日本で唯一の成長産業?知られざる“コンサル業界”に迫った

日本で唯一の成長産業?知られざる“コンサル業界”に迫った
「コロナ禍でもまったく人が足りていない。採用も増えている」
「今の日本で唯一の成長産業。2010年代になって爆発的に拡大している」
いわゆる「キャリア官僚」の志望者が年々、減少する中、東大生・京大生の就活人気ランキングで上位の多くを占めているのが“コンサル業界”だ。
大企業の経営戦略や官公庁の政策立案にも深く関わる“コンサル業界”その知られざる実態と急拡大の背景を探った。
(社会部記者 橋本佳名美 守屋裕樹 平山真希)

就活ランキングに異変

今月、就活口コミサイトが発表した東大生・京大生の2023年卒業生の就活人気ランキング。
トップ10の企業の半数を占めるのが「コンサル業界」だ。調査した会社によると、こうした傾向は少なくとも数年前から続き、人気は年々、上昇しているという。
いわゆる「キャリア官僚」の試験の合格者に占める東大生の割合が大きく低下する中、「コンサル業界」はなぜ人気を集めるのか?

東大生の就職活動の動向を取材している東大新聞編集部に話を聞いた。
高橋さん 衛藤さん
「東大の文系の学生でコンサルを検討しない人はほとんどいないと思います。官僚になるのがかっこいいという価値観は通じなくなって東大生の就職活動では、とりあえずコンサル=『とりコン』という言葉もあります」
「コンサルは東大生にとって一応、進路として確認しておくべき選択肢になっていて、身近にも就職先に選んだ人がいる。終身雇用や年功序列など従来型の日本の企業文化が良いという価値観はもう無いと思います」

「コンサル業界」って何?

「コンサル」とはコンサルタントの略。直訳すると「相談相手」だ。
100年余り前、アメリカの技術者、フレデリック・テイラーが、工場の生産性を上げる「科学的管理法」を考案し、工場への導入を支援したのがコンサルタント業の始まりともいわれる。

顧客(=クライアント)は、主に大企業で、経営陣の「相談相手」となり、中長期の経営戦略を提案したり、人事や営業などの業務改革を支援したりする。中央官庁や地方自治体の政策立案に関わるケースもある。

一般的には、
▼主に大企業の経営陣に経営戦略を提言する「戦略系」
▼グローバルに展開する大手監査法人などの系列で、経営戦略の提言のほか、大企業の業務改革やシステム導入まで幅広く手がける「総合系」
▼いわゆるシンクタンクが、コンサル業務を手がける「シンクタンク系」
などに分類される。

ほかにも「IT系」や「人事系」などコンサルの守備範囲や規模は様々で明確な定義はない。

上場企業が少なく、開示される情報が限られ、外部から活動実態が見えにくいのも特徴の1つだ。

なぜ今、コンサル業界?

学生たちはコンサル業界の何に魅力を感じているのか?
業界の転職事情に詳しい人材紹介会社の代表は、仕事の内容や報酬の高さなどが高学歴の若者を引きつける要因になっていると解説する。
渡辺社長
「コンサル会社は経営者の視点で事業戦略やマーケット戦略を立て、問題を解決しますが、通常の事業会社ではこうした業務に若い頃からは携われません。新卒で外資系の戦略系ファームに入り、マネージャーになれば30歳前後で年収も2000万くらいになります。コンサル業界で働いた後、さまざまな企業の経営幹部に抜擢される可能性が開かれていることも大きな魅力になっています」
私たちは、東大の大学院を卒業し、キャリア官僚を検討したものの、「コンサル業界」に就職した30代の男性から話を聞くことができた。
東大院を卒業し「コンサル業界」に就職した男性
「官公庁は法律や制度を作り政策を実行するのが役割ですが政策提案のための調査・研究はコンサルに外注することも多い。官僚は国会に出席し、国レベルの意思決定のダイナミズムを感じることができるが、若手のうちは雑用が多い。50代で局長になれば違う景色が見えるかもしれませんがそこまでが長い。コンサルは人材がすべてなので普通の会社よりは人材育成に投資していて、成長の機会を提供してもらえます」
人材紹介会社の代表は、企業の側がコンサル会社の人材とノウハウを求めていることも業界の急拡大を後押ししていると指摘する。
渡辺社長
「いまのコンサル業界はまったく人手が足りていません。採用はコロナ禍で一瞬止まりましたがいまの採用率はコロナ前より増えています。結局、今の日本企業は既存の事業がうまく行くか危うい状況で新規事業の立ち上げやM&Aを仕掛けないと生き残れません。さらにデジタル化への対応を迫られています。しかし、社内にプロがいるわけではありません。どの企業も深刻度が増していてコンサル会社にこうした業務を外注しています」

