コロナ禍に咲く花 ココイチ創業者が語る“現場徹底主義”とは

コロナ禍に咲く花 ココイチ創業者が語る“現場徹底主義”とは
都会の大通りに咲く四季折々の花。その手入れを10年以上続けているのが、カレーチェーンの創業者、宗次徳二さん(72)です。経営を退いたあと、街の美化や若手音楽家の育成などボランティア活動に力を注ぐ宗次さんは、去年10月、自身の経営理念をつづった著書を出版。

記されたのは顧客重視の“徹底した現場主義”です。そこには、コロナ禍の今、宗次さんが経営にあたる人にあえて問いかける厳しいメッセージが込められていました。

(経済部記者 吉田稔)

365日の美化活動

名古屋市、午前7時。

ビジネスマンが足早に通り過ぎる歩道の脇に、マリーゴールドの手入れをする宗次さんの姿がありました。黄色いポロシャツに黄色い帽子は、カレーチェーンのシンボルカラーでしょうか。
「CoCo壱番屋」の創業者です。作業の手を止めて立ち上がり、「宗次です」と笑顔で挨拶する飾り気のない雰囲気が印象的です。

2007年に私財を投じて音楽ホールを建設し、代表を務める宗次さん。ホールのスタッフと一緒に周辺の美化活動を始めました。春はチューリップ、夏はハイビスカスなど、1年を通して花が街を彩ります。

咲く花はすべて黄色です。
宗次徳二さん
「ホールが完成した頃、道路の中央分離帯は草が茂り放題で、ゴミも散乱していて、駅からホールまでの花壇も全然手入れができていなかった。そこで、ホールに来るお客様に少しでも気分よく歩いていただきたい、地域に貢献したいという思いで清掃と花の手入れの活動を始めました。1年365日のうち、出張などを除けば350日は活動しています。『何もそこまでやらなくても』とは言われますが、やる価値があると思ったからずっと続けています」

徹底した現場主義

1974年、25歳で名古屋市内に喫茶店を開業した宗次さん。好評だった妻特製のカレーにヒントを得て、1978年にカレー専門店「CoCo壱番屋」を開業しました。

当初は赤字続きでしたが、翌年には2号店、3号店を相次いで出店。1982年に株式会社「壱番屋」を設立して社長に就任すると、その後6年で100店舗を達成。さらにその後6年で300店舗を達成し、ハワイに海外1号店も出店するなど事業を拡大してきました。

右肩上がりの成長の秘密は「徹底した現場主義」にあると宗次さんは言います。
驚かされるのは店舗に置かれている「お客様アンケート」のはがきへのこだわりです。

社長時代の宗次さんは、多い時で月間3万通にのぼるはがきにすべて目を通しました。15年間、誰よりも先に目を通したといいます。

客からの“お叱り”を受けるためです。
宗次徳二さん
「お金をいただいているんだから、“よかった、おいしかった”は当たり前。それより“がっかりした”“こんな悔しい思いをした”とお客様に教えていただき、それを全店にフィードバックするんです。私が店頭で気づいたことを指導するより、お客様の指摘の方が何倍も効果がある。時にはお客様の勘違いもあるかもしれないが、勘違いさせたこちらが悪いんだ、という気持ちでやっていました」

「私、経営コンサルタントのお世話になったことがないんです。“業界の繁盛事例はこうだ”とか“成功事例はこれだ”とか聞いて自分の店にあてはめるよりも、お客様からの耳の痛い話、聞きたくないことを本気で徹底してお受けする、それが1番いいんじゃないですか。明日の成功のヒントは現場にいっぱい落ちている、それを経営トップが自分で拾い上げていけば必ず繁盛するはずです」

365日、全力で経営に向き合う

毎日、午前3時55分起床という超早起きの宗次さん。社長時代からの習慣です。当時、午前5時前に出社してお礼状などを書いたあと、もう1つの大事な日課が本社周辺の清掃でした。社員の有志とともに午前6時から会社周辺の道路を掃き清め、空き缶やゴミを拾って歩くのです。

