建設アスベスト集団訴訟 きょう最高裁判決 統一的判断示すか

全国各地の建設現場でアスベストを吸い込んで肺の病気になったとして、およそ1200人の元作業員と遺族が国と建材メーカーに賠償を求めている集団訴訟で17日、最高裁判所が初めて判決を言い渡します。
今後もアスベストの健康被害を訴える人が増えるとみられる中、最高裁が被害の救済につながる判断を示すかが焦点です。

全国各地の建設現場で建材のアスベストを吸い込んで肺がんや中皮腫などの病気になったとして、およそ1200人の元作業員と遺族が国と建材メーカーに賠償を求めた集団訴訟は、平成20年から全国の裁判所に相次いで起こされました。

このうち、横浜、東京、京都、大阪の4つの地裁に起こされた裁判について、17日、最高裁判所が、初めてとなる判決を言い渡します。

双方の上告に対し、最高裁は去年12月以降、一部については上告を退ける決定をして、国や建材メーカーの賠償責任を認めましたが、理由は明らかにしていません。

このため、17日の判決で、初めて統一的な判断を示すとみられています。

建設作業員のアスベスト被害をめぐっては、今も毎年、およそ500人から600人の元作業員が労災認定を受けたり、遺族が給付金を支給されたりしていますが、発症までの潜伏期間が長いことから、健康被害を訴える人は今後も増えるとみられ、被害の救済につながる判断となるかが焦点です。

判決は午後3時に言い渡されます。

建設アスベスト集団訴訟の経緯

建設現場でアスベストの健康被害を受けたとして元作業員などが国や建材メーカーに賠償を求めた集団訴訟は、平成20年に最初の訴えが東京と横浜の裁判所に起こされました。

弁護団によりますと、これまでに全国で17件の集団訴訟が起こされ、訴えている元作業員と遺族は、およそ1200人にのぼります。

元作業員たちは、国がアスベストの危険性を認識しながら、保護マスクの着用を義務づけることや、アスベストを使った建材の製造を禁止するといった安全対策を怠ったと訴えたほか、アスベストを含む建材を製造していたメーカーに対しても、危険性を警告する義務を怠ったと主張しています。

平成24年に東京地裁が国に賠償責任があると初めて認めた後、全国各地の地裁や高裁で同様の判決が相次ぎました。

また、建材メーカーの賠償責任については、平成28年に京都地裁で初めて認められました。

京都地裁は、業界内でのシェアが高かったメーカー9社に賠償を命じる異例の認定基準で賠償責任を認め、この判決のあとは、同じような基準でメーカー側に賠償を命じる判決が各地で続いています。

最高裁での審理状況

このうち最高裁判所第1小法廷には、横浜、東京、大阪、京都の地裁に起こされた4件の集団訴訟が上告されていました。

この4件は、2審でいずれも国の責任が認められていて、東京、大阪、京都の3件について最高裁は、去年12月以降、国の上告を棄却する決定をし、国の賠償責任がすでに確定しています。

また、一定以上のシェアがあった複数の建材メーカーに賠償責任があるとした判断も、一部で確定しています。

一方、最高裁は、残りの元作業員について元作業員側と国、それにメーカーの上告を受理し、去年10月以降、双方の意見を聞く弁論を開いてきました。

「国が対策を怠った時期」「賠償責任の対象」が争点

最高裁の審理で主な争点となったのは、国がアスベストの危険性を認識しながら、吸い込みを防ぐマスクの着用を義務化するなど必要な対策を怠った時期がいつからいつまでなのかや、個人で仕事を請け負い現場で働いてきたいわゆる「一人親方」も労働者とみなして国の賠償責任の対象に含まれるかどうかでした。

最高裁は判決で、これらの争点について、統一的な判断を初めて示すものとみられます。

最高裁の判決は、全国各地で続いている集団訴訟に影響を与えるほか、国が検討している被害者の救済策にも影響を与える見通しです。

アスベストによる健康被害 全貌は不明

アスベストによる健康被害は、アスベストが広範囲にわたって大量に使われたことや、肺がんや中皮腫を発症するまでの潜伏期間が長いことなど、その特殊性から、被害の全貌が分かっていません。

今後も被害者が増え続けて数万人に上り、国内最悪の規模の健康被害になるとみられています。

長い潜伏期間 “静かな時限爆弾”

