“禎子さんの折り鶴”を再現へ

“禎子さんの折り鶴”を再現へ
広島で被爆した少女が病気で亡くなる直前まで折り続けた折り鶴。今も120羽が現存していますが、紙の劣化が進んでいます。この折り鶴を最新の技術で再現しようというプロジェクトが進められています。「平和への思いを後世に伝えたい」と始まった活動を追いました。(広島放送局福山支局記者 後藤祐輔)

進む折り鶴の劣化

少女は、広島市の平和公園にある「原爆の子の像」のモデルとなった佐々木禎子さん。76年前の8月6日、爆心地から1.6キロの自宅で被爆しました。

当時、けがはなかったものの、10年後に白血病が発症、12歳で亡くなりました。

入院していた禎子さんは病気と闘いながら、回復を願って折り鶴を折り続けました。折り鶴は“平和を願う象徴”として世界中に知られるようになりました。

禎子さんは病床で、あめや薬の包み紙などを使って1600羽もの鶴を折ったとされていますが、現在残っているのは120羽ほど。
禎子さんの家族は、この折り鶴を平和の発信に役立ててもらおうと広島市の原爆資料館をはじめ国内外の博物館などに寄贈してきました。

しかし、60年以上の年月がたち、禎子さんの兄の佐々木雅弘さん(79)は、「紙の劣化」が進んでいることに強い危機感を抱いていました。
佐々木雅弘さん
「長年、世界の必要なところに折り鶴を届ける活動を続けてきましたが、どこへでも送ることはできませんし、永久的な保存もできません。活動の限界を感じ始めていました」

リアルに再現する技術

こうした中、兄の雅弘さんのもとに折り鶴を金属で再現したいと持ちかけた会社があります。

広島県福山市の精密部品メーカー「キャステム」です。独自の鋳造技術に強みを持ち、航空機や鉄道車両から胃カメラまで、高い精度が求められる部品を手がけています。
しかし、他社との価格競争が年々厳しくなる中、みずから商品づくりに携わろうと、5年前から金属の置物やキーホルダーづくりに乗り出してきました。

これまで作ってきたのは、ボクシングの世界チャンピオンの拳や城のしゃちほこなど。血管やしわなどの細かな部分まで忠実に再現していると、そのリアルさが評価されてきました。

手応えを感じた社員の間から「広島で育ち、広島にある企業として、この技術で平和の発信に役に立ちたい」という声があがったといいます。
池田さん
「禎子さんの折り鶴を、間近でみる機会は限られていますし、手に触れることもできません。金属で折り鶴を再現して多くの人に手に取ってもえるようになれば、当時、何があったのか関心を持ってもらい、平和を考えるきっかけになるのではと考えました」

紙の質感にこだわり

ことし1月、雅弘さんから幅1.5センチほどの折り鶴を託され、プロジェクトがスタートしました。

紙の質感や折り目、しわなど折り鶴から感じ取れる禎子さんのぬくもりを再現できるのか。会社としても、ここまで小さく、薄い素材を再現するのは初めての挑戦でした。
まず行ったのは、折り鶴の形状を正確に把握すること。3Dスキャンで前後左右あらゆる角度から読み取り、いくつもの立体的なデータを集めました。

影になって読み取りにくい部分もあることから、複数のデータをつなぎ合わせることで紙の表面のざらつきや細かな凹凸も浮かび上がらせていきました。
次にこのデータをもとに、3Dプリンターを使って、金属を流し込むための原型を作っていきます。

しかし、あまりの薄さに、羽の部分に穴が開いたり、先端が変形したりと、うまく形が作れませんでした。機械の種類を変え、あえて一回り大きく作るなどして改善点を探っていきました。

さらに、下から層を徐々に積み重ねることで形を作り上げる3Dプリンターは、この積み重ねた層=積層が表面の質感に大きな影響を及ぼすため、作り始める場所を頭や羽、それに尾と、少しずつ角度を変えながら試作を繰り返しました。
試作品は50を超えました。作っていく過程で池田さんは、紙の折り鶴を全く素材が違う金属で再現することに意味があるのだろうか、と悩むこともあったといいます。

だからこそ、紙の細かな質感まで表現することにこだわりました。
池田さん
「折り鶴は小さいながらもすごくしっかりと折り目がついています。病と闘いながらどんな気持ちで折っていたのかが伝わるものを作りたいと思いました。もっといい方法はないのかと何度も意見を出し合いながら、持てる技術を尽くしました」

平和の思いを届ける

2か月以上かけて、ようやく原型が完成。原型を手に取った福岡県に住む兄の雅弘さんは…。
佐々木雅弘さん
「すばらしいのひと言です。禎子が折った当時のそのままの折り鶴が本当によみがえっていると感じました。材質にかかわらず禎子の思いを受け取ってもらえるのではないか。平和の発信が金属の折り鶴からでも十分に、そして永遠にできると思っています」
折り目やしわがくっきりと再現され、禎子さんが触れた痕跡が見て取れると、雅弘さんにも太鼓判を押してもらえました。
会社では、この折り鶴をキーホルダーやアクセサリーにして販売することにしています。売り上げの大半は平和への取り組みにつながるよう寄付するということです。

被爆から75年以上がたち、被爆者の高齢化が進み、直接、証言を聞くことは年々難しくなっています。さらに、新型コロナウイルスの影響で広島を訪れる人も激減しています。

こうした中で、生まれ変わった折り鶴を手に取った人が、禎子さんの思いに触れ、平和を考えるきっかけになることを願っています。
広島放送局記者
後藤祐輔
平成24年入局さいたま局、鹿児島局を経て2020年夏から福山支局