スリランカ人女性の死が投げかける入管施設の“長期収容”問題

スリランカ人女性の死が投げかける入管施設の“長期収容”問題
今年3月、スリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが名古屋市にある入管施設で収容中に亡くなった。33歳だった。出入国在留管理庁は経緯や施設の対応状況などを調査し、4月9日に中間報告を公表した。
私たちはウィシュマさんが残した日記や関係者の証言を集め、施設で何が起きていたのかを取材した。そこからは、入管施設の長期収容の実態が浮かび上がってきた。

遺族の無念

「出入国在留管理局は疑問に何も答えてくれません。姉が亡くなった責任を逃れようとしています。真相がわかるまで国に帰れません」
スリランカから来日したウィシュマさんの2人の妹は、5月17日、名古屋出入国在留管理局を訪れて説明を求めたが、明確な回答が得られなかったとして怒りをあらわにした。

夢を持って来日したウィシュマさん

ウィシュマ・サンダマリさんは、4年前の2017年6月に留学生として来日した。

妹たちによると、ウィシュマさんは亡くなった父親に代わって一家を支えられるようになりたいと考えていたという。
母親は、家を担保に借金をして留学費用を工面した。

通っていた日本語学校を訪ねると、入学時に提出した書類に彼女の夢が記されていた。
「わたしは新たな言語に日本語を選びました。スリランカで語学学校を開きたいです」
しかし、ウィシュマさんは次第に日本語学校を欠席しがちになり、除籍処分になった。
友人や近所の住民によると、同居するスリランカ人の男性から暴力を振るわれていたという。

そして去年8月、交番に出向く。在留資格を失っていたことから名古屋出入国在留管理局に送られた。
在留資格を持たない外国人は、審査の上、国外退去の処分が下されると帰国を求められる。このうち9割は帰国しているが、何らかの事情を抱えて送還に応じない人は、原則、入管施設に収容される。
収容は本人が帰国するまで可能で、その期間に上限はない。

出入国在留管理庁によると、ウィシュマさんの場合、新型コロナウイルスの影響でスリランカ行きの定期便は就航しておらず、職員は臨時便で帰国させることを検討したが、所持金は乏しく航空機代金などを工面できない状態だった。

また、本人は当初、帰国を希望したが、同居していた男性から「帰国したら罰を与える」などと書かれた手紙が届いたことや、日本で支援者が見つかったことから、日本に留まることを希望するようになったという。

施設の中で急速に体調悪化

ウィシュマさんは去年8月20日から亡くなる3月6日まで半年余りにわたって収容されていた。

体調が悪化したのは、収容開始からおよそ5か月が経った1月中頃だった。

出入国在留管理庁が4月に公表した中間報告によると、ウィシュマさんは1月中旬から吐き気や胃液の逆流などの症状を訴え、診療室に勤務する看護師が食事や水分摂取の指導をした。

また、1月下旬には施設に派遣された医師が血液や尿などの検査をし、その後、食道炎の可能性を疑って外部の病院の受診を指示した。

ウィシュマさんが残した日記に、当時の状況が記されている。
1月23日 吐いてしまう。夜、頭と足がすごく痛かった。
1月25日 足が痛くて我慢できない。唇がしびれている。
     夜、息をするのが辛い。

中間報告に支援者は不信感

出入国在留管理庁は、客観性や公平性を保つために学識経験者など第三者も加えて調査を行っているとしているが、ウィシュマさんや遺族を支援する弁護士などは、中間報告が実態を正しく反映していないとして、不信感を募らせている。

2月5日、入管は、医師の指示に基づいて外部の総合病院で消化器内科を受診させた。

中間報告には、この時「医師から点滴や入院の指示がなされたこともなかった」と記されている。

しかし、NHKが独自に入手したカルテには「内服できないのであれば点滴、入院。(入院は状況的に無理でしょう)」と書かれていた。
支援する弁護士などは「意図的に隠しているとしか思えない」と指摘している。

