アメリカの大学 コロナワクチン“接種の義務化” 対応分かれる

アメリカの大学では、新型コロナウイルスワクチンの接種を対面での授業への出席の条件にするかどうかで対応が分かれています。300を超える大学が対面授業を希望する学生に接種を義務付けるとする一方、一部の州は大学が学生に接種歴の提示を求めることを禁じる方針を示し、そうした州では一度決めた“接種の義務化”の方針を撤回する大学も出てきています。

アメリカでは、ことし3月、およそ7万人の学生が在籍するニュージャージー州の州立大学ラトガース大学が、新学期が始まる9月以降、対面での授業を受ける学生に対し、新型コロナウイルスワクチンの接種を必須とすると発表しました。

その後、ハーバード大学などのいわゆる名門校や州立の大規模な大学などにも同様の動きが広がり、教育専門メディアの集計では、今月10日までにいわゆる“接種の義務化”を表明した大学は、300校以上に上っています。

一方、一部の州では、公立か私立かを問わず、州から運営資金を受け取っている大学が学生に接種歴の提示を求めることを事実上、禁じる方針を州知事が示し、これを受けてテキサス州や、アイオワ州の州立大学は“接種の義務化”は行わないと発表したほか、私立大学の中には、一度発表した“接種の義務化”の方針を撤回する大学も出ています。

接種を対面授業の条件とする大学でも、健康や宗教上の理由で接種できない場合は例外として扱うところがほとんどですが、アメリカでは接種するかどうかは個人の意思で決めることだとして、事実上の“接種の義務化”への反発も根強く、大学の対応にも影響しています。

アメリカでは去年、対面授業を再開した複数の大学で学生の間で感染が広がったケースが報告され、大学によっては対面とオンラインの授業を組み合わせたり定期的にウイルスの検査をしたりするなどの対策をとっています。

学生からは新学期が始まる秋から対面授業を再開することを望む声が強まる一方、寮などで生活する学生が多いことから、そのままでは再び大学で感染が広がるおそれがあるという指摘もあり、どのように学生の安全を確保するのかが課題となっています。

“義務化”見送った大学は

中西部アイオワ州のレイノルズ知事は、州の資金を得ている機関が新型コロナウイルスワクチンの接種歴の提示を求めることを事実上、禁止する方針を示し、今月、法案が州議会で可決されました。

こうした動きを受けて、アイオワ州の3つの州立大学の運営方針を決める理事会は先月、運営する大学ではいわゆる“接種の義務化”は行わないと表明しました。

州立大学の1つ、およそ1万人の学生が在籍するノーザンアイオワ大学では、去年8月に対面授業を再開したあと、学生などが多く住む自治体で新型コロナウイルスの陽性率が40%近くに達するなど、感染が拡大し、地元メディアは、学生がキャンパスの外で飲食したり、パーティを開いたりしたことが原因の一つではないかという見方を伝えました。

大学は一部の授業をオンラインに戻したり、密集を避けるため大型の部屋で授業を行ったりするなどの対応をとりましたが、秋からの新学期を前に、どのように感染の拡大を防ぎ、対面授業を再開するのか課題になっていて、学生や職員が簡単に接種できるようキャンパス内に接種会場を設けたり、ウイルス検査の態勢を整えたりして新学期に備えています。

大学で健康管理を担当するシェリー・オコネルさんは「出身地など大学の外で接種する学生もいるので、接種済みの学生の割合を把握するのは難しいが、大学としては接種を強く推奨している」と話しています。

また、マーク・ヌーク学長は「職員や学生どうしが交流し、学ぶ場を提供するのは大学の最優先の役割だ。いわゆる“接種の義務化”はできないが、多くの学生はワクチンによって安全と健康が守られることを理解していると思うので、接種が進むことを期待している」と述べたうえで「はしかや風疹のようなワクチンは公立学校でも事実上義務化されているが、新型コロナウイルスワクチンは新しく、まだ信頼していない人もいる。接種を義務化するには時間がたって信頼が醸成されるのを待つことが必要ではないか」と話していました。

