住民票がない路上生活者のワクチン接種 どう進める?

高齢者への新型コロナウイルスのワクチン接種が進む中、住民票がない路上生活者の多くは接種券を受け取れておらず、今後、こうした人への接種をどのように進めるかが課題となっています。

新型コロナウイルスのワクチンの接種券は、自治体から住民票の住所に発送されるため、高齢の住民票がない路上生活者、いわゆるホームレスの人たちの多くは受け取ることができていません。

接種券を受け取れない路上生活者について、国はことし4月末、自治体に対し、自治体で接種が受けられることを周知し、申請があれば接種券を発行して適切に接種を進めるよう通知を出していますが、現場での対応は進んでいないのが実情です。

NHKが千葉市や船橋市など、千葉県内の10の市に取材したところ、7つの市では路上生活者が接種を受けるための手続きが決まっていませんでした。

また「路上生活者向けに接種方法を周知している」と回答した自治体は1つもありませんでした。

いずれの市も、路上生活者から相談を受けた場合は接種できるように対応したいとしていますが、現時点で対応が進んでいない理由については「ホームレスの人がどれだけいるのか把握しておらず、対応が難しい」とか「対応すべき課題と認識しているが、接種対応が繁忙で手が回らない」といった声が聞かれました。

長年、千葉県市川市で路上生活者を支援してきた「ガンバの会」の副田一朗理事長は「ホームレスの高齢者は持病を抱え、重症化リスクが高い人もいる。接種の対応に追われている行政をサポートし、こうした人がワクチン接種から取り残されないようにしていきたい」と話していました。

路上生活者だった男性は

68歳の男性は、10年ほど前に体を壊して失業してから、千葉県内で路上生活を続けてきました。

スマートフォンやテレビ、新聞などの情報に接する機会が少なかったという男性は、去年、多くの人がマスクを着けていることで異変に気がついたと言い「最初はなぜみんなマスクをしているのか分かりませんでした。新型コロナウイルスを知り、せきなどで感染すると聞いて心配になりました」と振り返りました。

ワクチンの接種が始まることは最近知りましたが「住居がない自分は接種を受けられない」と考え、諦めていたといいます。

こうした中、ことし4月、千葉県市川市の支援団体に保護され、住民票がない路上生活者にも適切に接種を受ける権利があることを知らされました。

男性は「住民票はありませんが、コロナに感染しないよう、ワクチンの接種は受けたい」と話していて、今後、団体の支援を受けて、市に相談するということです。

厚労省 自治体に対応を通知

厚生労働省は、ことし4月30日に路上生活者、いわゆるホームレスやネットカフェで寝泊まりしている人に接種券が届かず、周知も行き届かないおそれがあるとして、自治体に対応を呼びかける通知を出しています。

通知では、
▽路上生活者などの居場所を訪ねて、周知を進めることや、
▽接種を希望していて住民登録がある場合は、住民票の所在地への申請など、接種券の再発行を受けられるよう調整すること、
▽住民票が抹消されているなど、やむをえない場合は、相談を受けた市町村で接種券の発行を行うこと、
などを求めています。

自治体の対応 なかなか進まず

路上生活者、いわゆるホームレスなど住民票を持たない人への接種に向けた現場の対応は進んでいないのが現状です。

NHKが千葉市や船橋市など、千葉県内の10の市に取材したところ、いずれも路上生活者などから申し出があった場合は、接種が受けられるように検討したいと回答しました。

このうち、千葉県佐倉市と習志野市では、路上生活者が接種を希望した場合の接種券の発行方法など、具体的な手続きを決めていました。

また、松戸市は、申し出があった際に記入してもらう書類を準備し、今後、細かい手続きを検討する予定だということです。

しかし、このほかの7つの市では、これまでのところ路上生活者が接種を受けるために必要な手続きは決まっていないということです。

また、10の市のうち路上生活者向けに接種方法を周知していると回答した自治体はありませんでした。

自治体の担当者からは、対応が進まない理由について、
▽実態を把握できていないので周知ができないという声や、
▽高齢者の接種の対応に追われていて、手が回らないといった声が聞かれました。

専門家「当たり前の環境がない人たちに積極的周知を」

貧困問題や社会福祉が専門の日本福祉大学の山田壮志郎教授は「10万円の定額給付金をはじめ、住民登録をベースに配布される支援は、ホームレスには届きにくい。また、今回のワクチンは、住民登録のある人でさえ、なかなか届きにくい現状の中で、どうしてもイレギュラーな人たちは後回しになってしまっているということはある」と指摘しています。

そのうえで「ホームレスの人たちは高齢者、障害、病気がある人、感染リスクが高い人、栄養状態がよくない人がいる。『当たり前の環境がない人たちがいるんだ』ということに、一人一人が気付くことが求められている。どうワクチンを届けていくか難しい問題だが、行政側から積極的に接点を持って周知していく姿勢が重要ではないか」と話しています。