アスベストは繊維が極めて細かく、肺に大量に取り込まれると、蓄積していき、肺がんや中皮腫などを発症することが分かっています。

発症までに10年から数十年という長い潜伏期間がある一方、発症すると1年から2年といった短期間で亡くなる人も多いことから、「静かな時限爆弾」と呼ばれています。

弁護団によりますと、裁判に訴えた元作業員のうちおよそ7割がすでに亡くなっているということです。

被害に気がつかないまま何の補償も受けずに亡くなった人も多いとみられ、今は症状が無くても今後、発症するおそれがあり、被害者は数万人に上るとみられています。

被害は広範囲に

アスベストは、断熱性能にすぐれ、価格も安い建材として、長年にわたって全国の多くの建物で使われました。

アスベストを製造していた建材メーカーの工場の従業員などの健康被害については、平成26年に最高裁が国の賠償責任を認め、賠償金が支払われてきました。

製造工場のアスベストよりも被害の規模が大きいのが、今回、争われている建設現場のアスベスト被害です。

平成18年にアスベストの製造や使用が全面的に禁止されるまで、多くの作業員が全国の建設現場や解体工事の現場で、大量のアスベストにさらされました。

水俣病や四日市ぜんそく、イタイイタイ病などの「4大公害病」が特定の地域に被害が集中したのとは異なり、アスベストは全国で使用されたうえ、当時の建設現場の状況や使用された建材をすべて特定するのは難しく、被害の全体像の解明は困難とされています。

増え続ける被害者

厚生労働省や環境省のまとめによりますと、アスベストによる健康被害で労災と認定された元作業員や給付金を受けた遺族は、これまでに合わせて3万1000人余りに上っています。

アスベストの健康被害で労災と認定される人はいまも毎年1000人余りいて、業種別で最も多いのが建設業に関係した人たちで、およそ500人から600人で推移しています。

早期救済求める声

建設現場のアスベスト被害をめぐっては、平成20年に初めて集団訴訟が起こされてから13年がたち、この間、多くの原告が補償を受けることがないまま亡くなってきました。

今回の最高裁の初めてとなる判決で、司法による被害者の救済の動きは1つの区切りを迎えます。

一方、弁護団は、裁判を起こさなくても速やかに補償を受けられる制度を設けるよう求め続けています。

判決に先立って、去年12月の最高裁の決定で国の賠償責任が確定したことを受けて、国は、被害者の救済策の検討を進めています。

また、自民・公明両党の対策チームも国に対し、全国の裁判で訴えている元作業員などに和解金を支払うよう求めるとともに、裁判に参加していない被害者にも給付金を支給する制度の創設を目指すとしています。

今後は最高裁の判断を踏まえ、どのような救済策を取るのかに焦点が移ることになります。

原告の女性「『2人を返してほしい』それだけ」

原告のひとりで埼玉県に住む大坂春子さん(77)は、2003年に夫の金雄さん(当時65)を、そして2014年には息子の誠さん(当時46)を、アスベストが原因のがん、「中皮腫」で相次いで亡くしました。

大坂さんは、家族で大工を営んでいましたが、2002年に突然金雄さんが体の激しい痛みを訴え急激に病状が悪化して、2003年5月に亡くなりました。

金雄さんは春子さんに「俺はただ、仕事は真面目に、一生懸命にやってきたつもりだよ。でもなんでこんな病気になったんだろうね」と話し、無念の気持ちを吐き出したと言います。

金雄さんが亡くなったあと、春子さんを支えてくれた息子の誠さんも、およそ10年後、同じように突然体の痛みを訴え、「中皮腫」と診断されました。

2014年3月に、46歳の若さで亡くなった誠さんは、春子さんに「俺まだ死にたくない」、「まだまだいっぱいやりたいことある」と話していたと言います。

中皮腫で亡くなった金雄さんや誠さんと同じ現場で働いていた春子さん自身も、「いつ自分が発症するか分からない」という恐怖と向き合っています。

しかし、亡くなった2人のためにもまだ病気にはなりたくないという思いがあると言います。

2008年に提訴した、金雄さんの裁判は13年かかってようやく、17日、最高裁判所が判決を言い渡します。誠さんについては去年、提訴しました。

大坂春子さんはアスベストの危険性を国やメーカーが周知して、対策をとっていれば、2人の命は奪われずにすんだのではないか。国やメーカーが責任を認め、誠意ある謝罪をして被害者と向き合い、全面的な解決を迎える日を見届けたいと考えていると言います。

大坂さんは「私はお金なんて欲しくなくて、本心は『2人を返してほしい』ってそれだけなんです。おかしいのは分かってる、帰ってくるわけないもんね。ただ、きちっとした態度で謝ってもらわない限り、2人にいい報告なんてできやしないです。これから何年かかるか分からないけど、私が生きている間に、全面解決の日を迎えたいと思う」と話しています。