うちの会社が強制労働!? 対応迫られる企業の人権リスク

うちの会社が強制労働!? 対応迫られる企業の人権リスク
「まさか、うちが強制労働させてるって!?」

あなたの職場でも、突然、こんな悲鳴が聞こえてくるかもしれない。ビジネスのグローバル化が進む中、日本企業は人権リスクへの対策を迫られている。背景にあるのは、世界的な人権意識の高まりだ。自社のみならず、海外の取引先や原料の産地で強制労働や児童労働が起きていないかチェックするよう厳しく求められているのだ。(経済部記者 早川俊太郎/政経・国際番組部ディレクター 松村亮)

突然訪れた危機

子ども服ブランドのミキハウスは4年前、突然、弁護士などで作る人権団体から糾弾された。

声明の中で、ミャンマーの縫製工場で「強制的な長時間労働」や「劣悪な労働環境」での違法行為が継続的に行われていると指摘されたのだ。
大手メディアにも取り上げられ、50年近くかけて築き上げたブランドイメージは、大きく傷つく瀬戸際に立たされた。

対応に追われた品質管理部長の上田泰三さんはこう振り返る。
上田 品質管理部長
「うちの会社が人権問題で指摘を受けるとはまったく想像していなかった。初めての経験で当初は何をすればいいのか分からなかった。不買運動につながるような危機感があった」
問題が起きた背景には、製品の供給網、いわゆるサプライチェーンを把握することの難しさがあった。
このケースでは、子会社が日本の専門商社に業務を発注。ミャンマーの工場と契約していたのは、この専門商社だった。

一着の服を作るにも、布、ボタン、糸など、さまざまな材料が必要だ。取引先も多岐にわたり、会社では、問題がある工場との取り引きを把握できていなかったという。

「知りませんは通用しない」

指摘を受けて、会社ではすぐにミャンマーでの現地調査を実施。そこで明らかになったのは、日本の真夏のような環境の中、エアコンもない部屋で働いていた多くの従業員たちの姿だった。

調査では、給与明細やタイムカードなども細かく確認し、職場環境とともに従業員に給料がきちんと支払われていない状況も改善させた。

一連の対応は、指摘した人権団体からも一定の評価を受けた。
会社ではさらに、従業員の本音をすくい上げる「ワーカーズボイス」というアプリも導入した。

このアプリでは、待遇や労働環境などについて、第三者の人権団体に直接相談することができる。世界中の取引先で使えるよう中国語やベトナム語など、8つの言語に対応している。
上田 品質管理部長
「何かあったら、従業員が直接、意見を言える仕組みを用意しておくのが大事だと思った。うちは知りませんというのは、今はなかなか通用しない世の中なんだろうと思う」

チョコレートの世界で新たな取り組み

こうした問題は服だけでなく、食品などでも同じことが言える。

私たちがよく口にするチョコレートの世界では、海外の人権団体と連携し、原料を提供する国での人権リスクを減らそうという取り組みがある。
アメリカ政府などの調査によると、アフリカのガーナでは、およそ77万人の子どもたちがチョコレートの原料、カカオの生産に携わっていると見られている。児童労働によって教育の機会が奪われ、農薬を使用するなど危険な労働に関わっていることも報告されている。

こうした中、いま注目されているのが、スイスのNGO、国際カカオイニシアチブ(ICI)が現地の農家と協力して児童労働を防ぐ仕組みだ。
まず、カカオ農家の中で人権問題に理解のある人に地域の見回り役になってもらう。見回り役は、週に数回、複数の農家を個別訪問し、子どもたちが働かずにきちんと学校に通えているか確認する。
もし、児童労働が確認された場合は、その詳細についてスマートフォンを活用した専用のシステムを通じ、即座にNGOに報告。

NGOは、契約を結ぶチョコレートメーカーなどとその情報を共有し、子どもが学校に通えるよう支援策を一緒に検討する。

このNGOのエグゼクティブディレクター、ニック・ウェザリルさんは、こう話す。
ニック・ウェザリルさん
「企業はこの仕組みを通して対策を取り、児童労働を削減して、責任ある行動を取っていると示す機会を得られる」
この仕組みを利用したカカオは、1トン当たり3%ほど価格が高くなる。

しかし、割高でも人権リスクを減らせると、大手菓子メーカーのロッテは、このカカオの調達を増やす計画だ。
ロッテ 飯田課長
「チョコレートを扱ううえでいちばん重要だと考えているのが、児童労働の問題への対応だ。持続的かつ安定的にカカオを調達し続けていくために関係機関と協力しながら、こうした問題に対策を講じていきたい」

各国で加速する人権対策

欧米の国々では今、企業の人権への対応を義務化する法令を策定する動きが加速している。企業の責任を明確化し、対策を講じるよう促す国連などでの動きを反映したものだ。

イギリスは2015年に「現代奴隷法」を策定。国内で事業を行い、一定の規模を超える売り上げがある企業を対象に取引先を含め、強制労働や人身取引の有無などを確認し、毎年、公表するよう求めている。

アメリカの一部の州やフランス、オーストラリア、EUなどでも同様の法令が成立した。

こうした国や地域に拠点を持つ日本企業に人権リスクの疑いが生じれば、法令に基づいて詳細な説明を求められることになる。場合によっては、現地政府から多額の罰金を科せられたり、入札停止の処分を受けたりする可能性もある。

企業の自主性に頼る日本 人権対策を「自分事」に

日本政府も去年10月、「ビジネスと人権に関する行動計画」を公表した。

この中で企業に促しているのが、「人権デューディリジェンス」の導入だ。これは、企業が強制労働や児童労働、ハラスメントといった人権侵害のリスクがないかを調べて対策を取り、必要な情報を開示するというものだ。

ただ、行動計画に法的な拘束力はないため、こうした取り組みが広がるかどうかは、企業の自主性に任せられている。

企業の人権対策に詳しい経営コンサルタントの羽生田慶介さんは、日本の現状に警鐘を鳴らす。
羽生田さん
「外国人の技能実習生の待遇など海外から厳しい視線を注がれていて、多くの企業がいつ指摘を受けてもおかしくない状況だ。経営者は人権リスクが経営に及ぼすインパクトを正しく認識し、適切かつ迅速に対策を講じていく必要がある」
実はこの人権リスク、なにも海外に拠点や取引先のある大手企業にかぎった話ではない。

今後、大手が対策を本格的に進めると、国内で事業を展開する中小企業も人権上のリスクを抱えていれば、契約を打ち切られてしまう可能性が出てくる。

日本の多くの企業が自分事として捉え、対策をしっかりと講じていくことが求められそうだ。
経済部記者
早川 俊太郎
2010年入局
横浜局、岐阜局、
名古屋局を経て現所属
政経・国際番組部
松村 亮
2012年入局
福島局、首都圏放送センターを経て、2019年から現所属