日本の物流は大丈夫か?~「送料無料」に物申す~

日本の物流は大丈夫か?~「送料無料」に物申す~
今月1日、全日本トラック協会が、ある主張を自らのホームページに掲載しました。
「送料無料じゃありません!」
日本の物流の9割を支えるトラック業界の心の叫びです。
何が起きているのか、取材しました。
(社会部記者 渡辺謙)

主張を載せる異例の決断

このページを作成したのは、全国のおよそ5万社が加盟する全日本トラック協会です。

配送には送料がかかるにもかかわらず、通販などで「送料無料」という文字が繰り返し出ていることに物申すことにしたといいます。
協会担当者
「『送料無料』ということばによって、配送費用が安い、タダも同然という認識が広がっているという危機感から作成しました。消費者や荷主に業界の窮状を広く訴えたい」

苦境に立つ運送会社~ぎりぎりの経営~

トラック事業者の現状はどうなっているのか。関東地方でおよそ20台のトラックを保有する運送会社の社長に話を聞きました。

この会社は、首都圏を中心に、倉庫から飲食店や卸売業者などに食料品や雑貨などを配送しています。

運賃は、2トントラック1台あたりに換算すると1日9時間でおよそ2万8000円。9時間を超えると割り増し分が追加になります。

事務所や駐車場の家賃、車両の維持費や人件費などの経費を1台あたりに換算すると1日3万円かかりますが、割り増しによって、なんとか利益を出しているのが実情で、赤字になることも多いといいます。

事務所や駐車場は、もともとは所有していたということですが、売却せざるを得なかったといい、厳しい経営が続いています。

記者が、『そこまで苦しいのなら、荷主に運賃の値上げを求めるしかないのでは』と質問をしたところ、社長は苦笑しながら「そんなの無理です」と返答しました。

苦境に立つ運送会社~荷主との関係~

取引先の荷主は、事業規模が比べものにならないほどの大手で、過去に一度値上げを要望したところ、荷主の社長から「ふざけるな、運送会社は我々荷主と同等ではないから、値上げなんて無理だ。経営的に厳しいなら、ほかの業者はいくらでもいる。やめてもらっていい」と声を荒げて言われたといいます。

15年来のつきあいがあったこの荷主、どんなに厳しい条件の配送でも、遅延なく配送してきたことなどは一切考慮されず、大きなショックでした。

以来、運賃の値上げを求めると仕事自体がなくなってしまうかもしれないという思いがよぎるといいます。

この会社では、他社にない付加価値を付けようと業界団体の安全認証を取得し、CO2排出を少なくするエコドライブを推奨して自治体の評価制度で高ランクを獲得するなど、品質の向上に努めてきましたが、思うような運賃にはつながっていないといいます。
運送会社 社長
「結局、荷主には、荷崩れしないなど最低限の品質が保証されれば、どこが運んでもいい。そんな評価なんてなくても、安けりゃいいという感覚がある、そう考えざるをえない」

安い運賃は業界全体の悩み

運賃の課題は「東京都トラック運送事業協同組合連合会」が、ことし1月末に164の事業者から回答を得た(200事業者に調査依頼)アンケートにも表れています。
いまの運賃が希望する料金と比べてどうか、という問いに対して、
▽極めて低いが3.6%
▽低いが27.7%
▽少し低いが58.4%で、
実に89.7%(149社)が“低い”と回答しています。

希望どおりは10.2%(17社)、希望より高いは0でした。
運賃の課題は、トラック運転手の賃金データにも表れています。

去年の厚生労働省の調査で、トラック運転手の年間所得額は、全産業の平均が487万円に対し、大型トラックで454万円、中型小型トラックで419万円と1割ほど低くなっています。

業界の人手不足も深刻

人手不足も深刻です。ことし4月のトラック運転手の有効求人倍率は、全産業平均の0.95倍と比べて1.89倍と2倍近くになっています。業界団体では収入面に加え、重労働など様々な要因でトラック業界の魅力が下がり、若い人など人材が集まりにくくなっているとしています。

労働時間の上限規制 物流は大丈夫?

