財界総理の「義」とは何ですか? 経団連十倉新会長に聞く

財界総理の「義」とは何ですか? 経団連十倉新会長に聞く
「義を見てせざるは勇なきなり」

任期途中で退任した中西宏明氏に代わり、経団連の新しい会長に急きょ就任した十倉雅和氏が、会見で表した心境です。新型コロナの影響で落ち込んだ経済の回復や脱炭素社会の実現、米中の対立といった課題が山積する中、“財界総理”のバトンを受け継いだ十倉氏。国内外の課題とどう向き合うのか。新会長の「義」とは何なのか。話を聞きました。(経済部記者 山田賢太郎)

“志高く、全力を”

大手化学メーカー「住友化学」会長の十倉氏。「脱炭素社会の実現」に経済界が一丸となって取り組むには、利害が絡み合う製造業の実情を知る経営トップが適任だとして、中西氏の後継に指名されました。
Q 会長に就任して、率直な今の気持ちは。
十倉会長
就任の打診を受けて悩んだが、引き受けた以上は志高く、全力を傾注したい。

私は7年間、副会長など経団連での活動に取り組んできた。中西さんのやりたかったこと、哲学や価値観、資本主義や科学技術への思いは分かっているつもりだ。

今は日本が抱える難題に全力で取り組まないといけないという気持ちだ。中西さんが残りの任期で最後の仕上げをしようとしているのはひしひしと感じていた。それを引き継ぐのが私の役割だと思う。
Q 日本経済の課題について、どのような現状認識を持っていますか。
十倉会長
短期的な課題は言うまでもなく新型コロナウイルスの克服、この1点だ。これ無くしては日本経済は元の軌道に戻らない。

中長期的な課題は、行き過ぎた資本主義。つまりグローバリズムと相まった格差の拡大や固定化を生みつつあるということだ。

これまでの経済社会は効率重視で、生態系を破壊してきた。地球温暖化や新型コロナの問題も、人口の増大と人間の活動が歯止めなく増えてきた結果だと思う。

行き過ぎた資本主義を是正し、サステイナブル(持続可能)な資本主義を確立し、温暖化を食い止めて、地球を次の世代に残さないといけない。日本の経済界としてどうすべきか、突き詰めて考える必要がある。

もちろんこれらの課題は、日本だけが取り組んでもほかの国がやらないとダメなので、自由、民主主義、法の支配など、同じ価値観を持つ国と連携しながら国際協調でやらないといけない。

“グリーン・トランスフォーメーション”

脱炭素社会の実現も経済界の喫緊の課題です。

十倉会長は就任会見で、60を超える業界に呼びかけ、ことし10月に経団連の行動計画を策定する考えを明らかにしました。
2020年、菅総理大臣は2050年のカーボンニュートラルを目指すと打ち出し、さらにことし4月には、2030年に向けて2013年度と比べて46%削減を目指す新たな目標も掲げました。政府目標が相次いで示されたことで、経済界も踏み込んだ対応を迫られています。
Q 政府目標に対して、経済界としてどう臨みますか。
十倉会長
企業には、みずから排出する温室効果ガスを減らす「責務」と、製品を開発して世の中に役立ててもらう「貢献」の2つの側面がある。表裏一体の2つを同時に目指すことで、大きなビジネスや成長の機会にもなる。

日本は科学技術でグリーン成長を目指すべきだ。

2050年のカーボンニュートラルは、かなり先だからイノベーションはなんとかなると考える向きもあるが、実は時間が無い。開発に必要な基本技術を固めて社会実証を行い、さらに実証の規模を大きくするだけでも5年かかる。そこから改良を重ねると15年から20年はかかると見なければならない。

決して先ではなく、今からやってちょうどよい位だ。経団連で行動計画を作り、もう一段力を入れていく。
日本の二酸化炭素排出量の40%は火力発電に由来するので、まずは電力をできるだけ、脱炭素に持って行くことが1つ。

