若い女性たちよ、戻ってきて!

若い女性たちよ、戻ってきて!
「なぜ、若い女性が戻ってこないんだろう」

こう真剣に考えた街がある。
兵庫県豊岡市だ。

社会的な男女の格差「ジェンダーギャップ」こそが、大きな原因ではないか。
街をあげた取り組みが動き出し、全国的に注目され始めた。
その直後、旗振り役だった市長が選挙で落選。

この街で何が起こったのか。3か月間、街の人たちに密着した。
見えてきたのは、未来の理想と今の現実の狭間で揺れる地方都市の姿だった。
(金麗林、依田真由美、布浦利永子)

若い女性がすーっといなくなる…

兵庫県北部の日本海に面する豊岡市。
東京23区よりやや広い面積におよそ8万人が暮らしている。
志賀直哉の小説でも知られる城崎温泉があり、ズワイガニやホタルイカの産地でもある。

この市で、4期16年にわたって市長を務めてきたのが中貝宗治(66)だ。
コウノトリの野生復帰を実現させたほか、「演劇のまちづくり」など“突き抜けた政策”を次々と打ち出してきた。
この中貝が、4期目にさしかかった2018年に打ち出したのが「ジェンダーギャップ解消」だ。

「ジェンダーギャップ」は、社会的な男女の格差を指す。
政治家や企業の管理職など、意思決定層に占める女性の割合が低いことなどが指摘される。

中貝は、身近な場所で、この格差解消に取り組むと宣言した。

きっかけは、その直前に公表された国勢調査(2010年~2015年)の結果だった。
10代で豊岡市から転出した人と、20代で転入した人の割合を比べ、独自の指標として「若者回復率」をはじき出した。
すると男性は52.2%だったのに対し、女性は26.7%。
中貝は、男性の半分しか女性が戻ってきていないと考えたのだ。
「若い女性がすーっといなくなっていました。突然気付きました。恐ろしいことだって。ゾッとしました。豊岡はこれまで何をしていたのか」

“街は公正さに欠けていた”

どうしたら、女性に戻ってきてもらえるのか。
市は、転出した女性や住民にヒアリングを行った。

「豊岡に戻っても、管理職は男性ばかりで女性が活躍できる仕事がなさそう」
「地域活動の中心は男性ばかりで女性はお茶くみや片付けなど、補助的な役割」

地域に残る「ジェンダーギャップ」が女性の住みづらさにつながっているのではないか。

さらに、平均年収などのデータでも男女間の大きな格差があることがわかった。
中貝は、こう語った。
「女性には壁、つまりジェンダーギャップがある。補助的な仕事だけしかできない。結婚、出産をすると、仕事を辞めろという圧力がかかる。ふるさとが全然、魅力的に見えない。そんなところに若者や女性は帰ってくるだろうかと。私たちのまちはフェアネス、公正さに欠けていた」

まずは地域の役員から

4月1日、市役所に「ジェンダーギャップ対策室」が設置された。
この問題に特化した担当室は全国でもめずらしいという。

職員4人が、地域の男女格差をどう解消していくのか検討を進めた結果、ある目標を定めた。

「2025年までに、地域連合会の役員の女性比率を3割にする」
市内には29の地域連合会があり、それぞれに市から祭りや防災などの予算が配分されてまちづくりを進めている。
まずはこうした地域の会合など身近な場所からジェンダーギャップを解消することが第一だと考えた。

“この考え方で何十年も生きてきた”

対策室のメンバーは、さっそく地域に働きかけを始めた。
モデル地区に選んだのは、日本海に面する竹野地区。

美しい砂浜がある漁業が盛んなまちで、夏には海水浴場が多くの観光客でにぎわう。
地域の役員は16人、そのうち女性は2人しかいない。
そもそも竹野地区では役員は、小学校のPTA会長や消防団長、観光協会会長などが兼務する「充て職」が続いている。

ジェンダーギャップについて、役員たちと話していた時のこと、1人の発言が気になった。

(役員)
「少子高齢化の波が来ていると、(伝統行事の)女人禁制は守れなくなってきている。女の子が入ってきたりするのも、まあしかたないって言う空気も生まれつつあるんだよ」

