WEB特集

河村たかしは何者か

頭から水をかぶって喜びを爆発させる名古屋市長、河村たかし(72)。これまでの選挙でも見られた恒例のパフォーマンスだ。

しかし今回の選挙戦は、これまでとは異なり、かつてない逆風を受けての戦いとなった。それでも河村はなぜ勝利したのか。
そして、みずからへの批判にどう向き合っていくのか。
(佐々文子、三野啓介)

かつてない逆風

4月25日、午後10時前。
当選確実が報じられると、河村たかしは、支援者の前に現れ、こう話を切り出した。
「まあ、若干ちょっと時間がかかりましたが」

河村は、2009年の名古屋市長選挙で初当選して以来、出直しも含めてこれまで4回の市長選挙では、対立候補に大差をつけて当選してきた。投票締切と同時、午後8時に当選確実が報じられるのが最近の常だった。

しかし、今回の選挙では、そうではなかった。今回受けた逆風の強さを物語っていた。

リコール署名問題が影

逆風のきっかけは、ことし2月、河村が支援した愛知県知事・大村秀章のリコール・解職請求に向けた署名活動で、署名の偽造が行われたという証言が明らかになったことだった。
愛知県の選挙管理委員会の告発を受け、警察が捜査を進める事件にまで発展している。

河村は、おととし開かれた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の展示をめぐり、芸術祭の実行委員会会長の大村と激しく対立。美容整形外科「高須クリニック」院長の高須克弥が会長を務める団体が大村のリコールに向けた署名活動を始めると、街頭に立ったり、資金集めに協力を呼びかけたりして、積極的に支援した。
「熱心に応援したが、中心人物ではない」

3月上旬。河村は、対立してきた市議会で説明に追われた。
リコール署名の偽造問題を受けて、活動を支援した河村の責任を問う議員が相次いだのだ。

「誰からみても河村市長が共同代表であるかのようにリコール運動を呼びかける活動を展開している」
「これから、どう後始末をするのか」
「市民に説明、謝罪し、責任の取り方を考え、早く真相を明白にしていただきたい」

こうした批判に河村は「不正に気づけなかったことは情けなく、協力してくれた人には本当に申し訳ない」と謝罪。そして偽造への関与は一貫して否定し、真相解明に全力で取り組むと繰り返し訴えた。

12年で名古屋は“停滞”

「河村はパフォーマンスばっかりだ」「12年で名古屋は停滞している」「コロナ対策も何もやっていない」

河村への批判は、リコール署名の問題だけではない。

衆議院議員を辞職して2009年に名古屋市長に就任した河村。
最大の公約に掲げたのが「市民税の減税」だった。
減税のための条例が市議会で反対されると、事態を打開しようと、市議会を解散するための署名活動などを展開。解散を実現し、市民税の恒久減税を実現した。

一方、市民が関心を集める大きなプロジェクトを立ち上げながら、実現に至っておらず、名古屋市の停滞が続いているという批判も多い。
その1つ、名古屋城の天守閣を木造で復元するという計画も、なかなか前に進んでいない。

さらに、新型コロナウイルスの感染拡大でも、河村への批判が高まっている。

新型コロナの感染拡大が続くこの1年余りは、あいちトリエンナーレやリコール署名をめぐり、河村と愛知県知事の大村の対立が深まった期間とほぼ重なる。
河村は、みずからが「地をはう調査」と呼ぶ、保健所による徹底した積極的疫学調査などで、名古屋市の新型コロナ対策は日本一だと胸を張る。
しかし、名古屋市と愛知県の連携が不足していると指摘する声も少なくない。

名古屋市を中心に感染が広がり、愛知県には、選挙期間中に「まん延防止等重点措置」が適用されたのに続き、選挙後の5月には、「緊急事態宣言」が発令されるに至っている。

狭まる河村“包囲網”

「名古屋市の厳しい状況を変えなければならない」
選挙の告示まで1か月を切った3月16日。
河村の態度表明を待たずに、市議会で厳しく河村を追及していた自民党の元市議会議長、横井利明(59)が、市長選挙への立候補を表明し、河村市政の転換を訴えた。

「もう1回、ご奉公しなくてはならない」
対する河村。市長選挙に立候補するかどうか、なかなか態度を明らかにしなかったが、横井の立候補表明から3日後に、ようやく立候補を表明した。
立候補表明の遅れについて、河村自身は、「コロナのことが大きかったんじゃないですかね、時期的に」と、あくまでも、新型コロナへの対応に追われたのが理由だと強調するが、関係者の多くは「リコール署名問題が表明の遅れにつながった」と見ていた。

いずれにせよ河村と横井による事実上の一騎打ちの構図が固まった。
各党は、電話調査などで情勢を探った結果、河村にかつての勢いはないと判断。

自民・立憲民主・公明・国民民主の4党が、党本部レベルで横井を推薦することを決めた。

さらに、共産党も横井を自主的に支援することを決めた。
30年も自民党市議を務めた横井を支援するのは異例だが、「河村の当選阻止の大義に立つ」と理由を説明した。

共産党も含めた与野党相乗りで、河村の“包囲網”は着実に狭まっていると思われた。

河村の影に怯え

「河村さん・市民VS議員生活協同組合」
告示日の4月11日。河村は、第一声でこう訴えた。

これまでも庶民革命を掲げ、市議会と対立しながら、市民の支持を得てきた河村。
「反河村」で一致する政党の動きを「自民党から共産党まで一緒になった」と表現して強くけん制。
河村は、公務で市役所に登庁する日もあったが、連日、街頭に立ち続け、この主張を繰り返した。「今回が最後の市長選挙だ」と明言し、街頭で有権者に訴えかけるみずからのスタイルを貫き通した。

