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携帯電話がつながらない ~林業の現場 命を守るために~

「電波がつながる状況であれば助かったかもしれない」
携帯電話の「圏外」で起きた林業の事故で父親を亡くした遺族の言葉です。深い山中に入る林業の現場では、危険を伴う作業が欠かせない一方で、通信手段の確保が課題になっています。こうした中、対策のヒントとなる取り組みを四国のある町が始めました。(松山放送局記者 森裕紀)

山中で起きた事故

事故が起きたのは、2020年5月24日。
愛媛県久万高原町の中心部から車で1時間ほどの山の中です。

大野三男さんと息子の健一郎さんは、いつもは親子2人で作業をしていますが、この日に限って父の三男さんは1人で山に入り伐採作業をしていました。

ところが三男さんは、夕方になっても帰ってきません。

健一郎さんは父親を心配し、何度も携帯電話に電話をかけましたが、つながりません。
急いで現場に駆け付けた時には、三男さんは倒れていて意識がありませんでした。
伐採した木の根元が崩れて体ごと巻き込まれたようでした。
息子の大野健一郎さん
すぐに消防に救助を求めようとしましたが、圏外だったため電波が届く場所まで来た道を駆け下りて、ようやく通報できました。

健一郎さんは、電波が届いていれば、もしかしたら父の三男さんは、事故直後に自力で通報できたかもしれないと考えています。
亡くなった大野三男さん
大野健一郎さん
「電波がつながる状況であれば助かったかもしれないですし。時間がたってから喪失感というものを強く感じます」

林業は危険を伴う

高知県との県境に位置する久万高原町は、山間部が町の9割を占め、林業は町の主要産業の一つとなっています。

しかし、危険を伴う作業が多いのも事実で、町によりますと、町内で過去10年で20件の事故があり、5人が亡くなっています。
林業は、他の産業に比べて事故が多いこともわかっています。

林野庁のまとめでは、全ての産業の平均では1000人に2人程度の割合で事故が起きていますが、林業では10倍近い割合で事故が起きていて、どの産業よりも多くなっています。

山中は圏外が多い

町の圏外エリア 久万高原町調べ 2020年7月時点
こうした事故の危険がある一方で、現場は、電波が届かない圏外で作業を行わざるを得ない場合も多くあります。
久万高原町では、黄色の部分、面積の1割以上が圏外です。

総務省によりますと、全国では電波が届きにくい場所が山間部を中心に広がっていて、国土の3割から4割程度を占めるとみられています。

山間部で作業する林業従事者にとっては特に深刻な課題だと林野庁も受け止めています。
林野庁林業労働・経営対策室 永野徹課長補佐
林野庁 永野徹課長補佐
「全国的にみても林業の作業現場は携帯電話の電波が届かない場所もあり、災害などが発生したとき緊急連絡を行う際の課題となっている」

安全対策は?ある事情が…

緊急時の連絡手段としては、無線機やトランシーバーを持つ方法があり、複数で作業を行う林業事業体に所属していれば、携帯電話はつながらなくても近くの仲間に助けを呼ぶことができます。

しかし、久万高原町には、いわゆる「1人親方」と呼ばれる個人の従事者や、農業の合間に1人で林業の仕事をする人も多くいます。

林業の構造的な問題もあり、体制として連絡手段を常備するのは難しいのが実情です。

新たな取り組み

こうした中、久万高原町は、ことし4月から新たなシステムをスタートさせました。
消防に直接通報できる小型の無線機を導入したのです。
無線機のSOSボタンを押すと、圏外からでも消防に通報できる仕組みで、消防はGPSの位置情報から通報した人の足取りを調べ、現場へと速やかに駆け付けます。

また、通報した人が動けるときには、スマートフォンと連動してメッセージでやりとりすることもできます。
携帯電話がつながらない山の中からでも無線機の通報が届くのは、各地に中継基地があるからです。

この中継基地は携帯電話に比べて消費する電力が少なく太陽光で動くため、電線が引けない山の上にも整備することができます。

久万高原町では、国の補助金も活用して、町内20か所に無線の中継基地を整備し、町内全域をカバーする独自の通信網を作り上げました。
久万高原町 まちづくり営業課 高木勉課長
久万高原町 高木勉課長
「林業は危険な作業もあり、過去に少なからず事故が起きている。事故が起きたとき、山の中で携帯電話がつながらないこともあるため、どうしても通報や搬送が遅れてしまうのでこうした取り組みを始めたいと考えました」
地元の大野さんもこうした取り組みに期待をかけています。
大野健一郎さん
「山の中でもすぐに電波がつながるというのは大切なことだと思います。父親のような事故が少しでも少なくなればと思います」
一方で運用面では課題もあります。

小型の無線機は無料で町から貸し出していますが、多くの従事者が万が一に備えて導入し、毎日のように山の中に携帯してくれなくては意味がありません。

事故がないことが一番ですが、町では必要性についての啓発を続けていくということです。

事故で落とす命が一つでも減ってほしいと切に思います。
松山放送局記者
森裕紀
2015年入局
青森局を経て、2020年から松山局で政治・経済取材を担当

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