しかたない?ちょっと違和感を覚えますが。

(役員)
「それがギャップなんですよ。この考え方で何十年も生きてきてっていうことだから、なかなか数か月、1年で変えていくのは難しいところもあるんじゃないかな」

それでも地区は変えられるところから始めようとしている。
市の提案を受け、まずは、役員を住所ごとに選ぶ方法に変更できないか検討を始めた。そうすれば女性も手をあげやすくなるのではないか。

また、役員会では、毎月の定例会議などほとんどの会議の開始時刻は19時半だが、長年、誰も疑問を挟まなかった。
今回、女性から「会議に参加するまでに家族の夕飯づくりなどの家事をすべて終えなければならず、夜の会は負担だ」という意見が上がり、開始時刻も検討することになった。

“高い役職” 担いたくない?

ジェンダーギャップ対策室は、民間企業にも目を向けた。

豊岡市内の企業の女性管理職の割合は16%、これを2025年までに20%に引き上げることを目標に掲げた。

市の呼びかけに応じて、改革を進めた企業も出てきた。
精密バネ会社「東豊精工」。
社員およそ100人のうち、主任やリーダーなどの役職に就いている女性は3人しかいなかった。岡本慎二社長(63)は、市の取り組みに賛同し、役職のつく女性を5人に増やした。

しかし、社内の女性と話をするなかで、ある課題を感じていた。
社内での意識調査に対し、「高い役職を担いたい」と答えた社員は、男性が38.7%だったのに対し、女性は9.1%にとどまったのだ。

なぜ、役職を目指す女性が少ないのか。
総務部の小田垣有紀(47)さんは、おととし主任に抜擢されたが、思いは複雑だった。
「『女性の活躍』って言うことで主任にしていただいたと思うが、『頭数で』って周りから思われているのではないかな」

主任になっても、上司や来客へのお茶出しを続けた。
「入社して以来『お茶出しをするんだよ』と言われていたので日課なんです」

小田垣さんは、4年制の大学で語学を学び、国際的な仕事をしたいと夢見ていた。しかし、家族や周囲から「男性並みの学歴は必要ない」と反対された。
“女性の学歴が高すぎると、結婚の時に相手の男性が卑下してしまう”と言われたという。

ただ、仕事を任されるようになると、小田垣さんの気持ちにも変化があった。
主任として給与システムの効率化を提案しようと、プログラミングの勉強を始めている。

会社では、今年度、新人の指導役も初めて女性が務めることになった。
上司として部下を指導するという意識を持ってもらい、女性の管理職につなげることが狙いだ。

この会社では、4月、社長から全社員にあるメールが送られてきた。

「男女の固定的役割分担を見直すため、総務部によるお茶出しは今後一切廃止します」

「ジェンダー」よりも「コロナ」

ここまでの取り組みに中貝は手応えを感じていた。
今年度中に、ジェンダーギャップ解消をうたった条例を制定し、さらに力強く推進しようと戦略を立てた矢先、波乱が起きる。

4月18日に告示された豊岡市長選挙。
中貝に「待った」をかけたのが、元市議会議員の関貫久仁郎(64)だ。
関貫は、記者団からこれまでの市の政策について問われると、こう答えた。
「ジェンダーギャップ解消は最優先ではない。いま、コロナ禍でやるべきことがたくさんある。女性が活躍できる街になれば若い女性たちが帰ってきますか?そんなことはない。ブームに乗っているだけではないか」

関貫が掲げたのは、コロナ禍で苦しむ子育て世帯の支援。
中でも、子どもの医療費無償化や市民税の引き下げを強調し、「市民が納得しない市政はあってはなりません。子ども支援、福祉が置き去りになっている」と、市政の転換を訴えた。

中貝は、ジェンダーギャップ解消や、演劇のまちづくりのさらなる推進を公約に掲げ、5期目を目指した。
人口の多い市街地の地区を地盤とし、自民党、公明党の推薦も受け、地元選出の国会議員も応援に駆けつけた。取材を進めても当初は中貝優位だという見方も多かった。

しかし、選挙戦が始まると、様子が違った。

街の人からは、「ジェンダーギャップの解消よりも、市民の生活に寄り添った政策を優先してほしい」という声が多いと感じた。
「周りの自治体では高校生まで医療費が無償化になっているのに、豊岡市はいっさい支援がない。まずは子育て支援が先だと思う」(子育て中の女性)

