“なぜ傍観したのか?”フロイドさん事件 知られざる差別の構図

“なぜ傍観したのか?”フロイドさん事件 知られざる差別の構図
1年前の5月25日。アメリカ、ミネソタ州ミネアポリスでジョージ・フロイドさんが白人警察官に首を押さえつけられて死亡しました。
先月、主犯格のデレク・ショービン被告に有罪の評決が下り、一緒にいた3人の元警察官も殺人ほう助の罪で起訴され裁判が予定されています。そのうち1人はアジアの少数民族「モン」にルーツを持つ移民の子孫です。
この裁判の行方に注目している「モン」の青年がいます。「弱い立場の人たちを理解しているはずのモンの警察官が、なぜ加害者になったのか」。事件の真相を問い続けています。
(政経・国際番組部ディレクター 町田啓太)

少数民族モンの警察官は同僚の暴力を止めなかった

事件が起きた街・ミネアポリスで暮らすマテオ・タオさん(31歳)。事件以降、人種差別抗議運動「ブラック・ライブズ・マター」(BLM)の集会があればできるだけ参加し連帯を表明してきました。

マテオさんはアジアの少数民族「モン」の移民2世。NPO職員としてモンの子どもたちの教育支援に携わり、モンの人々がアメリカでの生活に適応できるよう尽力してきました。
この事件に深く関わることを決意したきっかけは、フロイドさんがショービン被告から膝で押さえつけられている様子を通行人が撮影した動画。

そこに、同じ「モン」にルーツを持つ警察官、トゥ・タオ被告が映っていたのです。
動画に映るタオ被告はショービン被告がフロイドさんを押さえつけている場所から2mほど離れ、その様子を凝視する一方、抗議する通行人が近づかないよう制止していました。

この間、フロイドさんは、助けを求める声を発し続けていました。「息ができない」。
ところがその後、タオ被告は目線を完全に通行人へと向け、その後再び身体をフロイドさん側に向けることはありませんでした。

さらに公開されたタオ被告の胸元に設置されていたボディカメラには通行人とタオ被告のやり取りが克明に記録されていました。
タオ被告:歩道に戻って
通行人の男性:タオ、そいつをほっとくのか。あんたの目の前でその男が殺すのを見過ごすのか
通行人の女性:黒人だからどうだっていいと思っているのよ
通行人の男性:おい、987(タオの胸元に書かれた番号)、あんたは最低だ
通行人の女性:自分たちの仲間じゃなかったら、どうなってもいいと思っているのよ
その後フロイドさんは救急車で搬送され、22分間のボディカメラの映像は次の言葉で締めくくられていました。
タオ被告:スタンバイ中、ボディカメラをオフにします
同僚警察官の行為を黙認するかのようなタオ被告の振る舞い。そこにマテオさんは同じ「モン」として大きな疑問を感じました。
マテオさん
「モンはずっと弱い立場だったからこそいろんな人の立場がわかるはず。タオ(被告)の顔や動きからして自分の行為を理解していた様子だった」

大国アメリカに翻弄され故郷を捨てた少数民族モン

アメリカに暮らすモンの人々は、もともとラオス山岳地帯などで農業をなりわいに生活を送っていました。

ベトナム戦争でアメリカは、山岳地帯で土地勘のあるモンの人たちを傭兵(ようへい)として動員し、南進する北ベトナム軍などに対しゲリラ戦を展開。
その後アメリカが敗戦し、ベトナム、ラオスで共産党政権が誕生すると、アメリカ側についたモンの人たちは激しい迫害を受けることとなりました。

その結果、ラオスを逃れたモンの人々は70年代以降、その多くが安住の地を求めてアメリカに渡ることになったのです。

アメリカで続く偏見や差別 警察官はモンの人気の職業

ところが、モンの人々はアメリカ各地の移住先でなかなか定職につけず、長年、差別や偏見を受けながら厳しい生活を強いられてきました。

マテオさんの両親もラオスからの移民です。タイの難民キャンプ生活を経て知人を頼って1970年代、アメリカへと渡りました。

よりよい暮らしを求め、テキサスやカリフォルニアなど各地を転々とする中で、両親は差別的な言葉を浴びせられ、時に警察官から言われなき取締りを受けてきたことをマテオさんは幼い頃から聞かされてきました。

マテオさん自身もこれまでモンであることをばかにされた経験が何度もあるといいます。それは貧困からギャングとなって犯罪に手を染める若者が少なからずいて、社会の中でモンに対するネガティブなイメージが定着しているからだといいます。
苦い経験を味わってきた両親からは「強くなりなさい。そして誰よりも人に優しくしなさい」と教えられてきました。

マテオさんは、必死に勉学に励み大学を卒業、ミネアポリスのNPOに就職しました。「貧困の連鎖から抜け出すきっかけを作りたい」と、モンの子どもたちに教育の機会を提供することに取り組んできたのです。

