イスラエル政府 ハマス側との停戦承認を発表

イスラエルとパレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスとの間で続いている攻撃の応酬について、イスラエル政府は20日、安全保障の閣僚らが出席した会議で停戦を承認したと発表し、ハマス側も停戦に応じるとしています。停戦は日本時間の21日午前8時から始まり、今後は停戦がどこまで守られるかが焦点です。

イスラエル政府は現地時間の20日夜、安全保障の閣僚らが出席した会議でハマス側との停戦を承認したと発表しました。

今回の停戦はエジプトが主導したもので、停戦のための前提条件は設けていないとしています。

これに対し、ハマス側も「イスラエルが守る限り、我々も応じる」としていて、停戦は、現地時間の21日午前2時、日本時間の21日午前8時から始まりました。

双方が停戦に応じる姿勢を示した形ですが、過去には停戦で合意したあとに攻撃が行われたこともあり、今後は停戦がどこまで守られるかが焦点です。

イスラエルとハマスとの間では、今月10日以降、ロケット弾や空爆などによる激しい攻撃の応酬が続き、死者の数はガザ地区で232人、イスラエル側で12人にのぼっています。

停戦をめぐっては、アメリカのバイデン大統領が19日、ネタニヤフ首相に対し、期限を設ける形で事態を収束させるよう促していたほか、エジプトやカタールなどによる各国の調停も大詰めを迎えていました。

エジプト国営通信「エジプトの提案で停戦に」

エジプトの国営通信は20日「エジプトの提案により、ガザ地区で双方が同時に停戦に入ることで合意した。停戦は現地時間の21日午前2時に始まる」と伝えました。

また、国営テレビによりますと、エジプトのシシ大統領は停戦が守られているかどうかを確認するためイスラエルとパレスチナに代表団を送るよう指示したということです。

バイデン大統領 関係国の対応を評価

アメリカのバイデン大統領は20日、ホワイトハウスで演説し、イスラエルのネタニヤフ首相と電話で会談したとしたうえで、イスラエルとハマスの双方が無条件で停戦に応じるとネタニヤフ首相が伝えてきたことを明らかにしました。

そのうえで「ネタニヤフ首相に対し11日間ほどで衝突を終える決断をしたことを称賛した」と述べるとともに、アメリカと停戦に向けた外交努力をしてきたエジプトなど関係国の対応を評価しました。

バイデン大統領 エジプト大統領と事態の収束に向け協議

アメリカ ホワイトハウスのサキ報道官は、バイデン大統領がエジプトのシシ大統領と電話で会談し、事態の収束に向けた協議を行ったことを明らかにしました。

エジプトはこれまでもイスラエルとハマスによる衝突の仲介役を務めていてバイデン大統領としては停戦に向けた働きかけをさらに強化した形です。

一方、バイデン大統領が19日、イスラエルのネタニヤフ首相と電話会談した際「きょう大幅に緊張が緩和することを期待している」と伝えたのに対して、ネタニヤフ首相は「平穏と安全を実現できるまで、作戦を続けるつもりだ」と述べました。

これについて記者団から「バイデン大統領は緊張が大幅に緩和したと受け止めているのか」と質問されると、サキ報道官は「日々の動きを評価することはしない。戦闘を終わらせるためにわれわれは水面下での集中的な外交を続けていく」と述べるにとどまりました。

停戦に向けた各国の動きは

今回の攻撃の応酬では、イスラエルと関係が深いアメリカのほか、イスラエルとパレスチナの双方とつながりのある中東のエジプトやヨルダンなども水面下で仲介に向けた外交を展開してきました。

このうちアメリカのバイデン政権は14日、イスラエルに国務省の高官を派遣し、現地メディアによりますとイスラエル政府の閣僚やパレスチナ自治政府のアッバス議長らと相次いで会談し、事態の沈静化を働きかけました。

