ビジネス特集

養殖革命!「緑の光」でおいしい魚に

魚やエビやカニなど私たちの食卓に欠かせない水産物は天然と養殖、どちらが多いかご存じでしょうか。正解は養殖です。世界で生産される水産物のうち、養殖は年間1億1000万トン余りで、水産物の半分以上を占めるまでに増えています。その養殖で今、注目を集めている日本発の技術があります。特定の色の「光」をあてて魚を早く大きく育てるという技術です。すでに実用化が始まったこの技術の不思議な効果を取材しました。(科学文化部記者 寺西源太)

「緑の光」でヒラメを養殖

「とても変わった養殖が行われている」という話を聞き大分県に向かいました。大分県の養殖ヒラメの生産量は、令和元年は643トンで全国トップと、魚の養殖が盛んです。

今回、訪れたのは大分県佐伯市の養殖業者「東和水産」です。

海辺に建つ建物の中に入ると、目を疑う光景がありました。
ヒラメを飼育している水槽全体が緑色に見えます。天井からつるされた緑色のLEDライトが日中の12時間、点灯され、ヒラメを照らしていました。

さらに驚いたのは、その水槽の中のヒラメの様子です。ぐるぐると水槽の中を泳ぎ回る姿はまるで中層を泳ぐ回遊魚のようで、一般的に、水槽の底にへばりつくようにじっとしていることが多いヒラメとは別の魚に見えるほどです。
餌をまくとその違いはさらに明確で、緑色の水槽のヒラメは水面をしぶきをあげて一斉に餌を食べていきます。

東和水産の増野慎一専務は、こちらの驚いた様子を察したように説明をしてくれました。
東和水産 増野慎一専務
増野専務
「ここのヒラメたちはずっと泳ぎ回って、とても元気なんです。緑の光をあてると動きが全然違うようになり、餌への食いつきもすごくよくなった」

年間300万円以上のコストの削減に

活発に餌を食べて栄養の吸収と成長がよくなることから、この技術を使っておよそ1年間養殖すると、通常の養殖と比べて重さが平均で1.6倍になり、これまで1年近くかかっていた出荷までの期間を9か月に短縮できたといいます。

味や食感などの試験も行われ、従来のものと遜色ないことも確認されました。
LEDライトの設置費用は数十万円、LEDライトの電気代も安いため、設備のための費用負担は大きくないといいます。

一方で、出荷までの期間が短くなるため、その分の人件費や燃料代が抑えられ、総合すると、平均して年間300万円以上のコストの削減が見込まれるとしています。

大分県では、県が主導してこの技術の導入を進めていて、すでに複数の養殖業者が実用化しています。
大分県南部振興局水産班 都留久美子副主幹
大分県 都留副主幹
「県全体で生産量を伸ばすことによって、高級魚とされてきたヒラメがより安くなって手軽に食卓に並ぶようになればと思います」

明るい水槽で飼育したカレイは大きい!

なぜ緑の光をあてると魚の成長がよくなるのか?
北里大学海洋生命科学部 高橋明義教授
この技術を開発した北里大学海洋生命科学部の高橋明義教授を訪ねました。魚の研究を40年近く行ってきた高橋さんですが、きっかけは偶然で、詳しいメカニズムもまだ解明されていない未知の現象だと言います。

はじまりは、およそ10年前。カレイを養殖するが一部黒くなる問題をなんとかできないかと研究をしていたときのことでした。

白い部分が黒くなると、味や成長には何の問題もないのですが、見た目が悪いとして取引価格が下がっていたのです。
黒い斑点ができたカレイ
この黒い斑点を抑える方法を模索していた高橋さんは、水槽の壁の色を白くして、明るい水槽でカレイを飼ってみると、黒い斑点が少なくなることを見つけました。

水産関係者に貢献できるいい成果をあげることができると喜んだ高橋さんですが、もう1つ、ある重要なことに気付いたのです。

「明るい水槽で飼育したカレイは、どれも少し大きいぞ!」

観察する目にたけていた高橋さんならではの発見でした。

カレイだけでなくヒラメでも

高橋さんは成長のデータを取りながら飼育実験を繰り返すと、確かに明るい水槽では魚の成長がよかったのです。

さらに細かく調べるために、あてる光の種類を白・赤・青・緑の4種類に分けてカレイを飼育すると、緑色の光をあてた時に最も成長が早くなることがわかりました。しかも、その効果はカレイだけでなく、ヒラメでもみられたのです。

水温や餌の条件はすべて同じにして、光の色だけを変えてヒラメをおよそ2か月間、飼育して、どれだけ大きくなったかを比較したのが下の図です。
あてる光によって成長の早さが変わるという不思議な現象を確認したのです。
高橋教授
「これはもう感激ものでした。光によってここまで成長が違うのかと驚きもありました」

生息する環境に近い?

