大相撲 元幕内豊響が引退会見 押し相撲貫いた土俵人生振り返る

大相撲の元幕内で「平成の猛牛」と呼ばれ、人気を集めた豊響が現役引退の会見を行い、「自分には押ししかないという強い気持ちで土俵に上がった」と、押し相撲を貫いた土俵人生を振り返りました。

山口県出身で36歳の豊響は平成17年初場所に初土俵を踏み、徹底した押し相撲で長く幕内で活躍しましたが、ことしの夏場所まで3場所連続で休場し7日、現役引退を発表しました。

豊響は9日、オンラインで会見し「これで本当に終わったんだなという気持ちでいます。幕下に落ちてから思うように相撲が取れず、だんだん気力がなくなっていき、引退することになりました」と涙ぐみながら引退の理由を説明しました。
現役時代、激しい押し相撲で「平成の猛牛」というニックネームで呼ばれたことについては「当たりには自信があったし、押しひとつでやってきたのでそれだけを磨いてきました。押し相撲でニックネームがつくまでにファンのかたに認めてもらえたというのは本当にありがたく思います」と話しました。

網膜剥離など、たび重なるけがに苦しめられましたが「目のけががいちばん怖かったが、そこは慣れるしかないと思って怖がらずに頭でいった。自分には押ししかないという強い気持ちで土俵に上がった」と押し相撲を貫いたおよそ16年の土俵人生を振り返りました。

会見に同席した師匠の境川親方は「満身創いだったがよくやっていた。立ち合いの変化をしないということを最後まで貫いたのは立派だったんじゃないか」とねぎらいました。

豊響は山科親方として後進の指導に当たることになり、境川親方は「相撲の基本、押しを貫いたので指導に説得力があるのではないか。ぜひ“令和の猛牛”を育ててもらいたい」と話していました。