牛も脱炭素の時代!

牛も脱炭素の時代!
「牛のゲップに温室効果ガスが含まれる」ということはご存じですか?今、脱炭素社会を目指す中で、無視できない問題になっているんです。(経済部記者 川瀬直子/国際部記者 田村銀河)

“地球のために牛を食べない”

世界では「地球温暖化防止のために牛肉や乳製品を食べることを控える」という運動が広がっています。

ことし4月、アメリカの人気レシピサイト「Epicurious」は牛肉のレシピの新規掲載を取りやめると発表しました。その理由として、「世界で最悪の気候犯罪者の1人に出番を与えないため」と表現し、議論を呼んでいます。

「牛が環境に悪い」と言われる1つの原因が、牛の胃で発生し、ゲップとして出されるメタンです。「メタン」は二酸化炭素と比べて25倍の温室効果があると言われています。

世界中の牛などの胃腸から排出されるメタンの量は、年間20億トン(二酸化炭素換算)。温室効果ガスの実に4%を占め、一つの国の排出量に匹敵すると言われているのです。

ゲップのメタンを減らせ!

「牛を地球環境の悪者にさせない」。そう話すのは、国の研究機関、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の研究者たち。「メタンの排出が少ない牛」の研究を進めています。
専用の機械を使って牛から出る二酸化炭素やメタンなどの量を測定すると、牛によってメタンの量が大きく異なっていました。その秘密は、ゲップが発生する胃の中の細菌にあります。
牛の胃にはたくさんの細菌がいて、普通の動物が消化できない草などを分解して栄養を作っています。

この細菌にはいろいろなタイプがあり、牛がどのタイプの細菌を持っているかによって胃の中で発生するメタンの量が異なることがわかってきたのです。
今、「メタンの排出が少ない牛」が持つ細菌の特定を進めています。この細菌を別の牛の胃の中でも増やしたり、もともとこの細菌を多く持つ牛を交配したりすれば、「メタンの排出が少ない牛」を増やすことができるというのです。

農研機構では、ゲップに含まれるメタンの量を2030年までに25%、2050年までに80%、削減したいとしています。
真貝主任研究員
「メタンを出す量が少ない牛肉やミルクは、新しい付加価値になる可能性があり、できるだけ早い段階での実用化を目指したい。こうした商品がスーパーに並んだら、積極的に購入することで研究を後押ししてほしい」。

海外ではビジネスチャンスに

日本よりも牛肉の消費が比較的多い欧米でも、こうした“脱炭素牛”をめぐる研究は進んでいます。

国民一人当たりの牛肉の年間消費量が日本人の2倍以上の20キロ近くと、世界でも有数の「肉好き」のオーストラリアでは、国の研究機関や大学が早くから牛のゲップからメタンを削減する研究に取り組んできました。

これまでの研究で、「カギケノリ」という海藻の一種を牛のエサに少量混ぜることで、胃の中で発生するメタンをおよそ9割抑えられることがわかりました。

さらにこうした研究を使ったビジネスも始まっています。
スウェーデンのスタートアップ企業「ボルタ・グリーンテック」は「カギケノリ」のこうした特性に目をつけて、この海藻を牛のエサ用に養殖する事業を始めました。
現在、自社の施設で生産した「カギケノリ」をエサ用に粉末にし、ストックホルム近郊の農家に試験的に供給しています。今後はさらに生産を拡大し、本格的な商品化を進める計画です。

CEOを務めるフレドリク・オーケルマンさん(24)は、小さい頃から温暖化に問題意識を持つ中で、畜産分野での対策の遅れに気付いたことが起業のきっかけだったと話しています。
オーケルマンCEO
「再生可能エネルギーや蓄電池などの分野では技術の大きな進歩が進んでいる一方で、牛の脱炭素の取り組みをしている企業は少ないです。この事業には大きな意味があると思っています」

動き出した日本の農家も

「畜産農家にもできることがあるのではないか」。そう考えてみずから脱炭素への取り組みを始めた日本の農家もあります。

栃木県大田原市で2500頭の肉牛を育てる牧場を経営する齋藤順子さんです。

齋藤さんの牧場では、牛から出るふんを自社の施設ですべて堆肥にするなど、環境負荷の低減に努めてきたといいます。

ところが、牛からの排せつ物に含まれる一酸化二窒素は温室効果ガスの一種で、二酸化炭素の実に300倍もの温室効果があったのです。
そこで齋藤さんが始めたのは、エサを使った排せつ物の温暖化対策です。

農研機構と栃木県が試作したエサは、一酸化二窒素の発生の原因となるタンパク質を減らして作られていて、実験では温室効果ガスを半減させることに成功しました。

このエサを使って去年秋から半年間、18頭の牛を試験的に育てたところ、成長や肉質への影響も見られませんでした。
そこで環境に配慮した牛肉として販売したところ、問い合わせや注文が相次ぎました。

「畜産農家の取り組みを応援したい」という期待の声が寄せられ、齋藤さんは、エサのコストや肉の価格を抑えながら生産を続けたいと意気込んでいます。
齋藤さん
「環境に対して悪いからと、牛飼いをやめてしまうのは簡単ですが、畜産業を残すため、私たちができることを率先してやっていきたいと思います。研究所や他の農家と協力し、持続可能な畜産業を目指したいです」

牛にとっては?

この話題を先にテレビで放送した際、「人間の勝手で牛に負担を強いるのはどうなのか」という意見が寄せられました。

研究者たちに聞いたところ「今、取り組んでいるのは、牛が健康でいながらも温室効果ガスを減らすこと。牛と人が今までどおりいい関係を続けながら環境にも優しくなることを目指しています」とのことでした。

取材で出会った齋藤さんも「牛は本来、人が食べない稲わらを食べ、堆肥は畑を豊かにしてくれるんです」と話してくれました。

「人間の経済活動が原因」とされる地球温暖化を食い止めるため、“牛の手”も借りざるをえなくなった私たちですが、“人間の押しつけ”とならないよう、牛と人間と地球が共存できるいい関係を築きたいですね。
経済部記者
川瀬 直子
平成23年入局
新潟局、札幌局を経て現所属
農林水産行政を担当
国際部記者
田村 銀河
平成25年入局
環境分野を担当し、気候変動による世界への影響や、COP24、COP25を取材