一方、学生からは「州立大学で接種を出席の条件とすることが見送られたのは残念だ」という声や、「全員がワクチンを接種していることがわかれば、より安心できる」といった声が出ていました。

“義務化”撤回の大学も

一度はワクチンの接種の事実上の義務化を決めたものの、方針の転換を余儀なくされた大学もあります。

テキサス州の私立、セントエドワーズ大学は、感染が深刻化した去年の春以降、授業の9割をオンラインで行っています。

ごく一部の対面授業でも、学生に毎週、PCR検査で陰性を確認するなどの対応をとってきましたが、陽性者が後を絶たず、対応に限界を感じていました。

このため大学は、全面的な対面授業の再開にはワクチンの接種が不可欠だとして、ことし3月、新学期が始まる秋以降、学生や教授などに事実上、接種を義務化する方針を打ち出しました。

しかし、その直後、保守的な価値観を重視する共和党のアボット知事が、州から資金を得ている大学などの機関がワクチンの接種証明を求めることを禁止するという命令を出したため、大学は“義務化”の方針をやむなく撤回しました。

この大学で感染対策を担当するジャスティン・スローンさんは「学生たちは対面授業の再開を望んでいる。ワクチン接種とPCR検査の両輪で感染対策を行うことが学内の健康を維持する上で重要な戦略になると思う」と話しています。

接種した学生に就学援助も

ニュージャージー州の州立ローワン大学は今月6日、新型コロナウイルスワクチンの接種を対面授業への出席の条件にするとともに、接種した学生には最大1000ドルの就学援助を行うと発表しました。

接種の証明書などを提出した学生は学費が500ドル減額され、寮に住む場合は、寮の費用が学費とは別に500ドル減額されます。

大学にはおよそ2万人の学生が在籍していて、大学はかかる費用は全体で700万ドルから1000万ドルと想定しています。

キャンパスには学生が接種を受けるための会場も設けられ、学生は予約なしで接種を受けることができます。

ローワン大学のアリ・フーシュマン学長は「学生にとってキャンパスで人と会いながら学ぶことはとても重要だ。学生の中には経済的な苦労をしながら通う学生もいるので、学費や寮の費用の援助は接種率の向上だけでなく、就学の支援につながる」と話しています。

一方で、宗教上の理由や、健康上の理由などで接種しない学生は例外が認められているとして「ワクチン接種は自主的な選択によるべきで、強制にならないようにしたい。支援が得られることを知ったうえで、ワクチンについて改めて学んでもらい、選択してほしい」としています。

接種を促すために学生を支援する動きは、いわゆる“接種の義務化”を見送った大学でも行われていて、ミシガン州のウェイン州立大学では接種した学生に食堂で使える10ドル分のクーポンを配っているほか、ノースカロライナ州立大学グリーンズボロ校では、接種した学生を対象に「宝くじ」を行い、当選者は寮の費用が無料になったり、地元の飲食店で使えるクーポンを受け取ったりしたということです。

ワクチンめぐる考え方は

州の機関や、州の資金を得ている組織に対し、ワクチンの接種歴の提示を求めることを禁止する知事令を出したテキサス州のアボット知事は「ワクチンは安全で効果的だが自主的なもので、強制されるものではない。政府が人々に対し、日常の生活を送るためにワクチンの接種証明や、個人的な健康の情報を開示することを求めるべきではない」と理由を述べています。

一方、いわゆる“接種の義務化”を決めたニュージャージー州の州立ラトガース大学公衆衛生大学院のペリー・ハルキータス教授は「ワクチンを接種しないという個人の権利は大事だが、ほかの人を病気から守るという公共の利益も重要だ。ワクチンを接種しないという権利を行使することが、ほかの人々の健康に影響を与えるおそれがある以上、一部の権利を失うことになると理解すべきだ」としたうえで、いわゆる“接種の義務化”は対面授業を再開する上で合理的な判断だと指摘しています。