WEB特集

LGBTsの私が地方で暮らして、見つけた“希望”

女性、男性という性別で区別されることに違和感があり、恋愛感情もない。私(岩永)が出会った藤彌葵実(ふじや・あみ)さんは、性的マイノリティー・LGBTsの中でも、多様な性を示す「S」の一人です。
藤彌さんが暮らすのは島根県の山間にある小さな集落。「女は結婚して家庭に入り、子を産み、育てる」。そんな考えが根強く残る地方で、藤彌さんが何を感じ、周囲とどんな関係を築きながら暮らしているのか?そんな関心から取材を始めました。
(松江放送局ディレクター 岩永奈々恵)

どこにも居場所がない…東京から逃げるように地方へ

藤彌さんは29歳。両親、妹と弟の5人家族で育ちました。好きだったのは恐竜のフィギュアで遊んだり、少年マンガを読むこと。しかし、周囲からは「女の子らしい遊びをしなさい」と言われました。

いろんなことが「男の子」「女の子」と分けられていると感じ、ストレスのためか、小学生ながら円形脱毛症や胃潰瘍になったと言います。

中学や高校で、同級生が恋愛トークをするようになっても、自身は部活や趣味に忙しかったという藤彌さん。「恋愛感情がない」と気付いたのは大学生のときでした。

ずっと感じてきた“周囲に馴染めない感覚”。その正体について調べるうち、自分が「Aジェンダー」(女性/男性という性別で区別されることに違和感を持つ)、「アロマンティック」(恋愛感情をもたない)、「アセクシャル」(性的感情を持たない)だと分かったのです。

自分と同じような人が他にもいると知りました。しかし、友人に打ち明けても理解されず、孤立感を深めていきました。
東京で働いていた頃の藤彌さん
大学3年で就職活動を始める頃から、「社会になじまないといけない」と、自分を押し殺すようになっていきます。

ネットなどで、就活生の正しい服装を勉強し、メークをしてスカートを履くようになったのもこの頃からです。

東京の大手企業に就職すると、同僚や上司とのつきあいの中で、自分の思いとは裏腹に、男性より一歩下がるなど“望まれる女性像”に近づいていきました。

しかし、つらい出来事が起きます。同僚から恋心を抱かれ、拒否すると嫌がらせを受けるようになったと言います。周囲に相談しても「気を持たせたあなたが悪い」と理解されませんでした。

自分の思いのとおりに生きることを許されず、自分の思いを押し殺して生きても理解されない。どこにも居場所がないと感じた藤彌さん。一時は「死ぬ」ことさえ考えたと言います。

すべてをリセットしたいと、偶然ネットで求人募集を見つけた島根県邑南町への移住を決めたのです。
藤彌さん
「砂漠に生きてる魚みたいな。この社会で生きるのに、わたしは向いていません、死ぬしかないって思ったんです。ただ、死ぬのって案外難しくて…。だから、死んだつもりになって、田舎に移住しようって思いました」

過疎の集落で初めて感じた “生きていてもいいかも”

島根県 邑南町 日和地区
藤彌さんが移り住んだ島根県邑南町日和地区。高齢化と過疎化が進む山間の集落です。人口はここ10年あまりで2割以上減り、今はおよそ400人が暮らしています。

町役場の職員として働き始めた藤彌さん。自分のことを知らないこの地区に来て、少しずつ自分らしく振る舞えるようになっていきました。

肩よりも長かった髪の毛は、徐々に短く。周囲の目線を「これでも大丈夫かな?」と気にしながら、服装も、動きやすいトレーナーやズボンへと変えていきました。
役場での藤彌さん
地域の活動にも積極的に参加するようになりました。集落に古くから伝わる神楽団。後継者がおらず、衰退しかけていました。藤彌さんは笛を担当し、中心的な存在に。集落の青年部では祭りを企画。人手不足で途絶えていた集落の花火を、30年ぶりに復活させました。

1人都会からやってきた藤彌さんに、集落の人たちは優しく接してくれました。神楽団の師匠たちは、藤彌さんのことをわが子のようにかわいがってくれ、夕食を自宅でごちそうになることも少なくありません。

温かく見守り、助けてくれる集落の人たち。地域の活動では、頑張れば頑張るだけ感謝され、喜んでもらえる。自分の居場所を初めて見つけた気がしました。
地元の人と話す藤彌さん
藤彌さん
「日和ってすごく良いところなんですよ。私こういう話するとウルッと来ちゃうんですけど、人も優しいし、みんなすごい見ててくれるし、褒めてくれるし、助けてくれるんですね。神楽団も(住民たちと)一緒で、青年部も一緒で、職場も一緒で、いろんな面を知ってるのが田舎の特徴かなと思っています。私一人で、あなたも一人で、マジョリティーとかマイノリティーじゃなくて一対一だよね。とりあえず生きてていいかなと思います。へへへ」

