ビジネス特集

脱炭素のクルマ 本命は?

「あのブランドがEV専業に!」
「“エンジン屋”がエンジンを捨てる?」ーーー。

このところ世界の自動車業界では、思い切ったEVシフト=電気自動車への転換についての目標を打ち出す動きが相次いでいる。あたかもEVでなければ、脱炭素に対応できないという印象も受けそうになるが、本当にそうなのか。エンジンを中心としたクルマづくりは根底から変わるのか?それとも別の道があるのか?脱炭素というゴールに向けたクルマの現在地を取材した。
(経済部記者 大江麻衣子)

新たな次世代カー?

5月22日、静岡県にある富士スピードウェイに向かった。ここで“次世代カー”が披露されるというのだ。

レース前にピットに現れたのは、トヨタ自動車の主力車「カローラ」。レース用とあって派手なデザインだが、一見、どこが次世代なのかがわからない。おまけに「ブォーン」という重低音のエンジン音を響かせている。
「燃料は水素です」

実はこれ、ガソリンの代わりに圧縮水素を燃料とするエンジンを搭載した『水素エンジン車』だった。エンジン内部の燃料の噴射部分(インジェクター)など一部は異なるが、基本的な構造はガソリンエンジンと同じ。

しかし、走行時はエンジンオイルが燃焼する分を除き二酸化炭素は排出しないという。後部座席の部分には水素タンク4本を搭載。

この日は、福島県浪江町で製造された再生可能エネルギー由来の水素も使い、24時間耐久レースに出場し完走を果たした。
トヨタ自動車 豊田章男社長
開発のねらいは何なのか。

レースドライバーも務めたトヨタの豊田章男社長は、会場でこう語った。
トヨタ自動車 豊田章男社長
「あくまでゴールは脱炭素=カーボンニュートラル。すべての車がEVになったら日本では100万人の雇用が失われる。2050年のカーボンニュートラルに向けて技術の選択肢を増やしたい。その選択肢をモータースポーツの場で実証実験する」
いま世界販売でトップに立つトヨタは、脱炭素に向けて「全方位戦略」をとっている。

得意のHV=ハイブリッド車をはじめ、EV=電気自動車、FCV=水素を空気中の酸素と化学反応させて発電し走行する燃料電池車など、多様な電動車で対応する構えだが、この水素エンジン車も選択肢の一つになるとしている。
様々な次世代カー

業界は電動化目標ラッシュ

ただ、いま業界で注目が集まっているのは、がぜんEVだ。

去年からことしにかけて世界の自動車メーカーはせきを切ったように車の電動化目標を打ち出している。
自動車メーカーの電動化目標

▽ジャガー(英)
 「2025年にEVのみのブランドに」
▽ボルボ(スウェーデン)
 「2030年までにすべての新車をEVに」
▽フォルクスワーゲン(独)
 「2030年までにヨーロッパでは新車の70%をEVに」
▽トヨタ自動車
 「2030年に電動車800万台 うちEV・FCVは200万台」
▽日産自動車 
 「2030年代早期にはすべての新型車を電動化」
▽ホンダ
 「2040年にすべての新車をEV・FCVに」
ヨーロッパでは、かつてエコカーの中心に位置づけていたディーゼルエンジン車での燃費不正が大きな社会問題となったこともあり、思い切ったEVへの転換を打ち出す動きが活発だ。

風力や太陽光、水力などの再生可能エネルギーが普及しているメリットをいかし、EU=ヨーロッパ連合が産業政策としてEVシフトを後押ししていることも追い風になっている。
アメリカでも、バイデン大統領が充電設備を全米50万か所に設けることなどを盛り込んだ巨額のインフラ投資計画を提案。

さらにフォードが、主力ピックアップトラックでのEV投入や、韓国メーカーと共同で6000億円を投じてEV用のバッテリーを製造する合弁会社の設立を発表するなど、官民がEV普及にかじを切る。

また日本では、ホンダが「2040年にすべての新車をEVとFCVにする」という目標を発表。F1で幾度となく優勝を飾ってきた“エンジンのホンダ”が、エンジンを捨てるのか?と驚きをもって注目された。

