因縁の相手と… 青森の地銀再編 何が背中を押したのか

因縁の相手と… 青森の地銀再編 何が背中を押したのか
長年、地域のトップバンクの座をめぐり激しい競争を繰り広げてきた青森県の青森銀行とみちのく銀行。“因縁の相手”と言われてきた地方銀行どうしが、経営基盤を強化するため来年4月をめどに持ち株会社を設立し、その後合併に向けた協議を進めることで基本合意した。当初、統合に慎重な姿勢を見せていた2つの銀行の背中を押したものは、一体何だったのか。(経済部記者 白石明大 青森放送局記者 佐野裕美江)

5月14日 “因縁の相手”との会見

「ついにこの日が来たか」

そこにいた多くの人がこう思ったに違いない。

5月14日の夕刻から始まった青森銀行とみちのく銀行の両頭取による記者会見。会場となった青森市内の広い貸し会議室には赤いじゅうたんに金びょうぶが用意され、まるで婚約発表の記者会見のような祝賀ムードが演出されていた。

両行の頭取が順番に会場に入って席につくと、マスクを外して互いににこやかな笑顔を見せた。

両行のトップが強調したのは、地域経済の厳しさ、そして地域のための統合だ。
青森銀行 成田頭取
「切磋琢磨してきた両行が地域のためにという志で、まず一歩を踏み出せたことに大きな意義がある。われわれのおかれている環境は厳しい。この地域で金融インフラを維持していくためには、両行が体力があるうちに形をつくりあげることが大切だ」
みちのく銀行 藤澤頭取
「地域経済の状況が厳しくなればなるほど、地銀に求められる役割、果たすべき責任はどんどん大きくなる。地域の課題解決に取り組んできた両行が一緒になることが、最も地域や顧客のためになる。新たな歴史の第一歩を踏み出すことになる」
トップどうしが並んで会見する姿に、それぞれの銀行の行員も強く心を動かされるものがあったという。

というのも、青森銀行とみちのく銀行の仲の悪さは、地銀業界でも有名でまさしく「因縁の相手」でもあったからだ。

トップの座をめぐる熾烈な争い

その最大の理由は、地域のトップバンクの座をめぐり2つの銀行がしれつな争いを繰り広げてきたことにある。

青森銀行が支店を出すと、その隣にみちのく銀行が支店を出す。

両行の競争の激しさを物語るエピソードだ。両行の規模にあまり差がないことも、競争が激化した要因とされている。
青森銀行関係者
「競争相手であるみちのく銀行はもともと青和銀行を母体に、弘前相互銀行と合併してできているから、歴史的に見ても青森銀行に追い付け追い越せの姿勢。青森銀行が貸せないところにみちのく銀行が貸す。その分、引当金も大きくて不良債権が出ての繰り返し。そうやって競ってきた」
みちのく銀行関係者
「みちのく銀行は歴史も浅く、不祥事などの歴史もあって下に見られがち。青森銀行は自治体との取引であぐらをかいているが、中小企業への融資に力を入れて、真に地元企業を支え、そして数字でも証明しているのはみちのく銀行だ」
取引先の企業も両行の間のしれつな争いを肌で感じてきた。

両行とも取り引きがあるという、青森市の建設会社の経営者がその内情を明かした。
建設会社の経営者
「取引先のメインバンクが違う場合、銀行が文句をつけてくることもあった。時に取引先のメインバンクが同じであることが融資条件になることもあった」

風向きを変えた報告書

しかし、激しい競争を繰り広げる両行の関係も数年前から徐々に変化がみられるようになっていた。

きっかけの1つが、2018年に金融庁の有識者会議が出した「地域金融の課題と競争のあり方」という報告書だ。

全国の都道府県ごとに、存続可能な地方銀行の数が示されているが、青森は「1行単独でも不採算」な地域とされ、厳しい地銀の将来像が突きつけられることになった。
背景にあるのは、青森県が置かれた厳しい経済環境だ。

2行が地盤とする青森県は、人口減少率が秋田県に次いで全国ワースト2位。2045年には大正時代(1925年)と同程度の規模にまで人口が減少すると見込まれている。

その後両行は、2019年10月に包括連携の検討開始を発表し、ATM=現金自動預け払い機の相互運用などコスト削減の部分で両行での協調策を模索してきた。

両行の歩み寄りに拍車をかけたのが新型コロナウイルスだ。

経済活性化の期待を集めていた外国人旅行者の姿はほとんど見えなくなり、観光や飲食などサービス産業を中心に青森の地域経済も大きな打撃を受けている。両行が激しいつばぜり合いを演じる状況ではなくなりつつあった。

