小さなまちの“企業再生請負人” コロナ禍での苦闘

小さなまちの“企業再生請負人” コロナ禍での苦闘
「企業再生請負人」
関係者からそう呼ばれる異能の信金マンが、北海道の小さな地方都市の信用金庫にいる。数多くの中小企業を立て直してきた、その経験をもってしても、「今回は特別」というのが、新型コロナウイルスの逆風。地域の衰退を止めるための闘いを追った。(札幌放送局記者 五十嵐圭祐)

※一部、敬称を省略しています

コロナ禍の企業に向き合う

札幌市の北東、人口およそ4万の北海道滝川市。ここに本店を置く北門信用金庫に、取引先企業の再生に専門で取り組む信金マンがいる。
企業支援室長の伊藤貢作、49歳。
その経験から「企業再生請負人」と呼ばれる伊藤。今、新型コロナの影響で苦しむ企業への対応に忙殺されている。取引先のうち、少なくとも20社ほどは抜本的な再生が必要な局面になるとみられ、伊藤はそのすべての再生に関わっている。
急速に企業がなくなり、地域の経済が沈む事態に陥るのではないか、切迫した危機感を抱いている。
伊藤室長
「このままでは近い将来、滝川という町が成り立たなくなる」

異能の信金マンの原点は

今や信金の幹部として辣腕を振るう伊藤だが、実は金融マンとしてのキャリアはそう長くない。

27歳で入社した旅行会社が倒産の危機に陥り、立て直しを実現したことがきっかけだった。当時の社長と二人三脚で財務を見直し、なんとか倒産を食い止めた。
「会社がつぶれれば明日ごはんを食べられない。そんな状況で生きるために必死で働いて、気付いたら会社が再生していた」
伊藤は当時をこう振り返る。

一方で、体力が落ちた会社から得られる給料は少なかった。少しでも収入を増やしたいと、それまで培った経験を生かし、さまざまな会社の再生に関わるようになった。気が付いたときには、菓子の卸売会社やIT企業、運送会社など、4年間でおよそ20社を次々に再生させていた。
33歳のときに取り組んだのが、経営危機に陥った滝川市のスーパーの再建だった。
このスーパー、地場の企業とはいえ、店舗数は22、従業員は1200人余りと、倒産すれば地域へ深刻な影響が懸念された。当時、抱えていた負債は40億円以上。営業の不振は深刻で、もはや自力での再生は不可能な状況になっていた。
伊藤が考えた解決策は、金融機関による借金の一部免除を前提に、大手スーパーに買収してもらうこと。当時、融資を受けていた5つの金融機関を回り、再建策を提案した。しかし、「金融機関からは容赦ない罵倒と怒号が浴びせられ、誠意を見せろと土下座も求められた」と伊藤はそのときのことを語る。

それでも「『スーパーと従業員の雇用を維持するためにはこの方法しかない』と何度も頭を下げ、すべての債権者の説得に成功した」という。この会社は、その後、大手スーパーに買収され、現在も営業を続けている。

この経験が、伊藤にとって転機となった。
頭を下げた金融機関の1つ、北門信用金庫から、企業支援の担当として採用を持ちかけられたのだ。思わぬ形で、伊藤は信金マンとして新たなキャリアをスタートさせることになった。

