大坂なおみ選手が拒んだ記者会見 何が彼女たちを苦しめるのか

大坂なおみ選手が拒んだ記者会見 何が彼女たちを苦しめるのか
「私が撤退することが最善だと思います」

出席が義務づけられている試合後の記者会見を拒んだあと、全仏オープンの棄権を表明したテニスの大坂なおみ選手。

その決断が「伝統」や「常識」を揺さぶっています。

大坂選手が「大きなストレスになっていた」という記者会見。

アスリートたちの声を今、聞いてみたいと思いました。

(ネットワーク報道部 小宮理沙/林田健太/加藤陽平)

アスリートの本音

試合後の記者会見での報道陣とのやり取りについて実際のところ、アスリートはどう感じているのでしょうか。

取材に応じてくれたのは、バドミントンの元日本代表、潮田玲子さんです。

潮田さんは現役時代、記者会見は勝っても負けても「義務」だと思っていて、会見に出るかどうかを「選択する」という発想は浮かばなかったと言います。
潮田玲子さん
「今回の大坂選手の選択に、なるほどなと思いました。私の考えにはなかったので、正直、最初は驚きました」
一方で、記者会見で受ける質問によって深く傷つくという大坂選手の気持ちには同じアスリートとして共感する部分がありました。
潮田玲子さん
「確かに嫌な質問をされることもあったし、特に負けたときは今は正直笑えないなということがありました。何気ないひと言でものすごく傷ついたり、それをずっと引きずってしまう自分がいました」
潮田さんが鮮明に記憶している出来事があります。

2010年に中国・広州で開かれたアジア大会でのこと。

ミックスダブルスに出場した潮田さんは選手団の旗手も務め、いわば日本の顔としてメダルの獲得を期待されました。
しかし、本番は2回戦で敗退、その試合後に開かれた記者会見でのことでした。
潮田玲子さん
「報道陣の1人から、『日本代表の旗手がメダルを逃したのは初めてのことだが、どう思うか』と聞かれ、ただでさえ責任を感じていたのに、さらに追い詰められました。私は本当にダメな人間、アスリートとして価値のない人間だと思うくらい落ち込んだんです。いまでもすごく覚えています」
その質問に対して、潮田さんはことばを返すことができませんでした。

話すことが、怖い

注目度が高まるにつれて、メディアに発言すること自体が怖くなった時期もあったと言います。
潮田玲子さん
「自分の気持ちを素直に言ったつもりでも、違う角度とか、違う切り取られ方をされて、意図が変わってしまうのはすごく怖い。新聞の見出しで手が震えた経験もあります」
潮田さんはそうした経験から、大坂選手の胸の内を推し量ります。
潮田玲子さん
「とくに大坂選手は世界中が注目する選手。ことば選びも慎重になる部分も大きかったと思うし、自分の発言に思った以上の反響があるとすごく怖いと思ったんじゃないかなと。ひと言、ひと言がすごくストレスだったと思います。いちファンとして今は無理をせず、心のケアも含めてまた元気な姿を見せてほしいです」

競技以外の質問が…

「記者会見とは何かということを突き詰めると とても興味深いと思います」

大坂選手の問題提起にツイッターでこう発信したのは、元陸上選手の為末大さんです。

為末さんは陸上の世界選手権400メートルハードルで銅メダルを2度獲得しています。
その為末さんも、現在の記者会見のあり方に危機感を覚えることがあると言います。
為末大さん
「会見を開くことは本質的には紳士協定だったと思います。にもかかわらず、競技以外の質問に選手が答える必要があるのか。面白い瞬間を抜き取ろうとするような質問がエスカレートしてきていると感じます」
「さらにSNSを経由して、メディアが発信した情報が拡散されます。選手が『ねじ曲げられている』と感じるようなことが繰り返されます。選手にとって一番いい戦略が“黙る”ことになってしまいかねません」
もしも、アスリート側が記者会見のあり方と折り合えなければ、選手側だけがコントロールできる“閉じた場”での発信が増えるかもしれないと、次のような例をあげました。
為末大さん
「(音声SNSの)クラブハウスが話題になった時、選手たちがこぞって発信をしたのですが『話したことは記事化禁止』というルールがうけたんです」
クラブハウスは、専用のアプリを立ち上げると現れるさまざまな「部屋」の中から利用者が参加したい場を選び、そこで繰り広げられる会話をラジオのように聞くことができる音声のSNSです。
為末大さん
「もしも将来、新たな会見の場ができるとして、そこに『ここで話したことを記事化すれば訴える』と一文が入れば、選手たちがなだれ込むかもしれません。ただ、それは記者会見の終わりとも言えます」

質問されることが成長に

為末さんは開かれた場である、記者会見の価値を感じたというエピソードも話してくれました。

2007年、陸上の世界選手権の時です。

その大会の1年前、為末さんは400メートルハードルの選手でありながら、あえてハードルを跳ぶことを封印し、短距離を走る練習に専念しました。

スピードの強化をねらった異例の取り組みでした。

しかし臨んだ大会本番、結果は予選敗退に終わりました。
敗退後の記者会見。

記者たちはちゅうちょしたのか、少し間があってから、こう質問しました。

「ハードルを封印したことが失敗の原因だと思いますか?」

結果が出せなかった為末さんですが、会見でのこの質問が当時の自分を客観的に見つめ、歩みを進める「気づき」になったと言います。
為末大さん
「質問に対し、自分なりに整理して話しました。みんなの前でなぜそうだったのか話すプロセスは、自分にとってはよい振り返りになりました。質問されたことで成長につながったと感じています」

メディアの向こうにいる人のために

「すばらしいプレーの中にいったい何があったのかを知りたいという人々の期待に応え、なおかつ選手自身も成長できる。記者会見にはそういうねらいがあったと思います」
そう話すのは、法政大学スポーツ健康学部の山本浩教授です。
元NHKアナウンサーでサッカー、ワールドカップメキシコ大会での伝説のプレーの実況「マラドーナ、マラドーナ、マラドーナ、マラドーナ」で知られています。

山本さんは記者会見を拒否した大坂選手の決断の背景は、表面的なことは伝えられているものの実際には分からないとしたうえで、会見の設定に問題があったのか、質問の中身に問題があったのかなどを踏まえて議論をする必要があると指摘します。

同時に、大坂選手の行動をきっかけに聞き手側の心構えも問われていると言います。
山本浩さん
「記者会見はメディアの向こうにいる人のためにやっています。失敗やミスをなじったり、追及したりしないこと。結果がどうだという話ではなく、そこまでの努力と、それがこのあとにどうつながるかという話を聞かないといけないんです」
「選手の心境を考えると難しいことも出てくるわけですけれど、聞き手の側は、その結果からファンやスポーツが好きな人たちに向かって何を送れるかということを重心に聞いているか、そこにかかっていると思います」

敬意、そして想像力

今回、話をしてくれた潮田さんと為末さん。

今は現役を退き、聞き手として選手と接する機会もあります。

潮田さんは選手との信頼関係を築くことを大切にしてほしいと、為末さんは会見が選手も記者もプロとしてぶつかりあう場であってほしいと話していました。

大坂選手が投げかけたメッセージは「記者会見のあり方」にとどまらず、相手への敬意や想像力を持つことの大切さを見つめ直すきっかけになっていると思います。