本業では無報酬 でも副業は可能!?

本業では無報酬 でも副業は可能!?
本業を無報酬にする代わりに、副業は可能に。「そんな契約が本当にあるのか」と驚いたのが取材のきっかけでした。コロナ禍で追い詰められた、地方のプロ野球独立リーグ球団の苦肉の策。いったいどんな「働き方」なのか。そこで見えてきたものは…
(福井放送局記者 鈴木翔太)

夢を追う場「独立リーグ」

「プロ野球」と言っても、今回ご紹介するのは巨人やソフトバンクといったセ・リーグ、パ・リーグのNPB=日本野球機構の球団ではありません。NPBを目指す若手選手などが多くプレーする「独立リーグ」の話です。北は北海道から南は九州まで、国内5つのリーグに計27球団が所属しています。

千葉ロッテマリーンズで2度首位打者に輝いた角中勝也選手は独立リーグ「四国アイランドリーグplus」の高知のチームの出身ですし、栃木のチームではメジャーでも活躍した元ソフトバンクの川崎宗則選手がプレーしています。
「夢の舞台にはい上がりたい」
「大好きな野球を続けたい」

それぞれの夢を追う選手たちが集う場。それが独立リーグの球団なのです。

経営難の前身球団からチームを継承

今回私が取材したのは、福井市を拠点に活動する「福井ワイルドラプターズ」です。関東・北信越地区の球団からなる「BCリーグ」に所属し、40人の選手が在籍しています。

チームはおととし秋、経営難で解散した前身の球団から経営を引き継ぎ設立されました。

前身の球団を支援していた大口スポンサーのほとんどが離れ、多くの主力選手が退団するという“逆風”下での船出でした。

“苦しいからと簡単につぶしては”

経営のかじを取るのは球団社長の小松原鉄平さん(36)です。

就任のきっかけは、BCリーグの事務局長としてリーグ全体の運営に携わる中で前身の球団の存続危機を知ったことでした。実は小松原さん自身も元独立リーガーで、大卒で就職した証券会社を退職後プロ野球への夢を追いかけて3年間プレーしました。

その経験で身にしみた、選手としてプレーできる場があることのありがたさと地域とスポーツをつなぐかけ橋としての球団の役割の大切さを守りたいと、東京から福井に単身で移り住んで球団運営にあたることを決意したのです。
小松原社長
「地域のプロスポーツで経営が楽なところはない。苦しいからと言って消滅してしまってはどんどん各地からスポーツチームがなくなってしまうし、スポーツ離れにつながってしまう。簡単につぶしてはいけないし、存続可能なモデルを作るのにトライしたい」

出鼻をくじかれたコロナの感染拡大

しかし、1年目の昨シーズン開幕前の「さあこれから」という時に出鼻をくじいたのが新型コロナウイルスの感染拡大でした。
新球団の経営にとってまず必要なのが新たなスポンサーの獲得です。球団スタッフは4人だけで、営業活動は社長の小松原さん自身が担います。地元企業にあいさつ回りをしながら営業を進める計画でしたが、直接訪問しての対面での営業は困難になりました。

その結果、昨シーズンのスポンサー収入は以前の4分の1に減少し、コロナ禍で平均観客数も25%減るなど球団収入は激減しました。

「BCリーグの球団運営には年間約1億円が必要」と言われるなかで、昨シーズンは経費を切り詰め半分の5000万円ほどで運営しましたが、それでも大きな赤字が出ました。

打ち出した「苦渋の選択」

このままでは、せっかく引き継いだ球団が再び立ち行かなくなってしまう。小松原さんは苦悩の末、これまでにない策をリーグに提案しました。

それが冒頭で紹介した「本業は無報酬。その代わり副業を可能にする」という、選手との新たな契約体系の導入でした。
従来の契約体系では選手に毎月の報酬を支払い、副業はできませんでした。

小松原さんが提案したのは従来の契約と同じ「A契約」に加えて、選手を野球選手としては無報酬とすることができる代わりに副業できるようにする「B契約」を新たに導入しようというものです。

プロ野球選手として野球に専念してきた選手たちに練習時間を削って別の仕事をしてもらうことになる苦渋の選択ですが、コロナ禍で球団経営が厳しさを増す中、選手たちが野球を続けられる場所を守るためにはやるしかないと決断したのです。
小松原球団社長
「もっと練習させてあげたい、毎日野球させてあげたいと思います。できるのであれば。でも野球そのもので稼げていないから報酬を払えない。そのことは本当に申し訳ない。その代わり、もちろん食べていかないといけないわけですからそのための仕事は用意するということです」
リーグは小松原さんの提案を承諾し「A契約」「B契約」の新契約体系を導入。

ワイルドラプターズは主力選手9人を「A契約」とし、それ以外の18人の選手を「B契約」として野球選手としては無報酬とすることを決めました。

しかし、選手たちには簡単には受け入れられませんでした。小松原さんが新たな方針を説明すると、1人また1人と他球団への移籍を決める選手が相次ぎました。中にはこれを機に野球の道を諦めて引退を決意する選手もいました。

「自由契約にしてください」

内野手の筒井翔也選手(21)は「B契約」を告げられた1人です。控え選手としてコロナ禍の中の入団1年目のシーズンを終えたあと、新たな契約について説明を受けました。

それまでもらっていた報酬がなくなり生活費を稼ぐために副業をする。筒井選手はその説明を聞いて率直に「ちょっと無理だな」と思い、すぐに小松原さんと監督のもとに行き「自由契約にしてください」と申し出ました。

