“あれこれ情報出すのはやめて” 気象庁検討会で何が

“あれこれ情報出すのはやめて” 気象庁検討会で何が
『我々の実力不足でございます』
去年7月、気象庁長官が会見で語った言葉だ。

気象庁の予想を超えた豪雨。熊本県を中心に川の氾濫などが発生し84人が死亡した。あれからまもなく1年…。気象庁が出した答えは“新たな情報”を作ることだった。しかし、専門家たちは激しく反発した。

(社会部 気象庁担当記者 若林勇希)

“異例の事態”気象庁検討会

ー『私はこの情報に極めて強い違和感を持っています』
ー『何を伝えたいのかがわからない』
気象庁の検討会で、WEB参加していた専門家が声を荒げた。

防災気象情報の伝え方に関する検討会。

大雨が予想されたとき、住民にどのような情報で警戒を呼びかけるか。

専門家だけでなく、マスコミ、気象予報士などが集まって話し合う会合だ。

去年12月から開催した検討会。

当初はことし3月に終了する予定だったが、議論がまとまらず、1か月延期される異例の事態となっていた。

議論のテーマは「線状降水帯」に関する新しい情報を作ることだった。

線状降水帯の新情報とは

「線状降水帯」とは、発達した積乱雲が帯状に連なり非常に激しい雨が降り続く現象だ。

2014年8月の広島の豪雨災害で広く知られるようになった。

その後も「九州北部豪雨」「西日本豪雨」そして去年の「7月豪雨」などと、毎年のように発生し甚大な被害をもたらしている。

気象庁の検討会でテーマになったのは、この「線状降水帯」について新たな情報「顕著な大雨に関する情報」を出せないかというもの。

「線状降水帯の発生が“確認”された際、災害の危険度が急激に高まっていることを“防災情報”として伝えたい」という気象庁の意図だった。

しかし検討会では、専門家など委員から多くの懸念が示された。

大きな指摘は2点。

「情報過多の問題」と「防災行動に結びつくのかという疑問」だった。

議論1 “情報が増えて混乱も”

「特別警報」「警報」「土砂災害警戒情報」「記録的短時間大雨情報」「氾濫危険情報」「氾濫警戒情報」…。

大雨の際、気象庁など国が住民に警戒を呼びかける情報は多い。

みなさんも多くの情報に戸惑うこともあると思う。
委員
ー『すでに情報が多すぎてわかりにくいと言われているわけで、なぜまた新たな情報を作らなければいけないのか』
検討会の委員が指摘したのは、そこに新たな情報が加わることへの疑問だった。
委員の1人は、2019年に国が発表した1つの方針を引用した。

「警戒レベルを軸としたシンプルでわかりやすい防災気象情報体系へ」
2019年、国は、前年に起きた西日本豪雨をきっかけに、多くの防災情報を5段階の「大雨警戒レベル」の中で分けて整理し、シンプルに避難に結びつけるものへ変えていくとしていたのだ。

委員からはそれに逆行する動きだという声が上がった。
委員
ー『深刻な気象現象が起きるたび新情報が増えて複雑化することに違和感が拭えない』

議論2 “避難”にどう活用するのか?

もう一つの懸念は、この「大雨警戒レベル」と関係している。

「大雨警戒レベル」は、気象庁などが発表する気象情報にひもづけて、住民がとるべき行動を5段階のレベルに分けて示すものだ。

例えば「大雨警報」が発表されるような状況ではレベル3の「高齢者等避難」。

「土砂災害警戒情報」ではレベル4の「避難指示」。

自治体はこれにもとづいて避難を呼びかけることになっている。

「顕著な大雨に関する情報」を住民の防災行動に役立つものにするのならば、大雨警戒レベルのどこにひもづけるのか。

委員からの疑問に対して気象庁の答えは意外なものだった。
気象庁 担当者
ー『レベルには位置づけず、緊急的に発表する(気象現象の)解説情報とさせていただきたい』
つまり、避難行動を促すものではなく、“観測された気象状況”を解説するものだという説明だった。

これに対し委員からは当然のように批判が出た。
委員
ー『防災に役立つと言うが、大雨警戒レベルに位置づけずにどう役立てるのか』
さらに議論が白熱したのは、新情報の“発表のタイミング”だった。

情報が発表されるとしたら、すでに大雨となり「土砂災害警戒情報」が発表されているような段階だとした。

これは警戒レベル4にあたり、自治体は「避難指示」をすでに出している状況だということになる。

これに対しても専門家からは厳しい意見が相次いだ。
委員
ー『避難したあとに情報が出ても、どう行動したらいいのかわからない』
ー『防災がどうのこうのって言いますが、避難と関係ないんですか』
“観測”が可能になった「線状降水帯」。

しかし“予測”ではないため情報が発表されるタイミングでは状況が悪化していて、すでに避難指示などが発表されている時になる。

観測の事実を伝えたときには、すでに避難行動には役立たないかもしれない。

そのとき、沈黙を貫いていた気象庁の長谷川直之長官が初めて発言した。
長谷川長官
『整理がうまくできてなくて申し訳ありません。線状降水帯について情報を出したい根本は、これまで大きな災害が起きた原因として、繰り返し線状降水帯によるものだと説明してきた。このことで社会的な認知も広まってきている。線状降水帯というキーワードを使って“警戒を一段と強める”情報を出したい』
避難行動に結び付けることはできないものの、「線状降水帯」という言葉を使うことで、警戒心をより強めてもらう情報として位置づけるとした。

また、情報が増える懸念に対しては、中長期的に警戒レベルを軸としたわかりやすい体系に整理するとして、ことし4月で検討会は終了した。

運用開始も 課題多く

気象庁は6月17日から「顕著な大雨に関する情報」の運用を開始する。

大雨の時期に間に合わせるように、情報の新設は“急がれた”わけだが、まだ課題は残されたままだ。

今回の情報は、「線状降水帯」を伝えるのが一番の目的であるのに、情報名が「顕著な大雨に関する情報」となっていてわかりにくいこと。

台風による雨雲も「線状降水帯」として検知されてしまう可能性があること。

そして、なにより課題なのが、この情報は線状降水帯の「予測」ではなく、「発生」が確認されてから出されること。

発表時には、すでに大雨となり状況が悪化し、屋外への避難は難しい状況になっていることが予想される。

気象庁は、来年度から、線状降水帯に関する情報を半日前に提供できるよう、技術開発を急いでいる。

水害多発 気象庁の役割と私たち

毎年のように発生する豪雨災害。

気象庁はそのたびに“次の雨の時期までに何か対策を打たなければ”と、情報の新設や改善を進めてきた。

今回は1年前の豪雨災害がきっかけになったが、その対応の難しさが検討会の中で露呈した。

厳しい意見が続くなか、ある委員が諭すような口調で語った言葉が印象に残った。
委員
『相変わらず情報は改善に改善を重ねられているが、もうあれやこれや、いっぱい出すのはやめにしませんか。これからは各地域で住民がどういう情報に注目し、どういう行動に活用していくのかということを議論することが重要になってきている』
新しい情報を作れば災害から命が守れるわけではない。

多くの人に情報を届け、身を守る行動に移してもらう工夫に知恵を絞る。

これは、災害担当として防災情報を届ける私にも、通じることだと強く感じた。
社会部記者
若林 勇希
2012年入局
初任地は鹿児島局、警視庁担当を経て2020年から気象庁担当