「コロナ禍で多くの飲食店が苦しい状況に陥っている中で、演劇やジェンダーギャップ解消のような“外向き”の政策よりも、生活に目を向けた政策をしてほしい」(飲食店経営)

旗振り役 退場

豊岡市でも、新型コロナの影響は長期化していた。
市の商工会議所のアンケート調査では、8割の企業が「売り上げが悪化した」と回答。
特に城崎温泉をはじめとする観光産業への影響は深刻だ。
城崎温泉の組合によると、「Go Toトラベル」が停止され、2回目の緊急事態宣言が出された年末年始、大量のキャンセルが発生し、損失額(去年12月~ことし3月)は36億円に上るという。

市長選挙の期間中、兵庫県内では感染者が急増し、3回目の宣言を政府に要請する検討が進められていた時期だった。

「ジェンダーギャップ解消」を選挙の争点と受け止めた市民は、ほとんど見当たらなかった。

そして、4月25日、深夜にもつれ込んだ開票結果は。

関貫久仁郎 2万1256票
中貝宗治 1万9591票

関貫が接戦を制し、中貝は敗北を喫した。
投票率は62.14%と、選挙戦となった前々回と比べて14.3ポイント上昇し、関心の高さを伺わせた。

中貝は、こう敗戦の弁を述べた。
「私の政策について伝え方が不十分だった。ギャップを埋める努力を十分にしてこなかった」

関貫新市長「否定はしないが…」

新市長となった関貫は、就任にあたっての記者会見で、「ジェンダーギャップを強調することに疑問を持っている市民も多数いる。ほかに優先すべきことがあるのではという市民もいる」と、改めて優先順位を転換する考えを示した。

就任から1か月。
関貫は、ジェンダーギャップ対策室は存続させ、「否定はしないが、進め方は検討する」というスタンスだ。

市民や関係団体、市役所の各部署へのヒアリングを行った上で、進め方を見極めたいとしている。
「(注目されたのは)全国の中で、市の方針として『ジェンダーギャップ』という言葉を出したのが、たまたま豊岡だけだったということだ。本当に市民のなかでそういう問題があるのか、まずは市民の意識を確認したい。医療費の無料化や子どもへの経済的支援、福祉の面を『人並み』に持っていく、それを一番にしたい

“今” か “未来” か

ジェンダーギャップ解消という理想が届かず、敗れた中貝。
市民は関貫が示した“今の生活”を選択したと言える。

中貝は、今、畑仕事をしながら時を過ごしている。
「人口減少で未来はもっとひどくなる、そのためにと訴えたが、日々の暮らしから見るとかけ離れているように見えたんでしょうね。コロナ禍がそれに輪をかけた。苦しい人たちの日々の暮らしと直結をしなかった。リーダーとして問題があったと思っています」

「ジェンダーギャップの解消」そのものを否定する人は少ない。
ただ、いざ実行するとなると、これまでの生活や人間関係の中で後回しになっていき、いつのまにか…。そんな経験は誰しもあると思う。

3か月前、豊岡市の取り組みに密着を始めた私たちは、今回のような顛末を予想していなかった。

ただ、街の人たちが「地域では、会社では、どんなジェンダーギャップがあるのか、自分たちはどうしていくのか」と考えるきっかけになっていることは事実だ。
たくさんの豊岡の人たちと話をして感じたのは、自分の周りでどんなギャップがあり、それがなぜ問題なのか、自分事として考えることの大切さと、難しさだ。

ひとつの地方都市の試みの記録を通して、多くの人が、自分の周りのことを考えるきっかけになればと思う。
(文中敬称略)

記事の内容は6月10日(木)放送予定の「クローズアップ現代+」でも詳しくお伝えします。
神戸局 豊岡支局記者
金 麗林
2019年入局。神戸局で警察、行政担当を経て2020年から豊岡支局。
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おはよう日本部ディレクター
依田 真由美
2015年入局。札幌局を経て2019年からおはよう日本。
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布浦 利永子
2005年入局。長野局などを経て2015年から政経・国際番組部。
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