さらに長時間労働の是正に向け、3年後に規制が始まる「働き方改革」も問題を複雑にしています。

働き方改革関連法でトラックなどの「自動車の運転業務」は、時間外労働の上限が2024年4月からは年間960時間に規制され、上限を超えた場合、運送事業者に罰則があります。

人手不足に加え、長距離輸送、荷入れのための待ち時間もあって、他の業種より労働時間が長く、全日本トラック協会が、全国780の事業者に調査したところ、去年10月時点で、時間外労働が960時間を超えるドライバーがいると回答した事業者は28%に上りました。

働き方改革は労働者の健康を守るために必要なことですが、人手不足が続く状況で時間外労働の上限規制が導入されれば、社会インフラの物流が滞ってしまうおそれがあると関係者は指摘します。

改善のために国が動く

国土交通省は対策に乗り出しています。

トラック事業者は車両の台数が20台以下の中小事業者が7割以上で荷主に対する交渉力が弱いため、去年4月、国として初めて「標準的な運賃」を策定したのです。

全国の639の事業者の原価と、109事業者の財務諸表を調査して算出し、車種や走行距離、時間に応じて細かく作成しました。

人件費の単価は、全産業平均の単価を採用するなどした結果これまでの運賃よりも3~4割高くなっています。

国土交通省と全日本トラック協会は、全国の荷主企業4万6000社と日本経済団体連合会など62の荷主団体に対して、「標準的な運賃」が策定されたことを文書で周知し、理解と協力を求めました。

最低賃金のように必ず守らなければいけない額ではなく、あくまで「目安」ですが、国の審議会で専門家の議論を踏まえて策定されたということで、荷主に交渉がしやすくなると期待の声があがりました。
冒頭で紹介した運送会社の社長は、標準的な運賃が策定されたときの気持ちをこう振り返ります。
運送会社 社長
「標準的な運賃が入れば、経営は安定して、ドライバーの賃金を上げたり、車両の安全対策の設備投資などができる。立場の強い荷主に対しても、国が後ろ盾ということで、いきなり標準的な運賃までの引き上げは難しくても、少しずつの値上げが現実味を帯びてきた、と思っていました」

しかし、コロナ直撃で…

しかし、コロナ禍で思うように事は進みません。

イベントや外食産業、製造業などコロナの影響を受けている業種の物流を支える運送業者は一段と経営が厳しくなっています。

冒頭で紹介した運送会社は、コロナ禍で、配送量がおよそ15%減少した状態が続いているといいます。

8つある取引先のうち1つからは契約解除になり、残る取引先でも、トラックの台数を減らしたり値下げに応じざるをえなかったりしたケースも。去年3月から先月までに売り上げはおよそ2000万円減少したといいます。

いまは、コロナ対策の無利子無担保の貸し付けで費用を工面していますが、今後、返済が始まるときに大きな負担になるとして、すべての荷主に対して、去年、標準的な運賃に応じた運賃の値上げを要望しました。
交渉の際、人件費や車両・燃料代などをそれぞれ原価計算した数値も示して、いまの運賃では売り上げが少ない状況を訴えましたが、すべての荷主に断られたといいます。
運送会社 社長
「荷主もつらいのはわかるが、値上げしなければ、経営がなりたたない。このままではやっていけない。コロナさえなければ…タイミングが最悪です」
このほかの会社への取材でも「コロナで荷主も厳しい中で、値上げを求めたら切られる。私には切り出す勇気がない」とか、「荷主からはコロナで仕事が減っているから運賃を下げてほしいと言われて従っている。そんな中で値上げなんて言えない」など、切実な声が多く聞かれました。

物流を滞らせないために

今回、私は全国各地の運送会社に話を聞きました。

「かたや国の働き方改革で縛られ、荷主からは『いままでどおりちゃんと運べ』と言われ、八方塞がりに。このままでは、刀が折れて矢も尽き、討ち死に(やめる)しかないですわ」

九州地方の運送会社社長の話に私は、日本の物流、その9割を支えるトラック物流は大丈夫か、と考え込まざるをえませんでした。

そしてあらためて業界団体が出した「送料無料じゃありません!」という主張を思うと、八方塞がりのなかで、せめて消費者に理解してもらうしかないといういわば心の叫びだと感じました。

当たり前ですが、運送事業者の仕事は無料ではありません。「無料」ということばは消費者にとって魅力的ですが、その影で運賃が適正な価格にならず困っている人たちがいるということを、巡り巡って私たちの生活に影響を及ぼしかねないことを、この主張を通じて多くの人に知ってほしいと強く思いました。
社会部記者
渡辺謙
2010年入局
津局など経て報道局社会部国土交通省担当