「気づくの遅くてごめんなさい」 塀の中の絵手紙教室

「気づくの遅くてごめんなさい」 塀の中の絵手紙教室
カメラを構える私のレンズに映るのは、筆を片手に真剣にはがきに向かう人たち。
ありふれた光景にも思えますが、ここは鉄格子に囲まれた部屋の中、刑務所です。

20年以上にわたって講師を務めてきたのは、交通事故で肉親を失った女性。
複雑な思いを抱えながらも、受刑者たちの更生を願い、活動を続けてきたその歩みを取材しました。

(岡山放送局カメラマン 河合幹)

小さなはがきにつづる後悔と反省

岡山市北区にある岡山刑務所。
受刑者の多くは殺人や放火などの罪を犯し、半数以上が無期懲役です。

受刑者たちの矯正教育の一環として開かれているのが絵手紙教室。
刑務官の厳しい監視のなか、無言で絵手紙に向き合います。
手紙を出すことが許されるのは、原則として家族のみ。

使用する筆や絵の具、紙などはすべて刑務作業で得たお金で購入しています。

月に一度わずか1時間の教室で、小さなはがきに家族への思い、罪への後悔や反省の気持ちを一筆一筆つづります。

20年以上教え続ける講師

講師を務めるのは今井洋子さん。

障害者の施設などで絵手紙の魅力を伝える活動を続けるうちに、知人の紹介で刑務所での指導を始め、ことしで23年になります。

絵手紙を通して、犯した罪への反省だけでなく、人を思いやる心を身につけてもらいたいと考えています。
今井さん
「下手でもいいんです。小さいはがきの中に、自分に対する怒りや申し訳ない気持ちを描くようになることが矯正の道につながると思います」
しかし、6年前、罪を犯した人たちに対する思いを大きく揺さぶられる事態に見舞われました。

本当に、許せない

大好きだった姉の芳枝さんを交通事故で失ったのです。

近道をしようと一方通行の道路を逆走してきた車にひかれました。
長年接してきた受刑者が犯した罪や被害者の無念の思い、それに遺族の存在。

自分の中で、それまで漠然としていたものが、現実のものとしてつきつけられました。
今井さん
「被害者になってみると、本当にね、許せないんです。どんなにわびてくれても、許す気持ちになれない。そんな状態で受刑者に絵手紙を教え続けていて本当にいいんだろうかと、葛藤に押しつぶされそうな時期がありました」

変化を目の当たりにして

複雑な感情を抱きながら活動を続けた今井さん。

絵手紙のモチーフには、身近にある花や野菜を選ぶことを意識しています。
「絵手紙と出会って少しだけどやさしさを覚えた」

リンゴの絵とともに、塀の外に残した子どもに宛てた「おまえの小さい頃の ホッペのようだ。 ポケットに入れて いつも持っていたい」
と書かれたメッセージ。
刑務作業で傷ついた手でつむぎ出す素朴な絵とことば。

小さな命に向き合う中で、受刑者の絵手紙には、人を思いやる感情や心の変化が徐々に表れ、命をいとおしむ気持ちが感じられるようになります。

こうした変化を目の当たりにする中で、自分のような遺族が納得できる更生を果たす手助けをすることが大切な役割だと思うようになったといいます。
今井さん
「ただ後悔や反省に終わるのではなく、被害者や遺族、その周りの人たちに対して、心からの思いやりとわびる気持ちをもって刑期を過ごしてほしい」

「母の日」に描く特別な1枚

今井さんが、特に思い入れがあるという一日があります。
それは毎年5月、「母の日」に贈る1枚を描く日です。

絵のモチーフはカーネーション。
今井さんは「てれくさいと思うことも絵手紙だったら描いてもいいの」と声を掛けます。

更生を信じる母親への思いを一心不乱に描く受刑者たち。
限られた時間の中、1輪の花を手に黙々と母親への素直な気持ちをつづっていきます。

私はある絵手紙からカメラを外すことができなくなりました。
ありがとう も さようなら も 言えなかった。

お母さん 貴女は 幸せでしたか。

もっと話したかった。

もっと甘えたかった。

今ならやさしくできるのに。

気づくの 遅くて ごめんなさい。
すでに他界してしまった母に宛てて描かれた赤いカーネーションと「ごめんなさい」の文字。
受刑者
「母の苦労を思うと胸がつまる思いがあります。こうして実刑生活を送って申し訳ないと思うけど、絵手紙を通して人とのつながりが大切だとよくわかりました」
うわべだけではない、被害者や遺族にも思いをはせたことばのように感じました。

素直に言える『ありがとう』

教室も終盤にさしかかったとき、少し恥ずかしそうな表情を見せながら今井さんに絵手紙を渡す受刑者たちの姿がありました。

今井さんを母親代わりに思ってのことでした。
今井さんが伝えたいと願ってきた人への思いやりや優しさ。

それらを絵手紙とともに受け取った喜びを涙ぐみながらに話してくれました。
今井さん
「『ありがとう』と素直に言えるようになったことが、更生への第一歩だと思います。受刑者が自然と更生の道を歩けるようになるまで、ともに涙を流したり、笑ったりしていきたいと思います」
高い灰色の塀の中で刑務作業に取り組む受刑者と絵手紙を通じて向き合ってきた今井さん。

遺族としてのつらい過去を抱えながらも、更生を信じ続ける優しさが、受刑者たちを後押ししているように感じました。
岡山放送局 カメラマン
河合 幹
2016年入局
コロナ禍の受刑者など刑務所を継続的に取材。