ショートのレギュラーを目指し「いつかはNPBに」との思いで日々練習に励む中、練習の量と時間は何物にも替え難いものだったからです。

しかし監督に諭され、1度冷静になってから判断することにした筒井選手はあることに気が付きました。所属していた主力選手が相次いで球団を去ったことは、むしろ自分にとっては活躍のチャンスなのではないかと。

それまでとは逆の発想でした。
筒井選手
「自分はショートがしたかったので、ショートのレギュラーだった方が抜けてチャンスだと思った。ショートとして出られるかもしれない可能性を信じて残ることを決めました」

野球選手が荷物を「宅配」

結局、当時所属していた選手25人のうち残留を決めたのは筒井選手を含めて9人。その後、練習生を含めて新たに31人が入団し、ワイルドラプターズの選手は40人に増えました。
「B契約」の選手たちが担う副業は「配送業」です。大手配送業者から球団として荷物の配送を請け負い、選手たちが宅配します。

配送業務に入るのは3日に1回程度。得られる報酬の一部は球団運営の資金になり、残りは選手の収入になりますが、効率よく多くの荷物を配送すれば選手の手取りが増える仕組みです。

「本業」の野球選手としては今季無報酬となった筒井選手。

昨シーズンの契約での報酬は月10万円でしたが、「副業」の配送業での収入は荷物の量によって上下するもののおおむね同程度の額を確保できているということです。

初めは野球だけに専念できないことに抵抗がありましたが、今では練習時間が限られるからこそ1回ごとの練習に今まで以上に集中できるようになったと感じています。

さらに、思わぬ収穫もありました。

球場の外に出て働くことでお客さんなど地域の人たちと触れ合い「地域とのつながり」を感じる機会が増えたことです。
筒井選手
「たまに『あ、ワイルドラプターズの方ですか』とか、そういう声もたくさんいただけるのでうれしいです。配送で荷物を届けた方が球場に来て『あ、持ってきてくれた人だ』っていう感じで言ってもらえたらうれしいですね」。

シーズン開幕 球場は

4月10日、今シーズンが開幕。マスク着用や入場時の検温などの感染防止対策を取りながら行われた福井県営球場での開幕戦には、昨シーズンの平均観客数のほぼ倍の約500人が集まりました。

スタンドには、成績が振るわずとも、チーム名が変わろうとも、変わらず応援し続ける熱い地元ファンたちがいました。
地元ファン
「できることは限られますが、地元の球団なのでできるだけ協力したいと思ってます。こうやって球場に来て応援することがいちばんなので、これからも頑張って応援したい」
さらに、新たなスポンサーの姿もありました。球団社長の小松原さんの地道な営業活動で支援を決めた、地元企業の社長です。

コロナ禍の今だからこそスポーツの持つ力が地元に欠かせないと球団への期待を力強く語りました。
岩下社長
「こういう時期だからこそ人々に楽しみを与えることや希望があることが大事で、それをやれるのが野球だと思う。地域の1つの柱として頑張ってほしいと思います」
今シーズン「B契約」の筒井選手は、開幕戦は先発メンバーには入らずベンチスタート。出番が回ってきたのは2点をリードされた9回ウラ、2アウト三塁での代打です。
結果は惜しくもショートゴロでゲームセット。

それでも声援を浴びながら立った打席はレギュラー確保を目指す今シーズンの挑戦の第一歩になりました。
筒井選手
「ファンの方たちがあっての球団だと思っているので、野球をしている姿を見てもらって元気や活力になるようなプレーを見せられたらいいなと思ってます」
小松原球団社長
「経営の安定化を図りながらも、1人でも多くの人の生きがいになって元気になっていただくようなことができれば結果につながっていくんだと思う。僕たちの最大の目的は地域を盛り上げることだと思うので、一人一人ファンとサポーターを増やしていきたい」。

コロナ禍の地方のプロスポーツは

「本業は無報酬。その代わり副業は可能」

コロナ禍で追い詰められた地方球団の苦肉の策のもとで、経営状況は今のところ大幅に改善される見通しは立っておらず、すべてがうまくいっているとは言えないと思います。

また、緊急事態宣言発令中の地域では各種スポーツの試合も無観客で行われ、それ以外の地域でも観客数を減らすなど感染対策をとったうえでの開催となる中、コロナ前のように気軽に「さあみんなで野球を見に行こう」と言えるような状況でもないと思います。
それでも、取材を通して強く感じたのはチームと選手1人1人にある「存在意義をかけた必死な姿」です。

そこにあるのは厳しい状況下でも自分の人生を切り開くために全力で闘う選手たちのプレーと、チームの未来を切り開くために本気の球団です。

そしてそれこそが全国各地、身近な場所にある独立リーグの試合を見たり応援したりする理由や魅力そのものなのではないかと思うのです。

地元福井の記者として、福井ワイルドラプターズの苦闘の行方を今後も見つめ続けていきたいと思っています。
福井放送局記者
鈴木 翔太
平成30年入局
福井県政とスポーツを担当。
高校時代はサッカー部で、野球のルールはこの仕事に就いてから覚えました。