大自然がくれた「気づき」 ~“あふれる生命”捉える写真家~

大自然がくれた「気づき」 ~“あふれる生命”捉える写真家~
ある一人の写真家が20年かけて追い続けている、「森」があります。その名は「ノースウッズ」。北米大陸、カナダとアメリカにまたがる深く広大な森で、厳しくも豊かな自然の中で野生動物や植物などが息づき、貴重な生態系が育まれています。

その姿を鮮やかに捉えた写真集がことし写真界の直木賞とも呼ばれる「土門拳賞」を受賞しました。しかし、話を聞くと最初から思うような写真を撮ることができた訳ではなく、長い時間をかけたからこそ動物たちの姿を写すことができるようになったといいます。

自然と向き合い続けた一人の写真家の言葉に耳を傾けると、コロナ禍のいまを生きる私たちの背中を押すメッセージがありました。

(ニュースウオッチ9 ディレクター 安食 昌義)

野生動物のありのままの姿捉えた写真で「土門拳賞」受賞

メープルの樹液をなめるアカリス
身を寄せ合って眠りにつくホッキョクグマの親子
身を伏せ気配を消すオジロジカの子
ありのままの姿の動物たち。

撮影したのは、写真家の大竹英洋さん(46)です。

難易度が高いとされる、野生動物の近影や警戒心を解いたしぐさを捉えた作品が高く評価され、自身初の写真集で「土門拳賞」を受賞しました。

この一冊の完成に費やした歳月は、実に20年に及びます。
大竹さんが舞台としているのは、カナダを中心に北米大陸に広がる「ノースウッズ」と呼ばれる森林地帯。

面積300万平方キロメートルに及ぶ世界でも最大規模の原生林の中に、無数の湖が点在する、幻想的な森です。
大竹さんはカヌーを使って分け入り、長い時には1か月近くキャンプをしながら撮影を行います。
丘の上から湖を見渡すウッドランド・カリブーを捉えた1枚。

森の中を何時間も一緒に歩き、草を食べる時などは、大竹さんも座りこんで休んで警戒心を解き、ほぼ真後ろから撮影しました。
大竹さん
「動物との出会いは本当に一期一会で、カリブーは僕のほうをちらっと見て、気にしないそぶりで歩き始めたので、僕もあまり見ないように、ちょっと曲がり道するなどしてだんだん距離を詰めていった」

大竹さんの写真に魅せられたのは…

日本でも新型コロナウイルスの感染が少しずつ拡大していた去年の春。

私が大竹さんと出会ったのはその頃でした。

もともと、休みのたびに登山や旅に出る性分でしたが、コロナ禍でかなわず、せめて気持ちだけでも解放したいと写真集を手に取ったのです。

まるで森に溶け込んで撮影したような、力強く、優しい作品。

自然の中にいざなってくれるようで、鬱々とした心に光が差す、そんな気持ちになりました。

写真を撮ったのは、いったいどんな人物なのか、なぜこんなにも躍動感ある写真が撮れるのか、大竹さんへの関心が一気に高まっていきました。

飛び込んだ未知なる大自然

大竹さんが自然に魅せられる、きっかけになったのは、大学生の時に始めた山登り。

水道も電気もトイレもない簡素な野営生活に身を置くと、都会の便利な暮らしが異質に感じられるようになったといいます。
大竹さん
「もともと東京で育った人間だが、都会の中にいただけでは見えてこない世界が結構あるということに気づかされた。星空を眺めた時もなぜ東京の空ではこの天の川が見えないのだろうと。僕たちがどういう社会に暮らしているのか、何を求めて生きているのかなどいろいろと考えさせられた」
次第に『自然の奥へ分け入って、そこで見たものや感じたことを伝え、人間と自然のより良いつながりについて考えたい』と思うようになったという大竹さん。

同級生の多くが大手企業などに就職していく中、写真家を志し、1999年に初めて「ノースウッズ」を訪れました。

『日本で絶滅した野生のオオカミを撮りたい』。

それが最大の動機でした。

そして…人生最大の挫折

しかし、はやる「想い」とは裏腹に、その後、大きな挫折を味わうことになります。

山登りの経験はあったものの、写真は素人と、まさに徒手空拳で目指したプロの道。

スキー場のアルバイトでお金をためては、何年もノースウッズに通いましたが、警戒心の強い野生動物はなかなか目の前には現れず、思うような写真を撮ることはできませんでした。