引退した今も毎朝、清掃と花の手入れを欠かさない宗次さんのライフスタイルにつながっています。
宗次徳二さん
「掃除は感謝です。早起きも掃除も、関心のない人からすれば『バカバカしい』と思われるかもしれない。それを本気でやり続けていることに価値がある。毎日やれば地域の評価も全然違ってきます。本社周辺にはカレーの工場もあるけれど、工場のにおいなどへのクレームは無く、むしろ“会社があることが自慢です”と言ってもらいました」
でも、毎日ってつらくないですか?
「やると決めたら、毎日やることが大事なんです。やらなくていい理由は誰でも思いつくし、“明日から頑張ろう”では絶対に続かない。経営もいっしょ、1度事業を始めたら365日全力で経営に向き合わなければいけないと思ってきました。つらいと思われる方も多いかもしれないが、私はそれで会社が成長することが何より幸せでした」

“経営は自己責任”

今、新型コロナの直撃を受けている外食産業。時短営業やアルコール提供の中止などさまざまな制約がある中、業績を大きく落とす店も少なくありません。

しかし、宗次さんは今の経営者たちに対して、あえて厳しいことばで問いかけます。
宗次徳二さん
「お酒が中心の業態は確かに大変だと思います。コロナ禍が1年を超え、ここまで長引くと人災の側面もあるかもしれません。それでも、あえて『経営は自己責任』だと思います。今、弁当やデリバリーといったサービスに慌てて参入しているところもあります。でも、そういうサービスも業績の良いときや余裕があるときに『お客様にもっと喜ばれるサービスってなんだろう』と現場で探っていれば、わかることばかりです。普段からお客様の意見に耳を傾けていれば、『まさか』にも対応できるんです」

「“ある程度、売り上げがあればいい”と満足するのか、“お客様から人気が出れば1日1時間でも、月に1日、2日でも営業日数を増やそう。期待に応えよう”とするのか。私は期待に応えようというのが当たり前だと思う。だけど、自分の楽しみを優先する人が多いんですよね」
宗次さんの経営論は厳しいことばに満ちています。しかしそれは多くの経営者への激励であり、エールに聞こえました。

いまの「まさか」を乗り越え、次の「まさか」に備えよう。そんなメッセージだと受け止めました。

すべては社会のために

宗次さんは2002年、53歳で会社経営から身を引きました。

その後は、NPO法人や音楽ホールの運営に専念し、若手の音楽家の育成や学校への楽器の寄付といった活動から、困窮家庭や障害者への支援など幅広い活動を続けています。

ホールの一隅に設けられた事務所には支援先の学校や福祉団体の名簿が、所狭しと並べられています。
宗次徳二さん
「経営を引退して、社会貢献を始めた時に、これまでいただいた資産は『一時預かり』として、すべて社会のために使おうと決めたんです。小さいことでは私も自分を優先することがありますが、基本は人の為が1番、困っている人がこれだけいることを見聞きしていて、自分ばかり贅沢するなんて、恥ずかしくてできませんよ」
今回の取材のきっかけは、宗次さんが自身の経営哲学を綴った著書を読んだことでした。

現役の経営者時代はその経営哲学と同様、厳しい方だったそうですが、実際に会うと柔らかい笑顔と飾らない人柄が印象的でした。

それでも、毎朝欠かさず清掃や花の手入れにいそしみ、困った人たちに支援の手を差し伸べ続ける宗次さんの生き方には、経営者だけでなく、多くの人が学ぶことがあると感じました。

取材の翌日、宗次さんから、見事に咲いた黄色いユリの花の写真が届きました。
コロナ禍に咲く一輪の花。

宗次さんは雨の日も晴れの日も、そしてあすもきっと、花の手入れにいそしんでいることでしょう。
経済部記者
吉田 稔
平成12年入局
北九州局、中国総局(北京)などを経て
流通・食品業界の取材を担当