LGBTsであることを告白 しかし厳しい言葉が…

藤彌さんは、これまで、職場の仲間や一部の親しい人を除いて自分がLGBTsであることは伝えていませんでした。

しかし、集落の一員となった今、伝えてもいいかもしれないと思えるようになっています。

地域の人たちが、藤彌さんの活躍を見てくれ、人として信頼してくれていると感じるようになったためです。

また、集落の人たちからも「結婚はまだ?」「息子の嫁に」といった言葉がかかるようになっていました。

ごまかすように返答する度に、相手にうそをついてしまっているような後ろめたさも感じていました。
地区の自治会の会合
集落の戸主が月に1回集まる会合。藤彌さん以外は、70代以上の人ばかり。もちろん、みんな藤彌さんを優しく見守ってくれてきた人たちです。

この日、意を決して、自分のことをカミングアウトすることにしました。おそるおそる、「恋愛とか結婚は考えられない」と伝えたのです。
藤彌さん
「私、日和に住んでていろいろ活動してるんですけど、あんまり今、恋愛をしたりとか、結婚したりっていうビジョンがないんですね。そういう考え方で、日和で過ごすのってどうですか?」
言葉を失う住民たち
藤彌さんの告白に一瞬、言葉を失う住民たち。これまでこの地区で、LGBTsであることをカミングアウトした人はいません。藤彌さんの言葉の意味を真剣に考えますが、どうしても理解できません。
住民
「若いもんの考えが分からん」
「いつか良い人ができるよ、そりゃ」
自治会長の佐々木正晴さん(73)は、これまで、特に藤彌さんのことを気にかけてくれていました。

地域の活動に熱心に取り組む藤彌さんを「若いから」と不安視する住民に対し、「信頼して任せよう」と説得してくれたこともありました。

いずれは、藤彌さんに集落の住民と結婚してほしいと願っていた佐々木さん。思いがけない告白に混乱を隠せませんでした。
自治会長 佐々木正晴さん
「うーん。結婚する気がないっちゅうのがわしもよく分からんのじゃけど。藤彌さんは全くおかしいことはないよ。ものすごく正常なつきあいというか、わしらもいっぱい話をさせてもらって。だけど、結婚を考えてないっていうのはちょっと、こういうこと言っちゃいけないかもしれないけど、異常って感じがする」
すぐには受け入れてもらえないかもと覚悟はしていた藤彌さん。それでも、親しい住民たちが戸惑う姿に、言いようのない悲しみを感じていました。
藤彌さん
「幸せな人生ですねって言われてもいいはずなのに、幸せじゃないと思われる。異性と恋愛をして、結婚をして、子育てをして、幸せな家庭を築いて、老後を迎えて死ぬっていうステレオタイプがあって、そうじゃない人はそうなるように努力しなければいけないんじゃないかって思わされてしまう気がします」

男女の役割分担の壁 話し合いは平行線、それでも…

「結婚して幸せに」。そんな価値観とともに、藤彌さんがぶつかっていた壁がありました。男女の役割分担です。

特に藤彌さんが納得できないでいたのが消防団の活動です。藤彌さんも所属する町の消防団は男女別に分かれていて、男性消防団は消火活動など力仕事、女性消防団は被災者のケアや広報活動などと役割が分かれています。
男性消防団と女性消防団
藤彌さんが消防団に入ったのは、隣の家が火事になったとき、避難の手助けなどを手伝ったことがきっかけ。藤彌さんは、これまで何度か、現場で消火活動に関わりたいと訴えてきましたが、女性消防団は現場に行かせられないと言われてきました。

この春に行われた消防団の防火パレードでも、女性消防団として参加するように言われました。しかも、女性らしく車両に乗って手を振る役。どうしても納得できず欠席しました。

「自分の本当の気持ちを伝えずに殻に閉じこもる」。このままだと、東京で自分を偽っていた頃とまったく変わっていない…。消防団の活動でも、自分の思いを率直に伝えるべき時が来ていると感じていました。
藤彌さん
「東京にいたときは、“納得できません”って言えなくて。“スカートを履かないといけないなんて納得できません、私はズボンで出社します”って言えなかったんですね。本当はそう思っているのに、そう思っている自分を否定して、社会の常識を肯定してしまっていたんです。でも、それだと、私がこの社会で生きてる意味はないんじゃないかって思えてくるんですよ。“納得できません”って言うこと自体は、自分を肯定することだと思うんですよ」
中井伸人さんと藤彌さん
思い切って、女性消防団の副団長で、神楽団や集落のバドミントンサークルの仲間でもある中井伸人さん(66)に、「女性消防団を辞めて、男性消防団で消火活動に参加させてほしい」と訴えました。消防団に入ったきっかけやLGBTsであることも伝えました。中井さんはじっと聞いていました。

その1か月後、中井さんは、男性の消防団への加入を認めてくれました。しかし、条件が一つ。人手不足の女性消防団にも残り、今までどおりの仕事も続けてほしいといいます。

中井さんはこの1か月、葛藤を続けていました。藤彌さんの気持ちを受け止めてあげたい。その一方で、男性と女性とではやはり役割に違いがあるのではないか…。
中井さんと母と弟2人 前列中央が中井さん
そう思う原点は中井さんのこれまでの人生にありました。中井さんは、中学生の時に亡くなった父の代わりに母と2人の弟を養うため、高校卒業後、集落に残り働く道を選びます。同級生の多くが大学進学や就職で都会に出る中、苦渋の選択だったと言います。