一方攻撃の応酬が始まった当初は「今のところ過剰な反応はみられない」と述べるなど、イスラエルの攻撃に一定の配慮も示しネタニヤフ首相も「イスラエルの自衛権への支持に感謝する」として、アメリカの後ろ盾を背景にガザ地区への攻撃を続けました。

ただ、バイデン大統領は19日、攻撃が始まってから4度目となったネタニヤフ首相との電話会談で「きょう、大幅に緊張を緩和するよう期待している」と伝え、期限を示して対応を迫っていました。

一方、中東の国ではエジプトのシシ大統領とヨルダンのアブドラ国王が18日、フランスのマクロン大統領と会談し停戦に向けた具体的な提案を検討するため、協議を開始していました。

こうした中、ハマスの幹部は、中東メディアが19日に伝えたインタビューで「停戦に向けた努力は成功するだろう。双方の合意により、数日のうちに停戦が実現すると期待している」と述べて、近く停戦する可能性があるという見方を示していました。

またイスラエルのメディアも政府の高官の話として、近く停戦する見通しであるという見方を伝えていました。

国連総会でも即時停戦求める声相次ぐ

イスラエル政府が閣議でパレスチナの武装勢力との停戦を承認したのに先立ち、ニューヨークの国連総会で開かれた会合では、即時停戦を求める声が相次ぎました。

会合は、チュニジアとニジェールの要請を受けて20日、ニューヨークの国連総会議場で開かれ、国連のグテーレス事務総長が「すべての当事者がただちに戦闘をやめることをあらためて呼びかける」と述べたのをはじめ各国の代表からも停戦を求める声が相次ぎました。

アメリカのトーマスグリーンフィールド国連大使は「イスラエルが衝突を収束させる方向に動き始めていると信じている。ここ数日のうちに緊張が大きく緩和されることを期待している」と述べ、アメリカが関係国との間で行ってきた停戦に向けた協議が大詰めを迎えていることを明らかにしました。

この日の会合では、停戦がいつどのような条件で実現するかが最大の関心事となっていました。

イスラエルとパレスチナ 対立の歴史

双方の対立の歴史は1948年のイスラエルの建国までさかのぼります。

イスラエルの建国が宣言された直後、エジプトなど周辺のアラブ諸国が宣戦布告し、第1次中東戦争が勃発しました。

この戦争によって多くのパレスチナ人が住む家を追われ、難民となりました。

その後、1967年の第3次中東戦争では、イスラエルは当時ヨルダン領だった東エルサレムやヨルダン川西岸、それにエジプト領だったガザ地区を占領し、エルサレムの全域を支配下に置きました。

パレスチナをめぐってイスラエルとアラブ諸国は四半世紀の間に4度にわたって戦火を交えました。

パレスチナでは、アラファト議長率いるPLO=パレスチナ解放機構が、イスラエルに対する武力闘争の先頭に立つようになり、1987年にはパレスチナ人が投石などで占領に抵抗する民衆蜂起「インティファーダ」が広がりました。

双方の対立で多くの人たちが犠牲となる中、1993年に電撃的に発表されたのが、暫定自治合意いわゆる「オスロ合意」で、イスラエル軍は、パレスチナから段階的に撤退し、暫定自治政府に行政や治安の権限移譲が始まりました。

しかし和平交渉は難航し、パレスチナでは、イスラエルの存在を認めないイスラム原理主義組織ハマスが台頭し、自爆テロと武力弾圧という暴力の応酬となりました。

こうした中、イスラエルは2002年、治安維持を名目にヨルダン川西岸で分離壁や検問所の建設を始め、ガザ地区でも高い塀やフェンスを建設して人やモノの厳しい封鎖を続け、ガザ地区は「天井のない監獄」と呼ばれるようになりました。

2008年には、ハマスによるロケット弾を阻止することを理由に、イスラエル軍がガザ地区への大規模な空爆と侵攻作戦を行い、市民を含む1300人が死亡し、2014年には、ハマスがガザ地区とイスラエルを行き来するトンネルの破壊を理由に再びガザ地区へ侵攻し、市民を含む2200人が死亡しました。