EVシフトに集まるマネー

「常に半年先を読んで動く」と言われる投資マネーもEVシフトに注目している。

アメリカのEV専業メーカー、テスラの株式市場での時価総額は、年間1000万台近くを世界で販売するトヨタの2倍を上回っている。
証券大手のSMBC日興が調べたところ、そのテスラや中国のBYDなど新興EVメーカー5社の時価総額の合計は去年、日米欧などの主な自動車メーカー10社の時価総額を逆転したという。

「脱炭素の政府の動きに呼応する形で株式市場では新興のEVメーカーへの評価が急上昇した」(SMBC日興アナリスト)。
新興メーカーだけではない。

ドイツのフォルクスワーゲンは去年末の時点で株価は170ユーロだったが、ことし3月に上記の電動化目標やEV用の電池工場の建設計画を打ち出すと300ユーロ超まで一気に上昇した。とりわけ新興メーカーやEVに関連する部品メーカーにマネーが集まれば、より積極的な投資につながる。量産効果によって、割高とされる電池などの価格が下がれば、EV普及のスピードもあがるーーー。

株価の上昇はこうした投資家の見方を反映しているという。

EVシフトは序盤戦

メーカー各社の目標や思い切った投資計画、マネーの流れをみると、EVがガソリン車やHVにとって代わる日も近いのではないかと感じる人も多いだろう。しかし、EVシフトはまだまだ始まったばかりだ。

去年、主な国・地域で年間の新車市場でEVがどれだけを占めているかを見てみると、
▽ヨーロッパ…5.0%(73.4万台)
▽中国…4.8%(101.4万台)
▽アメリカ …1.5%(22.3万台)
▽日本…0.3%(1.4万台)
世界全体でもEVの割合は3.1%。

まだまだガソリン車やHVが圧倒的に多く、実際の販売面から言えば、EVシフトや脱炭素への現在地は序盤戦と言えるだろう。

そして、この先も交通事情、エネルギー事情、国の経済・財政の事情、そしていま主流のリチウムイオン電池より多くの電気を蓄えられる次世代の電池(全固体電池など)のイノベーションなど、EVの普及を左右する要素が山積している。

コスト低下と補助金政策

今のEVの需要は「国の補助金が支えている」という面もある。

国内で販売されているEVを見ても、最も低価格のモデルで定価は300万円を上回る(小型EVを除く)。以前に比べ価格が下がってきたとはいえ、最重要の部品=電池が依然として高くつくためだ。

このため各国は購入にあたって補助金を出している。ドイツは1台当たり最大9000ユーロ(およそ120万円)、フランスも最大7000ユーロ(およそ90万円)、日本でも国の補助金が最大80万円(別途、自治体の補助がある場合も)。

ただ、こうした補助金による普及の後押しは財政負担にもつながる。日本の場合、去年のEVの販売実績は1万台余りだが、今の補助の水準では100万台、200万台となれば財政負担は兆円単位となり、現実的とは言い難い。

EVの販売が年間100万台を超えた中国では、新型コロナウイルスの感染拡大前、補助の対象となるEVが絞り込まれた結果、対象外となったEVの売れ行きが鈍化することもあった。

ハイブリッド車に比べ割高なEVが売れるか売れないかは、補助金の在り方に大きく左右されている。

脱炭素社会のクルマは?

また脱炭素の面からいえば、EVに充電するその電気がどうやって作られているかも重要な要素になる。

日本ではまだまだ火力発電が多く、EVが増えても全体としては多くの二酸化炭素を排出することになってしまうという指摘がある。

こうした現状を踏まえて、トヨタは「ゆくゆく電動車の中心はEVになっていくかもしれないが、今、技術は絞るようなことはしない」という考えに立って、全方位の構えをとっている。

冒頭の水素エンジンをはじめ、HVの性能のさらなる向上や「eーfuel」という合成燃料の開発にも意欲を示している。

一方、アップルがiPhoneを生み出して世界中の人たちのライフスタイルを一変させたように、電池の性能やコスト、クルマのありようを変えるような画期的イノベーションが起きてEVが一気に普及する可能性もある。

脱炭素社会のクルマ、その主役争いは始まったばかりだ。
経済部 記者
大江麻衣子
平成21年入局
水戸局 福岡局を経て現所属

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