CO2削減 他社にお願いできる?

CO2削減 他社にお願いできる?
「そこまでの削減は難しいです」
ある企業が仕入れ先から言われたことばです。何を削減するのかというと、CO2=二酸化炭素。「脱炭素社会」に向けた機運が国際的に高まる中、企業は取引先を含めたサプライチェーン全体でのCO2削減に乗り出していますが、決して簡単なことではないようです。(国際部記者 梶原佐里)

サプライチェーン全体で減らすって?

取引先も含む形でCO2の排出削減に積極的に取り組む企業があると聞き、4月、石川県小松市の工業団地にある企業を訪ねました。オフィスなどで使われる、パーティション(間仕切り)を製造する「コマニー」です。
「取引先は2000社超あります。全体で排出削減を進めるのは大変なものだなということを実感しながら取り組んでいるのが現実です」
環境対策を担当する坂本豊伸さんはこう話します。国連などは、科学的な根拠をもとに温室効果ガスの削減に取り組む企業を認定する「SBT=サイエンス・ベースド・ターゲット」と呼ばれる仕組みを2015年から始めています。
去年4月にこの認定を受けたコマニー。認定を受けるにあたっては、まず、グループの工場や事務所、計33か所で使われている電力やガソリンの量をもとに、二酸化炭素の排出量を算定し、2030年までに18年比で半減させるという目標を立てました。
さらに会社は、排出量の算定の対象をサプライチェーン全体にも広げました。
商品のうち、例えば、あるパーティションは、表面部分に薄い鋼板が、内側には紙製の芯材が使われ、最後にガラスをはめ込んで作られます。
レールなど、細かな部品もたくさんあります。
材料の仕入れ先や運送会社など、取引先の数は2000社以上にのぼりました。全体の把握には、3か月以上かかったといいます。
そして、坂本さんたちは、サプライチェーン全体での排出量削減に向けて、調達額全体の80%にあたる130社の取引先に絞り込み、削減目標の設定を要請することを決めました。ただ、本当に大変なのはここからでした。

CO2削減、協力をお願いするも

取引先は、ふだん、材料の仕様や価格の交渉をする相手でもあります。そこにプラスして「CO2削減に一緒に取り組んでほしい」とお願いすることになります。しかも、新型コロナウイルスの感染が拡大している状況です。直接顔を合わせる機会が減った上に、業績に影響が出ている会社もあります。

取材した日の会議では、ある仕入れ先に対して取り組みの説明をした結果が報告されました。
社員)「年に1%は排出量を減らせるけど、なかなか4.2%減らすのは難しいと。可能かどうかを検討して決めたいので、持ち帰るということでした」

坂本さん)「感触としては、どうでした?」

社員)「経営方針としては削減していきたいということでした。詳しく聞きたいと、わざわざ来社されたので前向きではないかと思うのですが…」
年4.2%の排出削減は、温暖化対策の国際的な枠組み=パリ協定に沿った削減のために、SBTの事務局が定めている水準の1つです。しかし、対策自体に前向きな企業でも、実現は容易ではないと受け止められたのです。

温暖化対策は、各社にとってコスト増になる一方、すぐに利益に結び付くかどうかは分かりません。130社のうち、坂本さんたちが直接説明を行ったのはこれまでに29社。このうち排出削減に取り組み始めたのは、5社にとどまっています。
坂本さん
「他社の経営に関わることであり、対策をするにはどうしても投資が必要になることもあって、お願いする難しさがあります。ただ、1回で対話をやめることはしていません。回数を重ねるごとに、仕入れ先の方も必要性やメリットをだんだんと理解していただいています。ことしが勝負の年です」
要請の難しさを実感している坂本さんですが、一方で、去年4月に取り組みを始めた頃に比べると、前向きな変化も感じています。アメリカで気候変動サミットが開かれるなど、国際的な機運の高まりが背景にあると見ています。会社は、ことし中に40社に削減目標を設定してもらい、24年までに130社に広げる計画です。
坂本さん
「自然災害の多発で『何かおかしい』と誰もが感じていると思います。企業の責任として、いま真剣に取り組まなければいけません。環境対策を抜きにして、会社を存続させることができる時代ではないと考えています」

自社の“炭素依存度”が知りたい

SBTの認定を受ける企業は、このところ国内外で増えています。ことし4月末の時点で、世界全体で688社と、1年前のおよそ2倍です。このうち日本企業は98社で、1年前から32社増えました。
背景には、「炭素国境調整措置」と呼ばれる制度の導入が世界で議論されていることがあります。この制度は、温暖化対策が不十分な貿易相手国からの輸入品を対象に、温室効果ガスの排出量に応じて課税などを行うもの。EU=ヨーロッパ連合は、6月にも具体的な制度の内容を明らかにする予定です。

“自社の商品の製造の際に、どのくらいCO2を出したのか”
今後の貿易や投資の国際的なルールでは、そういった点が肝になってくるという見通しから、企業が、国際的な基準に基づいた排出量の把握などを急いでいるのです。
排出量の算定などを支援する名古屋市の企業、「ウェイストボックス」の代表は、サプライチェーン全体でのCO2の把握や管理が、競争力につながると考える企業が増えていると指摘しています。
鈴木さん
「5~10年の時間軸で求められると思っていた対策が、1~2年で必要になる状況になっていて、企業の危機感が高まっている。私たちとしては、大手だけでなく中小企業への支援も取り組んでいきたいと思っています」

“脱炭素”へ、一歩ずつ

上述のコマニーは、この夏までに建物の屋上に太陽光パネルを増設する予定です。また、工場にエネルギー管理のシステムを導入して効率化を図る取り組みも、5月中に始めます。CO2削減についての自社の取り組みや成功事例を具体的に説明することで、取引先の協力を得ていこうと考えています。
4月の気候変動サミットでは、アメリカだけでなく、日本やカナダが温室効果ガス削減目標の大幅な引き上げを表明するなど、地球規模の課題解決に向けた動きは加速しています。
ただ、企業の実際の取り組みは、一朝一夕にはいきません。地道な取り組みの継続がどの程度、広がりを見せるのか。その現場を見続けたいと思います。
国際部記者
梶原 佐里
平成22年入局
大阪局・
経済部などを経て
2020年から現所属