ただ、カルテには、その後の内視鏡検査で、「ほぼ異常なし」とされていたことが書かれていて、胃潰瘍などを治療し、逆流性食道炎に伴う痛みなどを和らげる薬の「継続でいいかと」とも記されている。
薬の服用をめぐっても、中間報告の記載に違和感を抱かせる証言もある。
報告では、薬の服用状況を示す資料に、1月下旬から「服用拒否」の文字が並んでいて、報告の本文には、「おう吐した」という記述とともに「薬の服用を拒むことがあった」と記されている。

同じ部屋で過ごしていた女性に取材すると、薬は飲みたくても飲めない状態だった、と証言した。
同室だった女性
「ウィシュマは吐くばかりで水を飲んでも吐いてしまっていました。薬を飲んでも吐いてしまうため、飲むことは滅多にありませんでした」

仮放免は…

2月9日、週に2回ほど面会していた難民などの支援にあたる団体「START」の松井保憲さんが訪れると、ウィシュマさんはバケツを抱えて車イスに乗っていたという。

この時期の松井さんのメモには、「15.5キロ体重減。面会中にもどした。点滴してほしい」と記されている。
松井さんたち支援者は、収容生活に耐えられる状況ではないと、入管に対して施設の外に出す「仮放免」を求めた。

仮放免は、一時的に外に出て暮らすことを許される制度だ。
しかし、誰に、いつまで認めるのかの判断は、個々の事情に基づいた「入管の裁量」に委ねられているとされている。

ウィシュマさんは、2回、仮放免の申請を行っている。
中間報告によると、体調が悪くなる前の1月4日に行った1回目は、不法残留となった後に一時所在不明となっていた経緯などから許可されなかった。
松井さんたちの支援を受けて行った2月22日の2回目の申請については、3月6日に亡くなるまで、許可・不許可の判断はなされなかった。

死亡の直前には

死亡する2日前の3月4日、入管は外部の総合病院の精神科を受診させた。

この頃には、食事やトイレ、歩行に職員の介助を求める状態が続いていた。

NHKが入手した診断書類に医師の言葉が記されている。
「仮釈放してあげれば、良くなることが期待できる。患者のためを思えば、それが一番良いのだろうが、どうしたものであろうか?」

この言葉は中間報告には記載されていなかった。

3月5日、中間報告によれば、ウィシュマさんは「前日から服用を開始した抗精神病薬の影響によると思われるもの」として、脱力した様子が続いていた。

この日、入管は仮放免を検討することとし、面接を行った。

しかし、やり取りの途中でウィシュマさんが眠ってしまい面接は終了した。

3月6日、職員の呼びかけに応じなくなり緊急救命措置が取られたが、午後3時半ごろ、搬送先の病院で死亡が確認された。

真相究明を

死因について、衆議院法務委員会の議員に示された司法解剖結果では「甲状腺炎による甲状腺機能障害により全身状態が悪化し、既存の病変を有する腎などの臓器不全が加わり死亡したとするのが考えやすい」とされている。
これについて甲状腺疾患などが専門で、名古屋市内の「糖尿病・内分泌内科クリニックTOSAKI」の戸崎貴博医師は「甲状腺炎をきたしていると、全身状態が衰弱しやすく、なんらかの感染症が一緒に起こった場合は非常に急速に悪化するおそれは十分にある」と指摘している。

最終報告に向けて、出入国在留管理庁による調査が現在続いている。

長期化する収容

入管施設で、長期間収容されている外国人が命を落とすケースは、ウィシュマさんが初めてではない。
収容中に亡くなった人は2007年以降、ウィシュマさんを含めて17人。そのうち5人はみずから命を絶っている。

全国の入管施設に収容されている外国人は、おととし(2019年)12月時点で1054人。
このうち6か月以上の収容は462人だった。
去年は、新型コロナウイルスの影響で仮放免を積極的に認めたため、収容されている人は12月時点で346人となり、うち6か月以上の収容は207人だった。

多くの人が収容されている背景には、近年、日本にやってくる外国人が増える中、在留資格の期限が切れて不法滞在となる外国人が増えていることがある。

ことし1月時点で不法に滞在している外国人は8万2868人と、この5年で2万人以上増えた。

これに伴って、国外退去処分を受ける外国人も増加傾向にあるが、中には、出国を拒否したり、様々な事情で出国できない人もいたりして、施設での収容が長期化するケースが相次いでいる。