6年間で社員数3倍増の企業も!

業界の中でも急速に規模を拡大し、注目を集めているのが「アクセンチュア」だ。

「総合系」と呼ばれる外資系の大手コンサル会社で日本法人の社員数はわずか6年あまりで3倍以上のおよそ1万6000人に急増している。
業界ではほかの多くの大手もここ数年、社員数を大幅に増やしている。

NHKの取材に応じたアクセンチュアの江川昌史社長は急速な規模拡大の背景にはDX=デジタルトランスフォーメーションへの対応を急ぐ社会のニーズがあるという。
江川社長
「私が社長になった2015年頃、デジタル分野というのはビジネスの中でも5%にも満たない状態でした。しかし、数年後には日本全体で半数を超える主流になると思いデジタルの領域で日本のナンバー1になるという目標を掲げて改革を始めました。今ではすでに70%を超えるまでに成長しています」
アクセンチュアは近年、最先端の技術で地域の課題解決を目指す政府の「スマートシティー構想」実現に向けた技術開発に参画。
「関西電力」や「住友化学」「資生堂」などと共同出資の新会社の設立を次々に発表するなど大企業のデジタル領域の強化をサポートしている。

日本法人単独の決算は非公表だが、売り上げも社員数と概ね同じペースで伸びているという。
江川社長
「デジタルをやろうとすると技術者だけでなくデザイナーやマーケティングなど30くらいの分野で人材が必要で、女性や外国人やアート系など多様な人材が必須になります。それぞれの分野に対応できる社員を10人ではなく、100人、200人の単位で集めないと多くのお客様のニーズに同時に応えられない。私たちは結局、『人材のギャップ』を埋める会社で将来、企業が欲しがるであろう人材を先回りして用意することが社会貢献だと思っています」

急拡大の「コンサル業界」“転職”は当たり前

学生からの人気と大企業からのニーズを追い風に日本社会の中で、急速に拡大するコンサル業界。

実は、「終身雇用」や「年功序列」を重視してきた従来型の日本企業とは一線を画す大きな特徴がある。それが「転職」の多さだ。

コンサル業界への転職者の数はコロナ禍まで右肩上がりに増加しているという調査もある。
コンサル業界では業界内での移籍やほかの業界への転職も多いとされる。背景には何があるのか。コンサル業界専門の転職エージェントに話を聞いた。
久留須パートナー&マネージングディレクター
「コンサル業界の離職率は一般的な日本の事業会社よりは高いです。業界には日本のムラ社会的な考え方はなく、個人のキャリアが尊重され、ほかにやりたいことがあれば巣立っていく。コンサルを1つのステップとして数年でファンドや事業会社などに転職する人もいます。同じコンサル業界でも、やりたいことがやれる環境や良い待遇を求めて転職したり、上司の移籍に伴って部下が付いていくことも珍しくありません」

「転職」か「引き抜き」か訴訟に発展のケースも

「転職」が当たり前とされてきたコンサル業界で、今、ひそかに注目を集めている裁判がある。

当事者は▼「総合系」大手の「デロイト トーマツ コンサルティング」(以下 デロイト社)と▼3年前にデロイト社を退職し、ライバルの「EYストラテジー・アンド・コンサルティング」(以下 EY社)に移籍した元幹部。