対する横井陣営は、圧倒的な組織力で、選挙戦を展開。
河村の“議員生活協同組合”の批判を意識して、政党色を極力抑える戦略をとりながらも、支援する各党の支持層を固めようとした。

「僅差の戦いができている」「ひっくり返せるかもしれない」

期日前投票では横井が河村をリードしているとして、手応えを口にする幹部の姿があった。
しかし最後まで、「勝てる」と自信を持って話す陣営幹部はいないままだった。

「河村相手の選挙で調査をあてにしてはいけない」

どこか河村の影に怯えているようにも見えた。

支持者は当日投票に行く

とはいえ、これまでの河村の選挙戦とは明らかに状況は異なっている。

「今回は厳しい戦いになるのではないか?」

記者たちの問いに対し、河村は「有権者の反応はいい」「市民は分かってくれている」と自信を見せた。

河村周辺も、期日前投票で横井がリードしていることも想定内で、当日には逆転できると強調した。

「河村支持者は新聞の情勢記事が出るころから選挙があることを認識して、投票日当日に投票に行く人たちだ」

4月25日。当選を決めたのは、河村だった。

横井との得票率の差は6ポイント余り。
ダブルスコア、トリプルスコアで対立候補を圧倒してきた過去の市長選挙と比べると、かつてなく厳しい戦いだったと言える。

NHKが期日前投票で行った出口調査では、横井が河村を上回っていた。

それでも、河村は、投票日当日でひっくり返して、勝った。
「河村支持者は当日に投票に行く」という話は、本当だったということか。

強さの秘密は

河村の選挙の強さは何なのか。

誰もが最初に挙げるのが、知名度の高さだ。

河村は、衆議院議員時代からたびたびテレビなどに露出し、名古屋市長も3期12年にわたって務めてきた。

関係者の間では「かつてのような圧倒的な人気はない」と指摘する声もある。

だが、告示1か月前を切って立候補を表明した元市議会議長の横井との間では知名度の差は歴然だった。横井は、組織力で知名度の向上を図ったが、短期決戦では限界があった。

「敵を作ってワンフレーズで攻撃してくる。いつものやり口だ」

対立候補の横井陣営の幹部たちは、河村の攻撃性を指摘する。
“議員生活協同組合”の批判などの「劇場型」の手法で、河村のペースに引き込まれたと振り返る。

「12年間、市長給与は年800万円」
そして、双方の陣営関係者が強さの要因と指摘するのが、河村がアピールする“庶民”のイメージだ。
河村は、市長としての1期目に、リコール署名を経て市議会を解散してまで市民税減税を実現してきた。この時、市議会と対立しながら減税を実現した姿に、河村を“自分たちの味方だ”と感じる市民が多いと見る向きがある。

さらに、市長給与もある。河村は、市長就任後にみずからの給与を年800万円に引き下げ、4年の任期を終えるたびにもらえる退職金も受け取っていない。河村は、12年間で約3億5000万円を「市民にお返ししてきた」と説明する。

こうした“庶民の味方”のイメージが河村の強さであり、今回の選挙でも、ギリギリの勝利を収めた要因だと見られる。

「河村劇場」次の幕は

「河村さんがいてもいなくても一緒」

河村の当選から一夜あけた4月26日。
愛知県知事の大村は、新型コロナ対策での県と名古屋市の連携について問われ「コロナ対策に河村さんは関わっていない」と言い切った。
河村は「名古屋市に対する名誉毀損だ」と即座に反論し、大村と河村の対立の根深さを印象づけた。

市長選挙が終わり、リコール署名の偽造問題の捜査も、大きく動くのではないかと見られている。捜査の進展によっては、今後、河村に対する批判がさらに高まることも予想される。

さらに、名古屋政界で注目されているのが、秋までに行われる衆議院選挙に出るのか出ないのかという点だ。

河村自身は、市長の任期を全うするつもりとしているが、各党の関係者は「秋の衆院選に出る可能性を今も探っていると思う」と語る。

「死ぬまで政治活動を続ける」と語る河村は、今回の市長選挙で、改めて選挙の強さを見せつけた。一方で、新型コロナ対応やリコール署名の偽造問題など、選挙前からの課題は山積したままだ。
名古屋市長として最多の4期目に入った河村は、市民の期待と批判にどう応えるのか。今こそ、問われている。

(文中敬称略)
名古屋局記者
佐々 文子
1998年入局。青森局、サンパウロ支局などを経て、名古屋局。名古屋市政担当で市長選挙では河村陣営を取材。
名古屋局記者
三野 啓介
2012年入局。徳島局、津局を経て、名古屋局。市長選挙では横井陣営を取材。

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