ただ、走りたかっただけなのに…アスリート盗撮被害の実態

ただ、走りたかっただけなのに…アスリート盗撮被害の実態
子どもの頃から走ることが大好きだった女性。

まさか、そのことで自分が性的な盗撮の対象となるとは思ってもいませんでした。

アダルトサイトに卑わいな言葉とともに掲載されるアスリートたちの姿。競技中に盗撮され、性的な目的で画像を拡散される被害の実態を知ってほしいと、女性は声をあげました。

しかし、立ちはだかったのは「法律の壁」でした。
(社会部記者 松田伸子/倉岡洋平/岡崎瑤)

なぜこんな目に…『1分4000円で動画送って』

「観客席にいた人があなたのお尻をアップにして撮影していたよ」

20代の現役陸上選手のサキさん(仮名)が、友人にそう告げられたのは、大学生の時でした。
今回、アスリートの盗撮被害や、性的な目的でネット上で画像を拡散される被害の実態を知ってほしいと取材に応えてくれました。
サキさん
「自分が被害に遭っていることに初めて気付いたのはその時でした。その後も写真がネットで売られていたり、SNSで自分の写真に『お尻がでかくて好き』とか『下着がちょっと透けているのがエロい』といった言葉がつけられているのを見つけました」
さらに大会で成果を出して注目されるようになると、自身のSNSに直接、メールが送られてくるようになりました。
サキさん
「『1分で4000円払うからお尻の動画を送って』といった卑わいな内容が連日送られてきました。子どものころから走ることが大好きで続けてきただけなのに、なぜスポーツをしていてこんな目にあうのかと驚き、本当に気持ちが悪くなりました」
いまもカメラを向けられているかもしれないー。

会場で常に気にするようになり次第に集中しづらくなりました。
サキさん
「大会中にジャージを脱いでユニフォームになるときや、疲れて膝に手を置いた時にお尻を撮られるので、いつもカメラがある方向を意識するようになりました。常に頭のどこかにあり、競技にも影響するようになりました」

サイト運営者「一掃するのは不可能」

実際、インターネットで検索してみると関係するサイトが次々と見つかります。
このうちの1つには、陸上やバレーボール、水泳など少なくとも13の競技別に盗撮とみられる画像が大量に貼り付けられ、動画をまとめたDVDも販売されていました。

さらに、別のサイトでは競技中の中学生や高校生とみられる画像まで含まれていました。

アスリートの画像が、本人がまったく意図しない形でネット上にあふれている現状を目の当たりにし、サキさんが訴える問題の深刻さをあらためて感じました。

サイトを運営する側は現状をどう考えているのか。

取材を申し込んだところ、メールで回答を寄せた人物がいました。
この人物は、20年以上前からサイトの運営だけで生計を立てているといいます。

摘発を逃れるためみずからは撮影せず、第三者から画像や動画を買い取って販売する形をとっているということです。
サイトを運営する人物
「かつてはマニアが購入するにすぎない世界だったが、インターネットが普及したことで関連するサイトが続々と出現し、マニア以外の人にも広がっていったのではないか。動画サイトなどではかつてとは比較にならないクリック数になっている」
しかし、こうしたサイトを運営すること自体、問題だと考えていないのか。

そうただすと、次のように主張しました。
サイトを運営する人物
「女性が服を着た状態で撮影した画像などは問題がないと考えている。下着が写りこんでいる場合でも、撮影者がその場で逮捕される可能性はあるが、販売者は罰せられないのではないか。一掃するのは不可能だ」

被害の背景に「法律の壁」

長らく、誰にも相談できずにきたサキさん。

ネットやSNSによる被害が増え続け、中学生や高校生まで対象となっている事態を深刻に思い、去年の夏、別の陸上選手とともに日本陸上競技連盟に初めて被害を訴えました。

しかし、立ちはだかったのは「法律の壁」でした。
対応に動いた日本陸上連盟の法制委員会の工藤洋治弁護士。

日本には盗撮や画像拡散の行為自体を取り締まる法律がないことが課題になったと説明します。

盗撮に対応する都道府県の条例は罰則が軽く、画像拡散を名誉毀損罪や侮辱罪で立件しようとしても、加害者の特定が困難で時間がかかる現状が壁になったと言うのです。
工藤弁護士
「世界中で問題になっていて、アメリカやイギリス、フランス、韓国など法律で規制している国も多い。しかし日本では警察に被害を持ち込んでも『ひどい行為だが、今の法律では対応が難しい』と言われてしまう。被害が表面化せず救済もされない状態だ」