それでも、男だから家族を守るのは当たり前だと考えていました。一生懸命、地元の郵便局で働き、弟たちを進学させ、母親の面倒を見続けました。男性と女性、それぞれに役割があり、そのためには個人の我慢も必要だと考えてきたのです。

そして、女性消防団の仕事も続けてほしいと伝えた背景には、もう一つ、一対一の人間として藤彌さんと向き合いたいという思いもありました。

藤彌さんの意見も聞き入れる代わりに、消防団としての願いも聞いてもらう。それが一対一の関係ではないかと感じていました。
話し合う中井さんと藤彌さん
しかし、「“男性”と“女性”だけを想定して制度ができている」ことに違和感を覚えてきた藤彌さんは、中井さんの結論に納得できません。「現実は多様であることをいつまで無視するのか」。中井さんに率直に自分の思いをぶつけました。
藤彌さん
「私は、個人の話をすればいいじゃないって最初から思っているので、現場に来れる人は来る。できることをみんながやるっていうことだと思うんですよ」

中井さん
「それは違うよ。男子じゃけ、それなりの力をもっとる、で、現場で皆が大きな声だして、こうじゃないああだ!って言えるじゃない。女性には、けがさせちゃいけんと思うじゃない。例えば顔に傷。男がここ(顔)擦り傷するのと、女性がここに擦り傷するのとじゃ違うじゃない?」

藤彌さん
「そこまで話をすると、じゃあ私は消防団に入っている意味はないんじゃないかと思って」

中井さん
「もう少し辛抱することはできんかね?だってそんなこと言ったら、人生も全部一緒じゃん。嫌だったら辞めればいいってものじゃないでしょ」
「めっちゃイライラしました!」 
そう言って話し合いから戻ってきた藤彌さん。

議論は最後までかみ合いませんでしたが、表情はスッキリしているようにも見えました。
藤彌さんは落胆していませんでした。たとえ考え方が違っても、こうして自分の意見を伝えられたこと、それを聞いて本心で議論してくれる人がいることのありがたみを実感していました。

そして、藤彌さんが私をもう一つ驚かせたことがあります。それは、「中井さんとのつきあいは、これまでどおり続けていく」という力強い言葉です。
藤彌さん
「こんな場面なんて山ほどあって、そのたびに屈していたら生きていけないことを実感したので。それをされたからこの人は敵だ、もう話ができないと思うんじゃなくて、概念がかみ合わないところはそのまま置いておいて、他のところで仲良くなればいいんじゃないかな。中井さんとは、また神楽とかで一緒になりますし、今日もこれから一緒にごはん食べますし。そうやって暮らしていくんだと思います」

“一人の中に、いろんなアイデンティティーがある”

「結婚=幸せ」なの?「男女の役割分担」って何?過疎化が進む集落に藤彌さんが投げかけた様々な疑問。住民たちも、少しずつ、変わり始めています。

「結婚するつもりはない」という藤彌さんに「異常」と言った自治会長の佐々木さん。その後の集落の会合で、こんな言葉を藤彌さんにかけました。
佐々木さん
「結婚するかどうかは個人の自由ですからね。特別じゃない。普通のひとと変わらないよ。なあ、藤彌さん」
佐々木さん、実は「異常」と言ったことを後で反省したそうです。多様な性があることを知った上で、藤彌さんとはこれまでと変わらず大事につきあっていくつもりです。
藤彌さんも日和地区に来て、いろんな人と話をするうちに気付いたことがあります。

地区に住む同世代の男性や女性も「結婚はまだ?」と近所の人に聞かれることがよくあり、傷ついていたそうです。それでも、「この人は私のことを思ってくれている」と、その言葉を上手に受け止めていました。

藤彌さんも「結婚はまだ?」は、「幸せになってね」と変換して受け取ればいいと考えるようになりました。
藤彌さん
「田舎に来てから、人って一面だけの存在じゃないんだなって。その人の中にいろんなアイデンティティーがあるなって思います。だから一面だけをみて判断するんじゃなくて、社会がLGBTsを前提としていなくても、そこに生きてていいし、自分らしく生きてていいし、幸せにもなれる」
性が多様なのと同じように、一人一人の中にも多様性があると気付いた藤彌さん。地方で暮らす中で見つけた“希望”です。
日和地区で2年近く取材を続ける中で、住民の方々は、ご飯をご馳走してくれたり、一緒にバドミントンをしたりと、“NHKの岩永さん”ではなく、“岩永さん”として接してくれていると感じることがよくありました。

肩書きや見た目などではなく、「一人一人のことをちゃんと見てくれる」。藤彌さんがこの地区で生きていこうと決めた理由の一つなのかなと感じています。
松江放送局ディレクター
岩永奈々恵
平成29年入局
主にジェンダーや多様性、教育問題を取材

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