WEB特集

その登山、大丈夫ですか?~身近な山にも潜む“遭難”リスク~

「新型コロナウイルスで自粛が続き、ストレスもたまっているので登山に行ってみたい」
そう考える人も多いのではないでしょうか?
去年の春から続くコロナ禍は、登山にどのような影響を与えてきたのか。調べてみるとコロナ禍ならではの傾向、そしてリスクが見えてきました。キーワードは「初心者」そして「低山」です。(映像センターカメラマン 岡部馨/政経・国際番組部ディレクター 安食昌義/横浜局カメラマン 鳥越佑馬)

去年春に呼びかけられた「登山自粛」

「山岳スポーツは厳に自粛を」

最初の緊急事態宣言が出された去年4月、山岳に関係する4つの団体(日本山岳・スポーツクライミング協会/日本勤労者山岳連盟/日本山岳会/日本山岳ガイド協会)が共同で声明を発表しました。

移動に伴う感染拡大のおそれがあることから、大型連休をはさんだ5月下旬までの期間、登山そのものを自粛するよう呼びかけたのです。

2020年 一部の山で登山道や山小屋が閉鎖に

自粛期間後も例年20万人以上が登る富士山では5合目より上のすべての登山道が閉鎖されました。

また南アルプスでは、一部で登山道の利用が自治体によって禁止され、さらに、北アルプスや八ヶ岳、尾瀬などのエリアでも一部の山小屋が閉鎖、「夏山診療所」も多くの施設が開設を断念したり、診療態勢を縮小したりするなど、2020年は、登山者の安全に関わる施設も大きな影響を受けました。

こうした状況のなか、登山者はどのような行動をとっていたのでしょうか。

ビッグデータで読み解くコロナ禍の登山

NHKでは、多くの登山愛好家が活用する登山アプリ「YAMAP」のビッグデータをもとに、2020年のコロナ禍での登山者の動きを分析しました。

アプリは登山中の移動ルートや距離、標高などの位置情報を記録できるもので、現在、およそ230万人が利用しています。

運営している会社と協力して、個人情報がわからない形で登山者の行動記録を分析すると、新型コロナウイルスの感染が拡大する前と後で登山者の行動に大きな変化がみられました。

登山初心者の増加

まず見えてきたのは「登山初心者」の増加です。

新たにアプリの利用を始めた人の登山経験を、去年とおととしのデータで比較しました。

登山経験年数が「1年未満」の人は、おととしは36.6%と、およそ3人に1人の割合でした。
これに対して、去年は50.6%。
およそ2人に1人と、コロナ禍の去年、登山経験の少ない人が増えていました。

“低山”に集まる登山者

さらに、どんな山に登山者が集まったのか分析を進めました。
こちらは、アプリの利用者が登った山の標高別の割合です。

おととしに比べて去年は、2000メートル以上の比較的高い山に登る人の割合が減少しています。
登山の禁止や自粛が呼びかけられた影響と見られます。

一方で、1000メートル未満の比較的低い山に登る人の割合が増えていました。
また、登山するために移動した距離にも変化が出ていました。

登山アプリをダウンロードした場所と、訪れた山の場所のデータを基にその距離を比較しました。

その結果、100キロ以上離れた山に行く人の割合が減少。
一方で、50キロ以内の山に行く人の割合が増えていました。

ビッグデータの分析から、コロナ禍では、「遠くて高い山」から「近くて低い山」、いわゆる身近な山が選ばれていたことが分かってきました。
YAMAPデータサイエンティスト 斎藤大助さん
YAMAP 斎藤大助さん
「低山に登る人の増加傾向がはっきり出た。やっぱりコロナに伴う社会的な状況の変化。気軽に散歩のちょっと延長ぐらいで行ける山に登る方々が顕著に増えている」

“低山”で高まるリスク

登山者が集まった“身近な山”で何が起きていたのか。
神奈川県の大山(おおやま、標高1252m)を取材しました。

大山は、東京都心から最寄りの駅まで電車でおよそ1時間と都心からのアクセスもよく、中腹までケーブルカーが通じていることもあって、首都圏などから多くの登山者が訪れる人気の山です。

ビッグデータで大山の山頂に立ったアプリ利用者の数を調べたところ、おととしの7646人に対して去年は1万2923人と、1.6倍以上に増えていました。
神奈川県伊勢原市に「まん延防止等重点措置」が実施される前の4月、登山者に大山を訪れた理由を聞いてみました。
「コロナで運動不足。一度山に登ってみたいと思った」
「ショッピングモールはだめでも山ならいいかな」
「気分転換に手頃な山」
訪れる登山者が増加する一方で、相次いで発生していたのが遭難です。

大山を管轄する神奈川県警・伊勢原警察署によりますと、去年、大山周辺で発生した山岳遭難は45件と過去10年で最も多くなっていました。

大山への入山時刻を分析

なぜ遭難が増えたのか?アプリの利用者が大山を登り始めた時間を分析しました。
登山は早朝から山に入り、昼すぎには下山するのが一般的です。
下山が遅くなると周囲が暗くなり、危険だからです。