いずれ共倒れになる

今回の統合には、銀行固有の事情もある。2009年にみちのく銀行に注入された200億円の公的資金の返済だ。

その期限は、3年後の2024年9月。ことし3月期の決算で返済の原資となる利益剰余金は192億円だ。

公的資金を返済し、そのうえで、金融庁が銀行に求める水準の自己資本比率を維持し続けるのは非常に厳しい状況だった。
一方の青森銀行も、地域経済の衰退が進む中で、地域と銀行の将来を考えれば、これ以上、みちのく銀行としれつな戦いを続ける余裕はなくなっていた。

「このまま競争を続けていてはいずれ共倒れになる」

青森銀行の成田頭取とみちのく銀行の藤澤頭取が“雪どけ”を決めた理由に、こうした思いがあったのは想像に難くない。

関係者によると、ことし3月中旬までには、両行は経営統合協議の基本合意の発表に向けて動き出していたという。頭取以下のごく少数の人間による水面下の協議は5月の発表日のギリギリまで続けられていた。

下がった統合のハードル

今回、両行が統合の合意に至った背景には、もう1つ、去年11月に施行された独占禁止法の特例法の存在がある。
「地銀の数は多すぎる」と発言した菅総理大臣の下で、政府が法整備を進めてきた。

独占禁止法を所管する公正取引委員会は、地銀の合併や統合で、地域内で「寡占」状態が生じるおそれがあると判断した再編には「待った」をかけ、場合によっては統合を認めないこともできる。

しかし特例法が施行されたことで、合併などによって地域での貸出シェアが高くなっても、一定の条件を満たせば独占禁止法の適用を除外できるようになった。統合のハードルが下がったのだ。

背景にあるのが、長崎県でライバルどうしだった親和銀行と十八銀行の合併だった。

県内の貸し出しシェアが7割に達することから、公正取引委員会が「待った」をかけ、統合時期が当初の計画よりも2年以上後ろ倒しになる事態になった。
今回の青森のケースも、統合後の貸し出しシェアは76%となり、公正取引委員会から「待った」がかかるケースだ。しかし、新たな法律を利用すればそのハードルはクリアできる。

青森銀行とみちのく銀行は、特例法の適用を金融庁に申請する方針だ。

再編加速のきっかけに?

金融庁の幹部は、今回の統合をどう見ているのか。

青森のケースは、これまで進んでこなかった同一県内の地銀再編が加速するきっかけになると評価している。
金融庁幹部
「独占禁止法がハードルになり、これまで同じ県内の地銀再編はギリギリの救済でないと進んで来なかった。今回の青森で独占禁止法特例法が適用できたとなれば、銀行経営が苦しくなる前に、地銀が将来を考えてより一層動きやすくなる」
全国地方銀行協会の大矢恭好会長も青森の再編を「銀行の選択肢が増えたというのは事実」と述べ、今後の地銀再編が加速する可能性を示唆した。
全国地方銀行協会 大矢会長
「選択の幅が広がって再編をするという銀行が今後、増えるという可能性はある。ただ大切なのは再編はあくまで手段で、その目的は、地域経済の活性化、サポートのために体力をつけることだ」

相次ぐ地銀再編の動き

偶然かどうか分からないが、5月14日は青森も入れて地銀の再編がらみの動きが3つ相次いだ。

福井銀行は、福邦銀行の子会社化をすることで最終合意したと発表。

茨城県の筑波銀行は、ネット金融大手SBIホールディングスと資本提携で合意し、異業種との連携で地域金融機能を強化する。関係者によれば、筑波銀行は競争相手だった隣県の東和銀行とも連携して北関東地域の事業者支援を強化する方向に動き出すという。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響が長期化し、売り上げが回復せず資金繰りに行き詰まる地域の企業が今後増えるおそれがある。

目先の競争ではなく、良きパートナーとして地域の金融機関は連携して地元企業を支えることができるのか。いまほど、その在り方が問われている時はない。
経済部記者
白石 明大
2015年入局
松江局を経て経済部
2019年9月から金融庁や地方銀行を取材
青森放送局記者
佐野 裕美江
2016年入局
本州最北端の支局を経て現在、青森県政と経済を担当
家賃支払いなどのため両行に口座を保有