と。めちゃくちゃ悪い言い方をしてしまうと、詐欺にあったような感じですね」
男性はこれまでは放課後に生徒の就職などの相談に乗っていました。しかし、時間単位の勤務となったため、授業が終われば職場を離れることが求められます。

一方で、テストの採点は時間外に行ったり、授業がない日でも会議に参加するよう言われたりと、無給での仕事も増えたといいます。
非正規の男性教員
「先生は、生徒の未来を考えなければならない仕事ですよね。生徒たちからすれば、非正規でも1人の先生ですから、プライドを持って、給料には目をつぶって、仕事に集中するしかないなと思います。ただ、先生になりたいけれどもこの待遇では諦めざるをえないという人も出てくるでしょうし、このままでは子どもの未来を担っているという意識やモチベーションも下がり、教育の質の低下にもつながりかねないと思います。やりがいや責任感だけではもう続けられないと思います」
新しい制度が待遇改善につながっていないという声は、全国の非正規公務員から相次いでいます。

民間ならもっとよい待遇で…

千葉県内の自治体で、非正規の保健師として20年近くフルタイムで働いてきた女性は、新制度を機にパートタイムとなり、1日の勤務が45分短くなりました。

業務内容を見直したため勤務時間を短縮したと説明されましたが、実際は業務の内容や量は変わらず、残業を余儀なくされているといいます。

ボーナスは支給されましたが、月々の給与が減っているため、年収では待遇の改善につながっていません。
さらに、パートになったことで、退職手当は支給されなくなりました。
千葉県内 非正規の保健師
「月ごとの給与が減り、生活に余裕がない状況が続いています。この仕事にやりがいがあるから続けていますが、民間ならもっとよい待遇で働ける。行政が今のサービスを維持できるのは非正規の存在があるからだということに、目が向けられていないと感じます」

“フルタイム”から“パートタイム”へ

労働団体の茨城労連が、制度の導入から1年となったことし4月時点で茨城県内の市町村を対象に行った調査では、およそ1万5000人の非正規公務員(会見年度任用職員)のうち、98%余りがパートタイムで、退職手当など一部の手当が支給されない運用となっていることが分かりました。
茨城労連によりますと、制度の導入後、フルタイムだった非正規の職員が、業務の内容は変わらないまま勤務が15分から30分ほど短いパートタイムに切り替えられる動きも見られ、年収が減ったという声も上がっています。

茨城労連は、待遇改善を図る新たな制度が始まったことで、人件費を抑制するためにフルタイムからパートタイムへの切り替えが進んでいると分析しています。

茨城県内のある自治体の担当者からは「自治体の財政は人口の減少などで厳しい状況が続いていたが、新型コロナウイルスの対応でさらに苦しくなっている」という声が聞かれました。

総務省は-
「財政上の制約だけを理由に給与や報酬を削減するといった対応は、法改正の主旨に沿わないとする通知を出している」
「仕事の内容をきちんと定め、それに見合った形の待遇にする必要がある。待遇改善という新制度の趣旨に沿わない自治体に対しては、今後はヒアリングなども検討したい」

“非正規なし”には成り立たない

さらに取材を進めると、今の待遇では非正規公務員を確保できず、行政サービスが滞っている現場もありました。
茨城県の児童相談所です。
全国的な傾向ですが、茨城県でも児童虐待の相談は年々増え続け、昨年度は約4000件に上りました。
子どもの障害に関する相談も増えています。

このため茨城県は、非正規の職員を採用するなどして体制を拡充してきました。今では県内の児童相談所の職員約260人のうち、4割が非正規です。

なかでも児童福祉司や児童心理司の資格を持つ非正規の職員は、即戦力として、虐待相談への対応や障害の認定などに当たっています。

茨城県内の児童相談所を統括する高橋活夫児童福祉専門監は、もはや非正規の職員なしでは児童相談所は成り立たないといいます。
茨城県中央児童相談所 高橋活夫 児童福祉専門監
「正規と非正規の職員がチームを組んで、虐待などに対応しています。虐待の調査や家庭への訪問、保護者との面接などで、非正規の方にかなり重要な役割を担ってもらっています」
高い専門性を持つ非正規の職員に支えられてきた、児童相談所。
しかし、3年ほど前から、変化が生じていました。

非正規職員を採用する求人を出しても応募が少なく、人材を確保しきれなくなったのです。

やむをえず児童相談所では、子どもの命に関わる虐待への対応に優先して人を配置しています。その分、欠員が生じているのが、知的障害がある人への障害者手帳の交付を担う部署です。
手帳は福祉サービスを受けるために欠かせないものですが、交付に必要な面談がすぐには行えず、申請から交付まで通常は3週間ほどのところが、2か月かかるケースもあるといいます。

虐待や障害への対応という責任の重い難しい仕事を非正規の職員に頼るのは、もう限界だと判断した茨城県。今年度は15人を正規職員として採用しました。

安定した待遇のもと、スキルを磨きながら、虐待などに対応してもらうことにしています。
茨城県中央児童相談所 高橋活夫 児童福祉専門監
「正規と非正規の職員で待遇に差があるなか、児童福祉司や児童心理司を非正規の契約で集めることはかなり難しくなっていると感じています。障害者手帳の交付も、虐待への対応も、遅れがあってはならない、子どもの命が脅かされるということはあってはならない。正規の職員が専門性を磨きながら長期的に対応していくことが必要だと考えています」

高まる“人手不足感”

今の行政サービスを維持するためには欠かせない、非正規公務員の待遇改善。
しかし、人口減少を背景に自治体の財政状況は厳しく、人件費を抑制しようとする動きは変わっていないと専門家はいいます。
地方自治総合研究所 上林陽治 研究員
「新制度にあわせて国から自治体に交付金が配分されましたが、一般財源という何に使ってもいい形だったので人件費以外に使われるケースが相次ぎました。非正規公務員にボーナスを支給しても、その分、月給を下げてしまい、結果的には格差が縮まらず固定化してしまったという感じがあります」
さらに専門家は、非正規公務員の待遇は、自治体や当事者だけの問題ではないと指摘します。
地方自治総合研究所 上林陽治 研究員
「行政サービスは、人手がかかるものなんです。そこを非正規化し、処遇も改善しないということになると、ただでさえ人手不足だったものが余計に人手不足感が強まり、支援を必要とする人たちのところに支援が届かなくなる。行政サービスが劣化している印象を受けます。誰が行政サービスを担っていて、その担い手がどのような状態にあるのかということに私たちがちゃんと目を向けていかないと、将来もっとひどいことになる。その瀬戸際に、今、私たちはあると思います」
私たちの暮らしにも直結する「非正規公務員」の問題。
これからも取材を続けていきたいと考えています。

読んでいただいた皆様からの情報提供をお待ちしています。
水戸放送局 記者
齋藤怜
2016年入局 非正規公務員の問題や東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の被災者などを継続取材。