沖縄 本土復帰から49年 復帰運動に関わった人はいま何を思う

沖縄が本土に復帰してから15日で49年です。沖縄が抱えるアメリカ軍基地の負担は依然として重く、沖縄本島最北端で本土に最も近い国頭村の辺戸岬には、当時復帰運動に関わった人たちが訪れ、観光客に厳しい現状を訴えました。

国頭村の辺戸岬は、復帰前、20キロ余り離れた鹿児島県の与論島との間で互いにかがり火がたかれるなど、復帰運動ゆかりの地になりました。

本土復帰から49年になる15日、復帰運動に関わった人たちが辺戸岬を訪れて、記念碑の前で観光客に当時の状況や基地負担の現状などを訴えました。

「いいこともあるが 基地の現状は変わらない」

名護市に住む元中学校教諭の山城正二さん(85)は、復帰前、沖縄の現状と本土復帰に理解を求める手紙を全国の人たちに送り続け、その数は2000通に上ります。

山城さんは「復帰して49年になるが、変わらない現状がある。若い世代の皆さんに身近に沖縄の基地問題や課題を感じ取ってほしいです」と話していました。

49年前の15日が結婚記念日だという大宜味村の金城健一さん(76)と弘子さん(75)夫妻は「復帰してよいこともありますが、全く基地の現状は変わらない。本土の人たちに現状を分かってもらおうと毎年来ています」と話していました。

被害あとを絶たず 基地の前でも撤去の声

沖縄のアメリカ軍司令部があるキャンプ瑞慶覧の前では市民団体と労働組合が集会を開き、基地の撤去などを訴えました。

沖縄には今も全国の在日アメリカ軍専用施設の70%が集中し、軍用機の騒音や低空飛行、さらに兵士が起こす事件など、基地から派生する被害はあとを絶ちません。

沖縄県の玉城知事は来年の復帰50年の節目に向けて全国に占める沖縄のアメリカ軍専用施設の割合を50%以下にするよう日米両政府に求める方針です。