デロイト社は、元幹部の部下だった複数の社員が、EY社に転職したのは、「違法な引き抜き工作によるものだ」として、元幹部に1億円を超える損害賠償を求めて提訴したのだ。

パートナー(業務執行役員)だった元幹部がEY社に移籍したのはデロイト社の代表を10年近く務めた経営トップがEY社に移籍したのとほぼ同じ時期だった。

デロイト社は「元幹部は退職前から、元部下らに転職を勧誘するなど引き抜き工作を行い、会社の弱体化を図った。パートナーとして会社に対する忠実義務にも違反した」などと主張。

一方、元幹部は「元部下らに退職する意向を伝えたり、身の振り方について相談に乗ったりしたことはあるがEY社の採用の意思決定には関与していない。違法行為は行っていない」などと反論している。

コンサル業界で、こうしたトラブルが訴訟に発展するのは異例で裁判は今も続いている。

「デロイト トーマツ コンサルティング」はNHKの取材に対し、次のようにコメントしている。
「『職業選択の自由』が保障される中で、転職を否定しませんが、今回の被告の引き抜き行為は悪質性や背信性が高いと判断しました。引き抜き行為などにおいて許されないことを裁判で明らかにする意味はあると思います」
みずからもデロイト社から移籍したEY社の社長は。
近藤社長
「業界で転職は当たり前で、私がデロイト社のトップだった当時は退職者に圧力をかけたり、訴訟にしたりする必要はないと判断してきました。今回も『転職の自由』の範囲内で違法性はないと思います。転職者への訴訟が普通になってしまうと業界全体が縮小し、優秀な人材も集まらなくなります」

急成長続く業界の課題は

コンサル業界のおととしの市場規模は前年よりおよそ7%増加し、3年後には1兆円に達するという試算もある。
コンサル業界の今後の展望や課題を内部で働く人たちや識者はどう見ているのか。
コンサル会社に勤務する30代のシニアコンサルタント
「このままどんどん人が増えて、競争が進めば、人件費の単価が下がってコンサルタントの質を保てない可能性もあるのではないかと懸念しています。デジタル化がさらに進んでAIが課題を解決できるようになれば、大量に採用された人材はどうなるのでしょうか。この業界で働くためには“個”を確立し、ビジョンを持って知識や技術を高めていく必要があると思っています」
厚生労働省の元官僚で社会政策に詳しい専門家は、コンサル業界の拡大が、企業や官公庁の情報管理のあり方に影響を与える可能性を指摘する。
中野教授
「デジタルの分野を中心に企業や役所が専門性の高いコンサルに多くを依存する状況は、今後も続くと思います。今は問題になっていませんが、転職など人材の流動性が高いコンサルの比重がさらに高まれば、情報管理や、守秘義務のあり方を議論する場面は今後、増えてくると思います」
その上で行政の分野では、官僚が果たすべき役割が改めて問われてくると指摘する。
中野教授
「優秀な人材がコンサルを目指す傾向が続けば、コンサルを使う側の官僚が逆に使われる関係になる可能性もあります。官僚とコンサルの仕事は似ている点も多くありますが国民の奉仕者として仕事をするのは官僚です。公共の視点から、官僚がコンサルを適切にコントロールできるかが問われる時代になると思います」

今後の動向に注目

大企業や官公庁の活動を舞台裏から支える「コンサル業界」。定義はあいまいで、私たち自身、取材の中でも、生活の中でもその存在を意識することは少ない。

しかし、その影響力は確実に高まり、戦後続いてきた「日本社会の仕組み」そのものに変化を与えている実態が見えてきた。

「コンサル業界」で働く人材は山積する課題に向き合う日本の企業や官僚とどのような関係性を築き、私たちの生活をどう変えていくのか。今後も、その動向を注視し、取材を続けたい。
社会部記者
橋本佳名美
平成22年入局
大津局、神戸局を経て社会部遊軍担当

社会部記者
守屋裕樹
平成24年入局
仙台局、気仙沼支局を経て社会部司法担当

社会部記者
平山真希
平成27年入局
仙台局、石巻支局を経て社会部司法担当