“人生とは困難を克服していくこと” 医師として選手として

“人生とは困難を克服していくこと” 医師として選手として
東京オリンピック・パラリンピックが迫る一方、新型コロナウイルスは収まらず、大会に向けられる視線は厳しさを増す一方です。
こうした中、「大会に挑戦する価値は、かつてなく高まっている」と訴える医師でパラアスリートの女性がいます。
スペインでコロナ患者のリハビリ支援にあたるなど、コロナ対策の最前線に立ちその現実を理解するはずの彼女は、なぜいま、東京大会の開催を支持する発言をするのでしょうか。
(スポーツニュース部 記者 酒井紀之)

“すばらしい大会になる”

「東京オリンピック・パラリンピックは、これまで想定していた大会とは違うものになるかもしれませんが、すばらしい大会になることだけは間違いありません」
そう断言した彼女の態度に、虚勢は感じられませんでした。
スペインのスサーナ・ロドリゲス選手(33)です。トライアスロン女子、視覚障害のクラスで世界ランキング1位、東京パラリンピックで最も注目を集めるトップ選手のひとりです。
彼女はアルビノと呼ばれる遺伝子の変異のため生まれた時から体の色素が少なく、視力がほとんどありません。
それにもかかわらず、750メートルを泳ぎ、20キロを自転車、最後は5キロを走る、過酷な競技で、みずからの限界に挑み続けてきました。

オリンピック・パラリンピックで変わった人生

彼女が“すばらしい大会になる”と語るのには、自分の障害と競技に向き合ってきたこれまでの人生と無関係ではありません。
原点は幼い時に知ったオリンピックでした。
スサーナ・ロドリゲス選手(スペイン)
「1996年のアトランタ大会の時、私は7歳か8歳の子どもで、家で姉と一緒にオリンピックごっこをして遊びました。表彰台に上る時、私は決まっていつもスペイン代表でした。当時はパラリンピックの存在をまだ知らなかったのですが、自分に障害があって、他の子どもと違うことはわかっていました。だから大会に出場するなんてことは夢みたいなものでしたが、それでもいつかは国を代表したいという思いを胸に秘めて生きてきました」
その後、パラリンピックの存在を知った彼女の夢は目標に変わりました。
スサーナ・ロドリゲス選手(スペイン)
「12才の時に両親とオーストラリアで行われたシドニーパラリンピックを訪ねました。その時、『大人になったらパラリンピックに出たい』と母に話しました。母からは『その夢は、とてもわずかな人にしか実現ができない難しいことよ。でも努力をしてスポーツを思い切り楽しみなさい』と言われ、今日までやってきました。その時、私はこの道がいかに厳しいものなのか想像すらできていませんでした」
それから16年、少女は成長し、前回のリオデジャネイロ大会で初めてのパラリンピック出場、そして5位入賞を果たしたのです。

記憶を思い起こしながら話す彼女の目には、いつの間にか涙があふれていました。
そして、こう語りました。
スサーナ・ロドリゲス選手(スペイン)
「初めての挑戦は、いつもどんな壁が行く手を阻むのかやってみるまではわかりません。最初は不可能に見えても、実際にはただ難しいだけだったり複雑だったりするだけのことはたくさんありました」
「大会出場の夢は前回大会で実現することができました。でも表彰台はまだです。あらゆることは克服できるのだと、私は証明し続けていきたいのです」

医師として

多くの困難を人並み外れた努力で乗り越えてきた彼女のことばには、大きな説得力があります。
しかし、それといま多くの国民がオリンピック・パラリンピックに対して抱えている不安や疑念とは全く別のものです。

本当に大会の開催によって感染は広がらないのか、一般の病院や病床に影響は及ばないのか。こうした国民の不安を医師としてどう感じているのかを率直に問いました。
すると返ってきたのは冷静なひと言でした。
スサーナ・ロドリゲス選手(スペイン)
「日本の人たちが現状を恐れるのは当たり前のことだと思います。大会の開催もとても大変なことですし、それぞれに考えを持つのは当たり前です」
視覚障害がありながら医師の資格を取得したのは、彼女がスペインで初めてだと言われています。医師の仕事を続けながらトライアスロンに打ち込む中で直面したのが「新型コロナウイルス」だったといいます。

スペインの感染者数が世界最大級を記録した去年の春先、彼女は国の感染対策スタッフに志願し、医師として電話で感染が疑われる人を診断したり濃厚接触者の調査をしたりする業務に従事しました。
その後も、コロナ患者のリハビリ支援にあたった彼女が強く感じたのは何だったのでしょうか。
スサーナ・ロドリゲス選手(スペイン)
「感染危機は人類と世界にとっての大きな挑戦でしたが、私は希望を常に持ち続けて立ち向かいました。学んだことは『健康は何にも勝る』ということです」
だったら、健康を脅かすおそれがある大会は難しいのではないか。
そうたたみかける私に対して、彼女はどこまでも冷静に答えました。
スサーナ・ロドリゲス選手(スペイン)
「選手として、医師として大会参加者の安全がどう守られるのか知りたかったので、感染対策をまとめた『プレーブック』を読み、自信を深めました。この1年間で安全な大会を行う対策について、われわれは十分に知識を得たと思います。コロナ対策は必ずしも不可能な挑戦ではありません」
選手の安全は守られても、国民の安全が守られないおそれがあるのではないか。さらに迫る私に彼女は言いました。
スサーナ・ロドリゲス選手(スペイン)
「難しい葛藤がありますが、物事はバランスをとる必要があると思います。オリンピック・パラリンピックが医療資源を奪うと考えずに、人々に希望や平等を広めるために投入されるのだととらえることはできないでしょうか」
希望と平等…。
スサーナ・ロドリゲス選手(スペイン)
「なんらかの障害がある人は世界中で10億人に達します。しかし、国や地域によってはとても困難な状況に置かれています。東京パラリンピックでは私たち障害者がいかに強くなれ、多くのことが成し遂げられるのかを世界に向けて示すことができるのです。ですからその医療資源はとても重要なことに投入されると信じています」

“勝者”は生まれるのか

彼女の答えは目の前の不安に向き合う私にとって、すべてが必ずしも納得できるものではありませんでした。
しかし、彼女はいま医師としてコロナの最前線に立ちながら、トップアスリートとして東京パラリンピックの舞台に立とうとしています。
ここに至る彼女の圧倒的な意思と努力は誰も否定できるものではありません。
スサーナ・ロドリゲス選手(スペイン)
「いまは自信と喜びを感じていますし、東京で大会が安全に実施されることを確信しています。コロナ禍の大会開催はとてつもない大きな挑戦ですが、私はいつも大きな挑戦は勝者を生むためにあると考えています。コロナ禍で勝者の姿を世界に示せる国があるとしたら、それは日本だと思います」
そして、最後に自分に言い聞かせるようにこう語りました。
スサーナ・ロドリゲス選手(スペイン)
「私は人生とは困難を克服していくことだと思っています。私は挑戦します」
スポーツニュース部 記者
酒井紀之