老舗文房具店を救え

数多くの修羅場をくぐった伊藤が、「今回は特別」と言うのが今回のコロナ禍だ。
取引先企業に与えるダメージの深刻さは想像を超えていると言う。すでに抜本的な策を講じられた企業も出てきている。
その1つが、滝川市中心部の商店街で75年以上営業を続ける文房具店「今野商事」。「ボールペンからコンピューターまで」という目標を掲げ、文房具の販売だけでなく、地元企業や官公庁向けに事務用品の卸売りなども手がけてきた。市内の取引先は300に上り、地域に欠かせない存在だ。
しかし、激しい競争で売り上げは年々減少し、10年ほど前から赤字が続いていた。追い打ちをかけたのが新型コロナだった。去年4月以降、売り上げは大きく落ち込み、膨れ上がった借金は5000万円を超えていた。
今野さん
「会社をたたむことを何度も考えた。もうあすから営業できないと思ったこともあった」
メインバンクの北門信金も頭を抱えた。多額の借金、返済のめどは立たない。一方で、地域に多くの取引先を持つこの会社がなくなれば、地元の滝川で生まれていた多くの仕事や取り引きが失われてしまう。
伊藤室長
「滝川では文房具や事務用品を頼むなら今野商事だというのは当たり前だと思われている。高校の教科書販売も行っていて、なくなってしまったら大変なことになる。その信頼は維持しないと、どの業者でもいいということにはならない」

信金のネットワークで「M&A」

伊藤が出した解決策は、今野商事を別の会社に買い取ってもらうことで立て直しを図る「M&A」による再生だった。
引き受ける会社には、借金の一部を引き継いでもらう必要があるものの、文房具店が長年の営業で築いてきた取引先を得られるメリットがある。
伊藤は思案の結果、買収先として信金と取り引きのある市内のソフトウエア会社に白羽の矢を立てた。この会社、全国のゴルフ場のシステム管理を行い業績を伸ばしていたが、地元での仕事がほとんどないことが課題になっていた。
伊藤は、今野商事を買収すれば、地元での事業を拡大できるうえ、買収に必要な資金は信金が融資すると説明。去年11月、買収を実現させた。

市内の企業に対して自社のシステムを売り込みたいというソフトウエア会社のねらいに、地域に深く浸透している今野商事の買収は合致した。買収によって経営者は代わったものの、文房具店の営業は現在も継続、雇用も守られた。
笹見社長
「われわれはIT企業で、地元には馴染み深くない。その点、今野商事は老舗で誰もが知る会社で、長年にわたって築いてきた信頼がある。それを生かしてIT分野の事業を伸ばしていけば、まだまだ伸びしろがあると考えている」
今野さん
「本当によかった。事業は継承されて今後もずっと残っていくのだから、こんなにありがたいことはない。私が引退しても裏から静かに応援していきたい」

再生請負人 真価問われる局面に

伊藤は、今、新たな仕事に乗り出している。
ことし4月、1000キロ以上離れた松江市に本店がある島根銀行の外部アドバイザーに就任した。取引先の支援に本腰を入れようとしている銀行側から指名を受けた。
「銀行から信金の職員に声がかかるとは」

伊藤は驚いたものの、「金融機関には思いのほか、企業再生の専門家が育っていない」と歯がゆい思いを感じてきた。どの地域もコロナ禍で中小企業が傷んでいる中、できることがあればという思いで引き受けた。

伊藤は、島根銀行が去年12月に立ち上げたばかりの企業支援室に所属し、取引先に対して、再生を含めた抜本的な支援を検討する。その数、実に40ほど。毎月、1週間、松江に赴き、支援を指揮するほか、行員の指導にもあたる。それが目下のミッションだ。
とはいえ本拠地の北門信金でも、抜本的な再生を実現できた事例は、まだそれほど多くない。

引き継ぎ先が見つからないために、破綻を余儀なくされた会社も少なくないのが実態だ。また、政府による資金繰り支援策は講じられたものの、コロナの影響が1年以上続き、地域の企業からは再び資金が足りなくなっているという声も出始めている。
「企業再生請負人」としての伊藤の真価が問われるのはこれからだ。
伊藤室長
「事業の再編を地元企業と一緒に積極的にやっていかないと、われわれも生き残れない。もっと踏み込んで、加速度的に早くなってしまった地域の衰退をなんとか止めるために頑張っていかないといけない」
札幌放送局記者
五十嵐 圭祐
平成24年入局
横浜局、秋田局を経て
札幌局で
金融をはじめ
経済分野の取材を担当