アダルトサイトを初摘発

こうした中でも、サキさんたちの訴えを機にJOC=日本オリンピック委員会は去年秋に情報提供の窓口を設置。

寄せられたおよそ1000件の情報を警視庁に提供してきました。
「法律の壁」がありながらも、その情報が実を結んだのは今月9日。

アスリートの画像などを扱うアダルトサイトが初めて摘発されたのです。

逮捕されたのは、サイトを運営する37歳の自営業者。
警視庁はこれまで情報をもとに一つ一つのサイトについて確認を進めてきましたが、捜査関係者によると、アスリートの競技中の画像はわいせつな画像にあたるかどうかの判断が難しく、ただちに取り締まることはできなかったといいます。

それでも捜査を続けた結果、あるアダルトサイトが捜査員たちの目にとまります。

着目したのは39点の画像。

テレビのスポーツ番組の映像から切り出したものだとわかりました。

警視庁は「テレビ局に無断で番組の画像を転載した」として著作権法違反の容疑を適用。

アスリートの画像をめぐって初めて、サイトの摘発に踏み切りました。
逮捕された自営業者は、今月20日に罰金60万円の略式命令を受けました。

アスリート以外の画像も含む合わせて9つのサイトを運営し、ことし3月までの10年間で少なくとも1億2000万円の広告収入を得ていたとみられています。

調べに対し「生活費を稼ぐため、話題性のある画像を掲載していた。悪いことだという認識はあったが、逮捕されるとは思わなかった」と話していたということです。

直接取り締まる法律がない中、捜査の現場では試行錯誤が続いています。

“美しすぎるアスリート”に潜む問題

サキさんを悩ませたのは「法律の壁」だけではありません。

被害を訴えたあとネット上に心ないコメントが相次いだのです。
サキさん
「『そんな格好でやっているのが悪い』、『女子は競技レベルが男子に劣るから、露出しないと人気が出ない』といったコメントが多くあり、そういう考えをする人がいるのはわかっていましたが、ここまで多いのかとショックでした」
スポーツとジェンダーが専門の明治大学の高峰修教授は、被害の根絶には法整備が欠かせないとする一方、アスリートの性を“商品化”してきたスポーツ界や社会全体の問題もあると指摘します。
明治大学 高峰修教授
「問題は20年以上前から指摘されており、一部の団体を除きスポーツ界全体としては具体的な対策を取るのに時間がかかりすぎている。これまでスポーツの領域ではむしろアスリートを使って消費者の性的な欲望を刺激し、性を商品化してきた側面がある。社会ではアスリートの性的な写真を売りにした雑誌が販売され、イケメンとか美女とか『美しすぎる』と言う表現がごく当たり前に使われ、この20年、メディアも一向に変わる気配がない。細かい描写の蓄積が今の状況を作り出しており、責任は大きい」
一例として挙げたのがユニフォーム。

IOC=国際オリンピック委員会は、2018年に公表した『ジェンダー平等報告書』で、ユニフォームについて技術的な必要性を反映し、男女間で不当な違いがないよう勧告しているといいます。
高峰教授
「例えばビーチバレーでは最近でこそユニフォームのバリエーションが増えたが、過去には男性はランニングシャツとハーフパンツの一方で女性はビキニタイプなどと規定された時期があった。ルール上の違いはネットの高さだけなのに形状がここまで違うのは、競技に関係ない側面が影響していると考えるのが合理的だ」
世界でもこうした課題がある中、先日、ドイツの体操選手が一般的なレオタードではなく、全身を覆うボディースーツで試合に臨み、一石を投じました。
選手自らの意思で選んだそうでSNSに、「ほかのアスリートたちも自分が心地いいものを着用できるように、前例を示すことが大切だった」と投稿しました。
明治大学 高峰教授
「明快な意思表示で大切なことだ。本当は露出の多いものを着たくなくても状況的に着ざるを得ないアスリートがいることを考えるべきで、スポーツ界はアスリートや関係者を守る役割を強く意識してほしい」

スポーツを嫌いにならないように

サキさんたちが声を上げたことで浮き彫りになった「法律の壁」と私たちの社会の現実。

今月21日、性犯罪の適切な処罰のあり方を議論してきた法務省の検討会は報告書をまとめ、盗撮や画像の拡散を取り締まる法整備が必要だと盛り込みました。

そこにはアスリートが被害にあうケースについても言及されています。

今後、具体的な議論が進められることになりますが、被害に声を上げたサキさんはいま、こう願っています。
サキさん
「ネット上で見るとスポーツに打ち込む中学生や高校生も被害に遭っています。目指していた選手が被害に遭っているのを見て、気持ち悪くて競技自体に嫌悪感を持ってしまい辞めてしまうことがないよう、一刻も早く状況が改善してほしい」
社会部記者
松田伸子
2008年入局
ジェンダーや気候変動問題が主な取材テーマ
社会部記者
倉岡洋平
2010年入局 
松江局・青森局・札幌局を経て
2020年から警視庁担当
社会部記者
岡崎瑤
2014年入局
釧路局・札幌局を経て
2020年から警視庁担当