分析の結果、多くの人は午前中に登りはじめていましたが、データでは午後になってから入山した人が一定数いることも示していました。

ここに遭難のリスクがあったのです。

日没であわや遭難に

田中康志さん
去年9月から山登りを始めた田中康志さんです。

感染状況が比較的落ち着いていた去年11月、午後から大山に登ったところ、山の中で日が暮れてしまい遭難しかけたといいます。
自らの経験と教訓を伝えたいと取材に応じてくれました。

田中さんが山に入ったのは午後2時半すぎ。
地図のコースタイムどおりに歩けば日が暮れる午後5時前に下山できると考えていました。

ところが、急いで歩いたことでひざを痛め想定よりも時間がかかり、下山の途中で日が暮れてしまいました。
田中康志さん
「日が落ちるとどうなるかということに関して全く何も考えていなかった。本当に身動きがとれないって事にそこで初めて気付いた」
その時、持っていたのは、雨具と軍手だけ。
ヘッドライトも食料もなく、水もほぼ飲みきっていました。

暗闇の中、スマートフォンのライトで足元を照らしながら歩き続けること2時間余り。
自力で下山した時には午後7時を過ぎていました。
田中康志さん
「低山の1200mだったら軽いだろう、もうそれがあった。2時半に登ろうと思った時に、そこでもう一回考えなきゃいけなかった」

コロナ自粛の運動不足が思わぬ事態に

大山をよく知る登山者でも、遭難につながりかねないケースがありました。
毎月のように登山をしていた男性です。
地元の大山にも繰り返し登っていましたが、感染の拡大後は登山を控えていたといいます。

再び大山に登ったのは去年11月。10か月のブランクがありました。

久しぶりの大山で、下山中に足がつって動けなくなってしまいました。

休憩をとりながら、痛む足を引きずってなんとか下山できましたが、コロナ禍で衰えていた自分の体力を見誤ったと考えています。
男性
「思ったよりも体力が落ちていました。だめそうだなと思ったら途中でも帰るなど気をつけようと思います」
こうした大山での遭難増加について、警察は、コロナ禍で経験の浅い登山者が増えたことに加えて、「身近な山」という登山者の気の緩みがあるのではないかと見ています。
伊勢原警察署山岳遭難救助隊 北条保徳さん
伊勢原警察署 北条保徳さん
「ハイキングの延長で山に登ろうという人も非常に多くなっていまして安易に登山をされる方が増えてきています。正直なところ(準備が)足りていない」

どうなる ことしの登山は

「遠くて高い山」から「近くて低い山」、いわゆる身近な山が選ばれていた去年の登山。
ことしはどうなっていくのでしょうか。

去年の春、一時的な登山の自粛を呼びかけた各山岳団体は、ことしは、登山という行為そのものを自粛する必要はないとしながらも「登山活動は地域の状況に応じて行い、医療体制がひっ迫するなか、山岳遭難事故で負担をかけることを極力避けるためにも、技術・体力などに余裕を持った計画を」と呼びかけています。
一方で各地で感染の拡大が続き、緊急事態宣言が発出されている都道府県では、▽都道府県をまたぐ移動は極力自粛、▽日中についても不要不急の移動は自粛するよう呼びかけられているほか、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置に該当しない地域でも、▽感染が拡大している地域への不要不急の移動は極力控えるよう要請が出されています。

専門家は、低い山でも、遭難や体調を崩すリスクがあることを自覚することが必要で、さらにコロナ禍の今は、感染に対するリスクも加わっていることを理解したうえで行動すべきと指摘しています。
日本山岳ガイド協会 ファーストエイド委員長 伊藤岳医師
日本山岳ガイド協会 伊藤岳さん
「いきなり高い山にチャレンジするよりは、標高が低い“身近な山”でハイキングや散策から入ることは決して悪いことではないと思います。しかし、低くて身近な山にもリスクがあることを十分に認識することが重要です。さらに登山には必ず行き帰りの『移動』が伴い、コロナ禍にあるいまは、感染のリスクも加わるということも考えなければいけない。もう一度、登山する中での行動の一つ一つ、行き帰りのことまでも考えて慎重に行動していただきたい」

まとめ

これから夏山登山のシーズンを迎えますが感染の拡大は続いています。
まず優先すべきはコロナ対策であり、自治体などの要請に基づいて行動することが大切です。

そして、身近な低い山にもさまざまなリスクがあります。

登山者一人ひとりにより一層、慎重な備えと判断が求められる夏になると思います。
映像センター カメラマン
岡部馨
平成19年入局
大学では山岳部に所属
室蘭局、長野局などで山の取材に取り組む
現在はコロナ禍の山を継続的に取材

政経・国際番組部ディレクター
安食昌義
平成25年入局
高校から登山を開始
札幌局、旭川局を経て現在ニュースウオッチ9を担当
北海道ではハイカーと共に3週間山を歩き続けて取材した経験も
横浜局カメラマン
鳥越佑馬
平成23年入局
和歌山局、大阪局を経て現職
スポーツや山の話題を幅広く取材
最近3歳になった息子と早く山登りをしたい

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