高橋さんは緑色の光がなぜ成長を促すかは、詳しいメカニズムはわかっていないとしながらも、次のような推測が成り立つと話してくれました。
それは生息する海の環境です。海の中では、太陽の光の中に含まれる赤色や緑色、それに青色の光が届くかは、深さによって変わります。

一般的に、ヒラメやカレイが生息する深さ数十メートルの海では、届く光は緑色を主体とした光になり、養殖する際にも本来、生息する環境に近い光を浴びることによって、体内の活性があがって動きが活発になり、食欲も増すのではないかと高橋さんは説明しました。
その根拠として、体内で分泌されているホルモンの分析結果を示しました。

緑の光をあてたヒラメでは、脳内で「メラニン凝集ホルモン」と呼ばれる特殊なホルモンが多く分泌されていることがわかったのです。

この「メラニン凝集ホルモン」はねずみなどの哺乳類では食欲を増進することが知られていて、高橋さんは、ヒラメやカレイでも、緑の光を認識すると、脳の中でホルモンが分泌され、食欲が出て成長が早くなるとみているということでした。

光の刺激がどのようにしてホルモンの分泌を促すのかなど詳しいメカニズムの研究はこれからも続けられる見込みです。
北里大学海洋生命科学部 高橋明義教授
高橋教授
「これまで、光と、魚の体内の生理的な活性の関係については、ほとんど研究されておらず、未解明な部分が多いですが、何か関係があることが示され、不思議でもあり、研究のだいご味でもあります」

「養殖」の効率化で重要性も増すか

ヒラメやカレイ以外でも同じようなことが起きるのか、すでに研究が行われています。

高級魚の「クエ」では、「青い光」をあてて養殖することで、大きくなることが分かりました。また、ウナギやトラフグ、それにサケなどを対象に当てる光の色や量を変えて研究が進められています。
また、この技術は食糧生産の観点で重要性が増す可能性があると見られています。

魚介類の生産量は急速に増加していて、FAO=国際連合食糧農業機関の調査では世界の水産物の生産量は年間2億トン余りにのぼり、その中でも養殖の生産量は20年で4倍に急増しています。

2013年には生産量全体の半分以上を養殖が占めるまでになり、養殖の効率化は食糧生産のうえで大切な課題となっているのです。

被災地の復興にも貢献

この光を使った養殖技術は、東日本大震災で深刻な打撃を受けた被災地の漁業の復興にも生かされようとしています。
ホシガレイ
岩手県宮古市が今、力を入れているのが、「ホシガレイ」というカレイの仲間の養殖です。味は格別においしいものの、量はあまりとれないため、“幻の魚”とも呼ばれ、高いもので1キロ1万円の値がつくこともあります。

この「ホシガレイ」の養殖に、緑の光を使った養殖技術を組み合わせようというのです。

プロジェクトを進めている水産研究・教育機構宮古庁舎の清水大輔さんはこう話します。
水産研究・教育機構宮古庁舎 清水大輔さん
清水さん
「寿司職人の中ではこのホシガレイを握ることがステータスになるといった言われ方をするほど業界の中では高級魚として知られている。このホシガレイの養殖を新たな産業として震災の復興につなげていきたい」
宮古市は震災で30メートルを超える津波が沿岸部を襲い、漁船や養殖施設は壊滅的な被害を受けました。施設や船の修理は進みましたが、高齢化もあって漁業をやめる人が多く、漁獲量はこの10年で半分以下に減少しました。
2011年
それまで沿岸にあった住宅や施設は高台に移り、沿岸には利用されていない土地が広がっていて、宮古市は、この土地を使って陸上施設でホシガレイの養殖を行うことを検討しています。

緑の光を使えば、出荷までの期間は通常のおよそ半分の1年に短縮でき、陸上施設でも採算がとれるため、高齢の漁業者でも養殖に取り組むことができ、光を使った新たな技術が被災地の希望の光になると期待されているのです。
清水さん
「このホシガレイ養殖が、この東北の地から新たな産業として興って東北の星になれるように頑張っていきたい」
光の不思議な作用を使った新しい魚の養殖技術は、大きな可能性を秘めていて、今後どのようにメカニズムが解明され、応用が進むのか注目されます。
科学文化部記者
寺西源太
2016年入局
広島局をへて2019年から現所属
海洋や宇宙、生物を主に担当

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