WEB特集

5倍に急増 ギグワーカーの実態は…

スマートフォンを食い入るように見つめ、あすの仕事を探す女性。

ことし4月から、毎日違う現場で働き、給料をもらう生活になりました。

ひとつきの収入は13万円。「ぎりぎり生活できる」と言います。

先行きが見えない今、この女性のように「ギグワーカー」と呼ばれる新たな働き方を始める人が増えています。
(社会部 大西由夏・ニュースウオッチ9 豊島あかり)

「必要な時だけ人が欲しい」

「パパッと、早い時には1時間で集まりますよ」

そう語ったのは、都内のカプセルホテルの責任者です。

見せてくれたのはタブレット端末。
人材サービス会社が提供するシステムにつなぐと、ホテル側が出している求人が表示されました。

「あすとあさっての7:00~15:00/8800円/ホテルでの接客」

採用予定は1人。

このとき、すでに2人の男性が応募していました。
このホテルが1日だけでも働いてくれる「単発」の人材を求めるようになったのは、去年の夏ごろから。

感染対策のために営業時間を短縮したり、利用客数を制限せざるを得なくなったのです。

その結果、例えるならばジェットコースターに乗っているかのように利用客が減ったり増えたり変化が激しくなったということですべての従業員をこれまでどおり働かせることができなくなりました。
半数に減った名簿
当時、働いていたアルバイトの従業員は39人。

希望する日や時間を聞きシフト制で働いてもらっていました。

休んでもらう従業員には休業手当を支払って引き止めていましたが、「生活するには不十分」などとして、半数が辞めてしまったそうです。

感染者数が増えた影響などで利用客が少ない日には残った従業員で間に合うものの、逆に増えた時には人手が足りないこともしばしば。
端末を操作する支配人
残ってくれた従業員に急な勤務をお願いすることもできず、頼り始めたのが単発で働きたい人材と企業をマッチングするサービスでした。

「面接も研修もなく、まともに働いてくれるのだろうか…」

最初は懐疑的でしたが、サービスを使ってみると、これが非常に「便利」だったと言います。
カプセルホテル&サウナ北欧 菅剛史支配人
「こんなに早く集まるんだ、すぐに働きたい人がこんなにいるんだと、初めのうちは本当に驚きました。それぞれの生活事情や人柄とか深いところはよくわかりませんが、どの人も働いてくれて助かっています。今はもう、半分メンバーとして考えているので、いないと本当に困る状態です」

「この働き方に助けられた」

「そういえば、この女性も、単発で働いてもらっています」

このホテルで取材中、そう紹介されたのが20歳の鈴木さんです。
高校卒業後、居酒屋の長期アルバイトをして暮らしていましたが、感染拡大の影響で収入はほぼゼロに。

生活費を確保するために始めたのが、「働ける時に必要なだけ稼ぐ」という、今の働き方だったそうです。

このホテルでの仕事は、この日で10回目。

求人が出るたびに毎回、応募していると言います。
ほかにも鈴木さんが単発で就いた仕事は、引っ越し作業のアシスタントや、居酒屋の店員、食品工場のラインでおかずを詰めるスタッフなど、多岐に渡ります。

今では単発の収入が欠かせない生活費となっていると言います。
鈴木さん
「面接や研修をしないですぐ働くことができてお金が入るので、本当にありがたい、今はこの働き方にかなり助けられています。若いうちしかいろんな仕事を経験することができないと思うので、広い世界を知ることができるという意味でも役に立っています」
鈴木さんのように「必要な時に必要なだけ稼ぐ」という働き方をする人たちは、いま、「ギグワーカー」と呼ばれています。

スマートフォンのアプリなどを通じて、1日限りや数時間単位での仕事を引き受けて収入を得る人たちです。

ギグワーカーはミュージシャンが即興で単発の演奏を行うことを示した英語「ギグ」と働く人「ワーカー」を組み合わせた造語です。
もともと欧米で広がってきた働き方で、日本でも感染拡大というこれまでにない社会変化の中でフードデリバリー業界など幅広い職種に広がっています。

後ろめたさなく“やりくり”

こうしたギグワーカーに助けられているという、こちらのホテル。

「助けられている」のは人手が欲しいときだけではないと言います。

3回目の緊急事態宣言が発令された4月下旬。

ホテルでは大型連休に備えて1日単位で働いてもらうギグワーカーを募集する予定でしたが、すべて取りやめました。
5月の売り上げは宣言が延長されたことで2019年の同じ時期の半分ほどになる見込みです。

ただ、ギグワーカーをやりくりすることで人件費を削減できるため、何とか経営は続けられると言います。
カプセルホテル&サウナ北欧 菅剛史支配人
「もとからいるアルバイトの従業員に、私たちが困っている時だけ働いてもらって、あしたからは緊急事態宣言が出て、利用客が少なくなるから、来なくていいとは簡単に言えません。人手を減らさないといけない時は、ギグワーカーを集めなければよく、後ろめたさを感じずに人手が欲しい時だけ利用できています。感染状況が読めないので、しばらくは今のようにこの人たちで穴を埋めていくつもりです」

「早く抜け出したい」

一方、ギグワーカーとして働く人たちの取材を進めると、「これしか選択肢が無かったから」という声も聞かれました。
石井さん
話を聞かせてくれた1人、21歳の石井さんは、ことし3月まで番組制作会社の契約社員として働いていました。

しかし、正社員に登用される見通しがつかず退職。

今は求職活動を続けています。
当面の生活費を得るために長期のアルバイトを探しましたが、働ける日数が限られていたり時給が低かったりして、安定した収入を得られる仕事がなかなか見つかりませんでした。
追い詰められた石井さんが求職活動の合間に始めたのが、ギグワークでした。