こうした状況に、出入国在留管理庁は「在留資格制度の崩壊につながるだけでなく、日本人やルールを守って生活する多くの外国人の安心・安全な社会を脅かしかねない」としている。

「不十分な医療体制」

一方、入管施設の中では、長期にわたる収容で精神的に追い込まれたり、体調を崩したりする人が出ている。
横浜市にある港町診療所の山村淳平医師は、19年にわたって、入管施設に収容された1000人近くの外国人に面会し、病状の聞き取りをしてきた。
その経験から、入管の収容施設では様々な症状を訴えながらも十分な医療を受けられていない実態があると指摘する。

施設では、医師の診察を受けるためには収容された外国人が書類を提出する手続きが必要だが、難民支援協会によると、茨城県牛久市の東日本入国管理センターが2018年に概算として開示した前年の同センターのデータでは、提出から診察まで平均14.4日かかっているという。

山村医師によると、全国の入管施設では、専門的な医療の代替として鎮痛剤や胃薬などが日常的に使われ、職員の判断で薬を与えるケースが頻繁にあるという。

また、病気で収容に耐えられないと判断されれば仮放免が認められる場合があるが、そうした事情から、山村医師の聞き取りに対し、多くの外国人が「体調不良を訴えても、職員が信じてくれないことがある」と答えているという。

このため山村医師は、収容された外国人と入管職員との信頼関係が損なわれる事態も起きているとしている。

こうした状況のもとで、職員が判断を誤り、収容されている外国人にとって致命的な結果につながる危険性があると山村医師は警鐘を鳴らしている。

制度を問い直す必要が

元入管の職員で「未来入管フォーラム」の木下洋一代表は、長期収容の問題について、次のように指摘する。
木下洋一代表
「入管の収容施設は長期に人を留めおく施設ではなく、あくまで送還までの短期間、留まることが予定されている施設だ。入管職員はいわば医療の素人だが、治療のタイミングや仮放免を認めるかはすべて入管がその裁量で判断している。施設には常勤の医師もおらず、医療体制が法律や規則で細かく決められているわけではないので、ウィシュマさんのような事件はどうしても起きてしまう」
さらに、木下さんは医療体制の充実もさることながら「システム的な問題として、入管しか判断ができず、透明性が全くない。国民は知るすべがない」と、根本的な問題として透明性の欠如を挙げ、根幹から改善する必要があると訴えている。

そして、▽仮放免などの判断に、第三者機関を介在させることや▽在留資格のない外国人で帰国しない人のすべてを収容するのではなく、在留期限を過ぎた人、難民申請中の人、罪を犯した人など個別の状況に応じて対応すること、などを提言している。
ウィシュマさんが残したノートに、日本語で次のような言葉が残されていた。

「なんでわたしたち動物みたいな扱いですか?」

2度と同じような事案を起こしてはいけないと、強く感じる。
入管施設の長期収容をめぐって、政府は、見直しをはかるため出入国管理法改正案などを今国会に提出した。
改正案では、▽「監理措置」を設けて、一定の条件を満たす人は親族や支援者などのもとで生活することを認めることなどを盛り込む一方、▽難民申請中に強制送還が停止される規定について3回目の申請以降は原則適用しないこと、などを盛り込んでいる。
この改正案は、与野党で修正協議が行われ、大筋で一致したが、ウィシュマさん死亡の真相解明を求める野党側が採決に応じられないとしたことなどを踏まえ、政府・与党は、今国会での成立を見送った。

このため見直しは先送りとなっている。
名古屋放送局ディレクター
大間千奈美 
2018年入局
国際番組部を経て名古屋局
LGBTQ、在留外国人などの人権問題に関心があり取材中
社会番組部ディレクター
村上隆俊 
2016年入局
徳島局を経て社会番組部
徳島局で阿波おどりなどを取材
現在「おはよう日本」担当
名古屋放送局記者
廣瀬瑞紀
2020年入局
名古屋局が初任地
県警や入管を担当
事件取材に日々駆け回る中、外国人との共生について取材中
World News部ディレクター
ロッド・マイヨール 
フランス生まれ、1993年入局
日本に住む外国人やマイノリティの課題について25年以上取材を継続