電力以外の60%ほどは、製鉄や化学製品など、ものづくりのプロセスを担う産業に由来する。この部分を電化したり、水素を活用したりする。温室効果ガスを減らすプロセスをイノベーションで変えることを、全産業でやる必要がある。

簡単ではないが、一方で産業を成長させる。日本全体で“グリーン・トランスフォーメーション”しないといけない。これは石にしがみついてもやる。

原子力 冷静な議論を

Q 電力の脱炭素化に向けて、化石燃料に代わるエネルギーをどう考えますか。
十倉会長
2050年に向けていろんなイノベーションを起こそうとしているが、2030年の目標に貢献できるものは一部に限られる。

再生可能エネルギーでできればいいが、日本は平地が少ない。これ以上、太陽光を増やすのは大変だ。洋上風力も環境アセスメントを行って建設するには時間がかかる。

やはり原子力が二酸化炭素を出さないという意味ではクリーンだ。安全性が確認され、かつ地元住民の理解が得られたものは、迅速に動かしていかないといけない。

安全は科学や論理だけでは割り切れないものがあるのは分かるが、安心というものに配慮しながら、原子力について冷静な議論をすべきだ。

議論をしないことがいちばんダメだと思う。

米中対立、日本は“協調と競争”で

巨大市場であるアメリカと中国の対立も日本企業が直面する課題です。

中国との経済的なつながりを切り離す「デカップリング」の動きが顕在化し、バイデン政権は半導体などの分野で、中国に頼らないサプライチェーンの構築をはかろうとしています。

安全保障の分野に関わる技術の中国への流出にも神経をとがらせる必要もさらに高まり、難しい立場となっています。
Q 複雑化する地政学上のリスクにどう向き合いますか。
十倉会長
イデオロギーでは、自由、民主主義、人権、法の支配。ここは志や価値観が同じ国で結束しないといけない。

ただ世界はつながっており、中国の存在しない世界もありえない。中国には経済や平和で世界に貢献してもらわないといけない。

重要なパートナーであることは変わらず、競争すべきところは競争し、協調すべきところは協調する、多国間協調主義が重要だ。

経済安全保障は、政治と連携を取ってしっかり進めていかないといけない。

経団連の在り方は

存在感の低下が指摘される経団連の発信力の回復も課題です。

十倉会長は、経団連が社会に広く支持される組織を目指すべきだと訴えています。
Q 経団連の影響力が低下しているとの指摘をどう受け止めていますか。
十倉会長
経団連は今まで、経済界の利益代表と捉えられてきたが、いまや企業・経済と社会とを切り離しては、議論できない。

経団連、経済界全体に社会性の視座をもっと入れ、資本主義、市場経済を作り直さないといけない。そうすることで、経団連の発信力も高まると思っている。

経済界の利益だけを考える経団連では、社会から離れてしまう。遠回りかもしれないが、社会性の視点を持つことが、発信力の回復につながると思っている。

社会とのコミュニケーションを大事にするため、地方の経済団体などとの意見交換を活発にしたい。イノベーションをおこすためスタートアップ企業との連携も進めていて、その中心となる科学の力を取り戻そうと大学との協働も始めた。

いろいろ工夫をこらしてやっていきたい。
Q 財界総理は、政府にモノをいうことも求められます。
十倉会長
政治と経済の関係は、政治の意のまま、経済の意のままになるということではなく、政治と経済が良いコミュニケーションを取って、方向性を見極めないといけない。

そうした中で、積極的に経済界としての意見を述べていきたい。
「社会に支持される経団連」を目指す十倉会長。就任会見では、ワクチン接種を加速させるべきとの緊急提言を発表しました。

ただ、脱炭素や米中対立をめぐっては企業の利害が絡み、エネルギー問題では世論が分かれています。

スタートアップの育成や企業のイノベーションには、既得権の打破や規制緩和に向けた改革も欠かせません。

課題が山積する経済界で、十倉会長は「義」を貫けるのか。その発言や行動をしっかり取材していきたいと思います。
経済部記者
山田 賢太郎
平成14年入局
自動車や電機メーカー
などの担当を経て
経済3団体などの
財界を担当