そして、いつしか写真の道を諦めるほど、精神的に追いつめられていったといいます。
大竹さん
「ノースウッズという場所がどれだけ撮影が大変なのかよく分かっていなかった。カメラも全くの初心者の自分が挑むにはあまりにも相手が大きすぎて、写真があまり増えていかないと思った時にこれは何年かかる仕事なんだろうと思った。『あれ、これちょっと待てよ、いま自分がやっていることは非常にリスキーなことではないか』と気づいてしまった。そうすると足がすくんでしまって一歩が出せなくなってしまった」

背中を押した恩師の言葉

心が折れかけた大竹さんの、背中を押してくれた人物がいます。
毛の一本一本まで精細に写し出されたオオカミの写真で、世界的に著名な自然写真家、ジム・ブランデンバーグさんです。

そもそも、大竹さんがオオカミを撮りたいとノースウッズを目指したのは、ジムさんの写真がきっかけでした。
そのジムさん、飛びこみで訪ねてきた当時無名の大竹さんに対し、ある言葉をかけてくれたと言います。

『いい仕事には長い時間がかかる』
一念発起した大竹さんは30歳の時、カナダに移住。

地元の研究者だけでなく先住民にも教えを請い、ノースウッズの森そのものや、そこに暮らす生態系の特徴を一から知ることからやり直しました。
大竹さん
「やはりずかずかと入っていって撮らせてくれと言っても全然受け入れてもらえない。動物たちがふだん生活している暮らしぶりの中での生きている輝きのようなものを写真に収めようとすると、やはり自分の存在を受け入れてもらうなど、時間をかけて学んでいかないと近づいてはいけない。20年たって言葉の重みが本当なんだという気がする」

大自然がくれた“気づき”

自然にはルールがあり、時間をかけ、相手を深く理解して初めて、自然は「返してくれる」。

そう気づいたとき、撮りたかった写真が少しずつ形になっていきました。
横たわる母グマの隣でじゃれあう子グマ。

ホッキョクグマが本能的に警戒心を持つという100メートル以内には近づかず、シャッターを切りました。
子育てをしているカラフトフクロウ。

食べ物の匂いを近づけると、クマがやってきてフクロウを襲ってしまうこともあるため、森には水しか持ち込まず何時間も待ち続けて撮影しました。
そして、ついにものにした写真。

夢にまでみた「オオカミ」でした。
大竹さん
「マイナス40℃の厳冬期。小屋に1か月こもって撮った、オオカミにいちばん近づけた1枚。人間の気配に気づいたのか、この後、この距離では出てきてくれなかった」
「何を目的に自然に入っていくかということだと思う。僕は自然のことが知りたい。自然の中で一体どういうことが起きているのか。動物たちがどんなふうに暮らしているのか。その時の雨の音や風の音、森の匂いなど自然を感じたい。その場にあるものを受け止めて吸収するには、謙虚にならざるをえない」

コロナ禍でのメッセージ

自然にあらがわず、敬意を払い、長い時間をかけて自然を理解する。

その境地に至った大竹さんの写真だからこそ、初めて見たとき心を奪われたのだと、納得がいきました。

そんな大竹さんにどうしても聞いてみたいことがありました。

大自然と同じように、圧倒的な力で私たちに迫ってくるコロナ禍のいまを、どう捉えているのか…。

答えはやはり、彼らしいものでした。
大竹さん
「人間の力では到底及ばないような自然の力を目の当たりにしてきた。自然の中ではケガや遭難のリスクをゼロにすることはできない。だからリスクをどう回避するのか事前に準備をする。それは人間社会も同じで、リスクと共にどう生きていくのか問われている。それでも、おおきな嵐が来ればその嵐が収まるまで待つしかなく、やり過ごさないといけない。大事なことは、コロナ禍で気づいたことを、次にどういかしてよりよい社会にしていくか、ということだと思う」

新たな芽吹きに

最後にもう一枚、紹介したい写真があります。
ジャックパインというマツの芽の写真です。

森林火災で熱せられることで、松ぼっくりが開き、新たに芽吹くと言います。

当初、大竹さんはノースウッズの森一帯が燃えて心を痛めましたが、このマツの芽を見て「自然の大きなサイクルの中で、森は世代交代をしていく」と気づくことができたと話していました。

コロナ禍で苦しい日々が続くいま、試練を「次の新たな芽吹き」に変えていきたい。

大竹さんの話を聞き、そう感じました。
ニュースウオッチ9 ディレクター
安食 昌義
2013年入局
札幌局・旭川局を経て
現在ニュースウオッチ9を担当
高校で登山と共に写真撮影を始める
主に山での風景などを撮影