マテオさんの同年代の間では、安定した収入があり社会に貢献できる警察官は人気の職業の一つです。親しい友人で警察官になった人もいれば、支援先の学校で警察官になりたいという子どもたちも多いといいます。
モンにとって、職業としての警察官の人気ぶりは、地元モンのコミュニティテレビ局が警察学校の卒業式を取材し、特集を組むほどです。
モンの警察学校卒業生
「たくさん勉強して今日、夢がかなった」
「モンだけでなく他のアジア系や黒人を助けるために働きたい」
タオ被告も民間の警備員として経験を積み、13年前警察官への転職を果たしました。事件後に行われた取り調べでは、自らの行動について後悔をにじませていました。
トゥ・タオ被告
「今だったらもっと人間として違う形で対応したと思う。本当につらい。できることならこんな状況に巻き込まれずキャリアを歩んでいきたかった」
マテオさん
「われわれモンは人に頼られ、尽くす人間になるよう教えられてきたからこそ警察官に憧れる若者が多い。だからこそ、苦労して警察官になった彼の行為が理解できないんだ」

“差別から抜け出すために他者を差別”

この一年、マテオさんは数多くのモンの人たちとタオ被告の行動について議論を交わしてきました。

その中には、タオ被告に同情する声も多く聞かれました。
モンのビジネスマン
「タオは巻き込まれただけだ。悪いのは首を押さえつけて死亡させたやつだ」
モンの商店主
「タオの責任じゃない。まったく無関係だ」
タオ被告の振る舞いを正当化しようとするモンの人々にいらだちを覚えたというマテオさん。「彼らは不都合な真実を直視できていないのでは」といいます。

マテオさんはタオ被告のことを知るためにミネアポリス警察の広報官からも話を聞きましたが、納得できる答えを得ることはできませんでした。
ミネアポリス警察 広報部長
「彼は『良い警察官』と評判だった。言えるのは、あの日あの場所にいて、様々なことが重なり、悲劇が起きたということだけだ」
様々な立場の人々と議論を重ねていく中でマテオさんはある考えにたどりつきました。それは、マイノリティであるモンの人が人種差別から抜け出そうと努力しても、差別が社会の至る所で根強く残るこの街では、差別から逃れるために他の誰かを差別するという構図から抜け出せないようになっているのでは、ということでした。
マテオさん
「あの白人警察官による不当な取締りを傍観することは、タオ(被告)にとって、警察官として“良い行い”をしたつもりだったのかもしれない。その意味ではタオ(被告)は、ただ忠実に職務を実行しようとしていた。だけどその前提は明らかに間違っている。警察をはじめ、この街全体が根本的に変わらないといけない」
差別の被害者とされてきたはずのマイノリティが、加害者の側に立ったこの事件。アメリカのマイノリティを取り巻く社会問題に詳しい専門家は、今回の事件は、白人対黒人に限らないアメリカの複雑な差別の構図をあぶりだすことになったといいます。
ミネソタ大学 オオニシ学部長
「アジア系アメリカ人をはじめとする移民たちは、黒人のように扱われないように最善を尽くしてきた。社会のヒエラルキーの中で“良い移民”とは“黒人のようにならないこと”を意味します。すなわち白人の利益につくのかそうでないのかという”立ち位置”の問題なのです。“良いマイノリティ”になることは、アメリカンドリームを達成することと深くつながっているのです」

暴力の連鎖を止めるために 対話と連帯を

3月上旬、再びフロイドさんが亡くなった現場を訪ねたマテオさん。そこで、突然、銃撃事件に巻き込まれました。

黒人ギャングの一味が突然、銃を連射。市民1人が命を落としました。目の前で起きた銃撃でしたが、マテオさんは物陰に隠れ無事でした。

フロイドさんが亡くなった事件以降、現場周辺で、19件の殺人事件が発生するなど、治安は悪化の一途をたどっています。それにつれ、警察による市民への過剰な取締りが行われ、警察と市民との間でトラブルが頻発していると地元住民は話していました。

暴力の連鎖を止めなければいけない。しかし警察の人種差別的な暴力は決して容認されない。壮絶な歴史を背負って生きてきたモンの人間として何ができるのか、マテオさんは自問し続けています。
マテオさん
「私たちが目の当たりにした肌の色が違う人たちの間で起きた暴力は、アメリカでずっと起きてきた。私たちは対話を重ねなければならない。これこそ、互いを守るために必要なことだと思う」
タオ被告の裁判は8月から開かれ、さらに今後、連邦政府主導でミネアポリス警察の違法な取締りの実態が検証される予定です。

マテオさんと出会ったのは去年の8月。以降、連絡をとり続けてきました。マテオさんは、モンのコミュニティではマテオさんのようにBLMに連帯を表明するモンの若者をよく思わない人がいるそうで「モンが関わるべきことではない」という非難をたびたび受けると不満を漏らしていました。

「傍観や無関心は、暴力そのものだ」。人種差別と向き合い続けてきた彼の言葉に、私たちもひと事ではないと改めて考えさせられました。
政経・国際番組部
ディレクター 
町田啓太
2013年入局
世界各地で起きている差別や暴力の問題を取材