求人が掲載されている専用のアプリをスマートフォンにインストール。

1か月間、経験のあるコンビニエンスストアのレジ打ちを中心に、毎日のように応募しました。

しかし、応募をしても採用されるとは限りません。

働きたいと思っていた日時に求人が見つからないこともあり、見込んでいた収入が得られない日も多くありました。
石井さんの4月の収入は合わせて13万円ほど。

「ぎりぎり暮らしていける」と言います。

ただ、毎日の仕事を探し続ける今の生活には不安を感じているそうです。
石井さん
「毎日、『あしたの仕事が見つかるかな』とか『仕事が決まらない日がずっと続いたらどうしよう』とか思いながらスマホで求人を探し続ける生活が長く続くのは、けっこうつらいです。こんな生活が1か月も続いて、正直、不安です。今は長期のアルバイトを見つけることすら難しいので、こういう働き方が世の中にあってありがたかったんですが、私は早く抜けだして、安定して働ける仕事を見つけたいです」
石井さんはこの取材を受けたあと、派遣社員としてコールセンターでの仕事が決まりました。

しかし、働ける時間や給与が安定していないため、今もスマートフォンのアプリが「お守りのような存在」だと話していました。

急増する“ギグワーカー”

ギグワーカーは急増しています。

人材仲介会社「ランサーズ」がことし1月から2月にかけて行った推計調査によると、国内のギグワーカーは少なくとも308万人。

去年の同じ時期に比べておよそ5倍に増えたとみられています。
企業とギグワーカーを結び付けるサービスも、この1年で急速に広がりました。

その1つを運営する会社では、ギグワーカーの登録者数が4月の時点でおよそ70万人。

去年の同じ時期の2倍以上に増えたということです。
シェアフルのギグワーカーの推移
感染拡大をきっかけに急速に広がった働き方ではありますが、運営会社によると、企業側にはもともと単発で働く人材へのニーズが高かったと言います。
シェアフル 大友潤代表取締役社長
シェアフル 大友潤代表取締役社長
「急な欠員で勤務シフトを調整できないという課題は、さまざまな職場が抱えています。以前はいわゆる“日雇い派遣”と呼ばれる人たちが企業からの強いニーズのもとで活躍していましたが、いまは法規制で原則禁止となっています。そんな中、『人手が欲しいと思った時にすぐに来てくれる』という、ギグワーカーの即時性、利便性がコロナ禍という不安定な世の中でより強く求められるようになっていると感じています」

日雇い派遣とどう違うの?

ギグワーカーと企業を結び付けるサービスの運営会社が、企業からのニーズが高かったと指摘する、いわゆる「日雇い派遣」。

かつて配送業やイベントの現場などで、繁忙期にだけ働いてもらう人材として活用されていました。
しかし、景気の悪化で多くの人が職を失うなど不安定な側面が問題視され、9年前の法改正により、学生や60歳以上の人などを除いて原則禁止となっています。
一方、いま広がっているギグワーカーという働き方は、派遣会社を通すのではなく、アプリを通じて直接、仕事を受けます。

このため、厚生労働省や専門家に確認したところ、働き方としては似ているものの、アプリから仕事を受けるギグワーカーは「現行法の規制の対象にはならない」ということでした。

「海外を参考に1日も早い対応を」

先んじてギグワーカーが浸透している欧米では、その立場の危うさがすでに浮き彫りになっていて、各国で議論が巻き起こっています。
アメリカでは、4月、労働長官が「多くの場合、ギグワーカーは従業員として分類されるべきだ」と発言。

企業とも協議しながら、待遇の改善に向けて取り組む考えを示しています。

また、スペインでは、5月、ギグワーカーとして働くフードデリバリーの配達員を「労働者」とすることを義務付ける法律が制定されるなど、ギグワーカーを保護しようという動きが各国で加速しています。
一方の日本。

厚生労働省に取材をすると、ギグワーカーという働き方について国としての明確な定義はまだ無く、実態の把握や保護のあり方について検討する段階には至っていないと言います。

ギグワーカーの中には企業と雇用契約を結ばずに1件1件の仕事を請け負って収入を得ている人たちも多くいて、専門家は、海外の事例を参考にして早急に対応すべきだと指摘しています。
東京大学 水町勇一郎教授
東京大学 水町勇一郎教授
「先駆けてギグワーカーが広がっている国では、収入が不安定で保護が薄かったり将来に向けてのキャリアアップが難しかったりという問題が顕在化してきています。コロナ禍の中でギグワーカーの急増という動きは加速していて、一時的なものではなく、今後も発展していくとみられています。日本も諸外国の工夫を分析しながら実態をきちんと把握し、政策を考えていくことが1日も早く求められていると思います」

「負の側面」議論を

「空いた時間に稼ぎたい」、「減った収入を補いたい」と考える人が多い今、ギグワーカーとして働ける仕組みは世の中に求められていると思います。

ただ、取材を進めるにつれて、その「負の側面」をどう少なくするかが公に議論されないまま、急速に広がっていることに懸念を持つようになりました。

わたしたちは、ギグワーカーとして働く人たちが抱える不安定さについて社会全体で議論を始めるべきだと考えています。

記事を読んだ方は、どのように感じられたでしょうか。

いただいた思いやご意見を、次の取材に生かしていきたいと思います。
報道局社会部記者
大西由夏
2011年入局
松山放送局を経て2016年から現所属
多様な働き方など労働問題を中心に取材
ニュースウオッチ9ディレクター
豊島あかり
フリーランスの番組ディレクターなどを経て2013年NHKに入局
2019年から現所属
労働問題や福祉を中心に取材

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