【全文】池田小事件から20年 1年生の息子亡くした母親の手記

大阪 池田市の大阪教育大学附属池田小学校で8人の児童が殺害された事件から8日で20年になります。事件で亡くなった男の子の母親が手記を寄せ、癒えない悲しみや安全な学校への願いをつづりました。

20年前の6月8日、刃物を持った宅間守元死刑囚が大阪教育大学附属池田小学校に侵入し児童8人が殺害され、教員を含む15人がけがをしました。

この時、1年生だった息子の健大さんを亡くした戸塚正子さんが20年がたつのを前にNHKに手記を寄せました。

戸塚さんは「どれほど月日が流れようとも、私どもの我が子への思いは何ら変わることはありません。やはり、ここに健大はいないのだという喪失感でいっぱいになります」とつづっています。

また「コロナ禍で、これまでの私の日常が奪われ、人と会うことも語ることも許されない状況がなお一層、悲しみや苦しみをあらわにさせたのかもしれません」としています。

そして、安全な学校生活のためには机上の空論ではなく、人と人との関わりの中で模索、行動していくことが必要だとしたうえで「世の中のすべての子どもたちが、安全安心で豊かな学校生活を送ることが出来るよう願っております」と結んでいます。

学校では8日、追悼の集いが開かれ遺族などが出席します。

戸塚正子さんの手記全文

事件で当時1年生だった息子の健大さんを亡くした戸塚正子さんが寄せた手記の全文です。

「あの日から20年もの歳月が経ってしまいました。けれども、どれほど月日が流れようとも、私どもの我が子への思いは何ら変わることはありません。

健大がいなくなってからは、健大のお友だちの姿に重ね、心に重ね、健大の面影を追っていました。次男が誕生してからは、その成長を、健大の夢の続きを見ているような思いで見守ってきました。

ただこの頃は、27歳の健大をどう考えてみても想像することが出来ず、やはり、ここに健大はいないのだという喪失感でいっぱいになります。

20年経って改めて自分の気持ちを冷静に見つめたとき、ジグソーパズルの1ピースが失われてどうしても埋まらないように、どうやっても完全な家族には成り得ないという現実を突きつけられるのです。

このコロナ禍で、これまでの私の日常が奪われ、人と会うことも語ることも許されない状況がなお一層、悲しみや苦しみをあらわにさせたのかもしれません。

人と人とのふれあいは、人の心にふれ、人の心を揺さぶります。

安全で安心な学校生活はどのような取り組みで成り立つのか、足りないところはないのか、意識向上のためには何が必要なのかを、机上の空論ではなく人と人とのかかわりの中で模索し、行動を起こし、世の中のすべての子どもたちが、安全安心で豊かな学校生活を送ることが出来るよう願っております。戸塚正子」