静かに広がる「硬券」ブーム?

静かに広がる「硬券」ブーム?
ちょっと分厚い紙で作られたきっぷ。戦前から使われ続けてきたきっぷで、その硬さから「硬券」と呼ばれています。SuicaやICOCAなどICカード乗車券が全盛の中で、実は硬券が今、静かなブームとなっています。硬券を見て、かつて使っていて懐かしさを覚える人もいれば、初めて見る人もいるかもしれません。知る人ぞ知る、ノスタルジックなきっぷの世界をのぞいてみます。(松山放送局記者 後藤茂文)

その魅力とは

ことし3月、JR岡山駅に100人を超える長い列ができていました。硬券でできた記念入場券を求める人たちです。JR山陽本線が岡山県内から広島県の尾道駅まで開通して、130年を迎えたのを記念し、沿線の駅の硬券入場券をセットで販売しました。
1セット3000円の硬券入場券を、全国の鉄道ファンが次々と買い求めていました。
鹿児島県から「青春18きっぷ」を使ってきたという男性は。
鉄道ファン
「硬い切符に価値があるということで、閲覧用と、1つは保存用でとっておきたい」
硬券は戦前から使われてきました。その種類は実に豊富で、片道の乗車券だけではなく、入場券や往復券、特急券などにも使われています。
JRが硬券での乗車券の販売を取りやめてから久しく、いまでは地方の私鉄を中心に発行されています。入手できる機会は減ってきましたが、かえってそれが価値を生み出していると言えます。

私も、多種多様な硬券に魅力を感じ、これまでに北海道から九州の各地で、気に入った特徴的な硬券を集めてきました。ささやかではありますが、私の硬券コレクションを紹介したいと思います。

私のコレクション

例えば、最近手に入れたのはこちら。
ゾロ目の令和3年3月3日を記念して、鉄道会社各社がグッズを販売しましたが、その中の一つ。三重県北部を走る三岐鉄道の記念乗車券です。2路線あるうちの「三岐線」、そしてその沿線の「三里駅」を発着する乗車券を硬券で作っています。券面には「三」が10個以上も使われています。その珍しさから、販売開始からわずか30分で、用意された「333」枚は完売。
好評につき貨物列車の機関車がデザインされた第2弾が発売され、3倍となる999枚用意されましたが、たった3日で完売しました。完売までの日数も3でそろったのは偶然です。
続いては、京都府北部を走る、京都丹後鉄道の往復乗車券。
京都府京丹後市の峰山駅から、JR福知山駅、京都駅をとおり、東海道新幹線を経由して東京都区内まで往復することができます。
かつては多くの私鉄が、JRと長距離の連絡運輸契約を結んでいましたが、時代とともに縮小してきました。
こうした中で、京都の日本海側と東京を結ぶような長距離のきっぷ、ましてや硬券の往復券というのは、非常に貴重なものとなっています。距離が長い分、値段も2万円近くします。現行の乗車券の中では日本最高額の硬券だと、鉄道ファンの間で言われています。

実際に使ってみた

その硬券で今も現役で使われているものが松山市にあります。伊予鉄道の郊外電車とフェリーに乗車できる連絡きっぷで、この1枚で松山市の離島に行くことができます。
伊予鉄道によりますと、確認できるかぎりでは、昭和23年以降、松山市の離島、忽那諸島への航路と電車を連絡するきっぷを扱ってきたそうです。かつてはフェリーと鉄道を結ぶきっぷは全国各地で多数扱われてきましたが、時代の流れとともに連絡運輸は減少し、1枚のきっぷで乗り継ぐこと自体が難しくなっています。そうした中で、電車とフェリーを乗り継げる「硬券」は極めて貴重なものとなりました。

伊予鉄道にはまだ過去に刷られた在庫が残っているため、いまも4種類の硬券がひっそりと販売されていて、時折、鉄道ファンが記念に購入していくといいます。硬券の券面には、客室のグレードを示す「2等」の文字。紙の模様、地紋には、会社の名前が「いよてつどう」とひらがなで書かれ、社章の「イ菱」があしらわれています。
この硬券を実際に使ってみました。
松山市駅できっぷを改札の駅員に見せ、改札鋏で穴を開けてもらい、列車に乗ると、21分で、9.4キロ先の松山市郊外、高浜駅に到着。硬券を駅員に提示し、レトロな駅舎を抜けると、目の前には高浜港があらわれます。
乗船する際には、硬券は回収されてしまいます。忽那諸島最大の有人島、中島の玄関口「大浦港」を目指します。
船で揺られること40分。本当に1枚の硬券で、中島に上陸することができました。

関東の私鉄にも新登場

硬券が消えゆく中、これを新たに販売した会社があります。
関東の大手私鉄、西武鉄道です。
外国人観光客向けに2017年から、1日乗り放題のフリーパスを、端末で発券する磁気券として販売していました。
その翌年からは、事前にきっぷを受け取りたいなどと海外の旅行代理店から要望を受けて、硬券のタイプも販売を始めたということです。
硬券にしては大きい手のひらサイズで、随所にある英語表記が新鮮です。硬券も採用した理由を、担当者はこう語ります。
栗崎主任
「せっかく外国人の方に電車に乗っていただきますので、企画券そのものがお土産になればと思い、いろいろデザインを検討しました。日本らしい鉄道のきっぷといったら硬券が良く、お土産にもなると硬券のデザインにしました」
このフリーパス、外国人向けのため、日本人は購入できませんでした。しかし、コロナ禍で訪日客が期待できなくなった中、西武鉄道はことし4月と5月限定で日本人向けにも販売を始めました。
会社のSNSと連動した5月末までのキャンペーンとして、池袋駅の案内所で販売したところ、ネットの口コミで話題となりました。たった1か月で1000枚以上も販売されたそうです。
西武鉄道 栗崎主任
「発売当初500枚位と考えていましたが、もうすでに1000枚を超えているので、想定以上に売れています」
「『外国人にしか売っていないレアなきっぷが買えるよ』とか、『硬券ですごくいいきっぷだよ』というものもツイッターで反響がありました。制作費を抑えるために薄い紙で作成することも検討していましたが、きっぷそのものに価値を持たせたいと、硬券のデザインにしました。それで外国人だけではなく、日本人のお客さまにも、これはいいきっぷだと反響を頂き、うれしく思います」
硬券をさらに活用するのかも、尋ねてみました。
西武鉄道 栗崎主任
「乗車券そのものに特別感を出す時には、やっぱり硬券を今後も活用したいと考えています。インバウンド向けのデザイン券や硬券も、今後日本人にも発売ができたらいいなと検討しているところです」

淘汰の危機 “レトロ”に価値を

ちなみに、四国ではほかにも徳島県と高知県を結ぶ阿佐海岸鉄道が硬券を扱っています。
ただ、関係者によりますと、線路も道路も走行できる「DMV」と呼ばれる車両がこの夏にも運行開始するのにあわせて、硬券の廃止が検討されているということです。
人口減少やコロナ禍で大きく変わろうとしている、鉄道の世界。IC乗車券やチケットレスでの乗車が普及する中、既存のきっぷは次第に淘汰されています。
そうした流れだからこそ、いまも残るレトロな硬券に価値が見いだされ、愛されているのではないでしょうか。
きっぷの世界は奥深く、「硬券」があれば、軟らかい「軟券」もあります。
こちらは、またの機会に紹介できればと思います。
松山放送局記者
後藤 茂文
津局、大分局を経て
2020年から松山局勤務
公共交通や農業、
文化などを取材
全国のJR線の約96%を
乗車済み