絵本でつむぐ渋沢のことば

絵本でつむぐ渋沢のことば
およそ500もの企業の設立や育成に関わり、「近代日本経済の父」と呼ばれる実業家の渋沢栄一。大河ドラマ「青天を衝け」の主人公となり、関心を持っている人も多いのではないでしょうか。その渋沢栄一が残したことばを使って、お金の歴史や役割を学ぶ新しい絵本が完成しました。栄一の考えが息づく絵本に込められた制作者の思いを取材しました。(高松放送局記者 谷口碧)

渋沢栄一のことばが絵本に

ことし3月に完成した絵本。タイトルは、「おかねってなぁに?」。かわいらしいイラストで、渋沢栄一のことばを引用しながら、お金の大切さを伝えています。

日本商工会議所の前身、東京商法会議所の初代会頭を務めた栄一が、新しい1万円札の肖像画に選ばれたことをきっかけに、多くの人に栄一について知ってもらいたいと、日本商工会議所青年部が絵本の制作を企画しました。

2万2000部発行され、各地の図書館や小学校などに贈られています。
「このイラストの男の子たちが息子に似ているんです」と絵本を見ながらにこやかに話すのは、絵本を監修した投資信託会社の取締役会長を務める渋沢健さん。渋沢栄一の孫の孫、やしゃごに当たります。

隣で「これを読んだ子どもたちが大きくなったら、第二の渋沢栄一になるかな」と話すのは、絵本の制作を担当した、香川県丸亀市の絵本作家、岡田さえさんです。

去年10月から始めた絵本の制作は、健さんが栄一の考え方をかみ砕いて説明し、岡田さんがイラストで分かりやすく表現するという方法で進めてきました。

実は以前から子ども向けの絵本を書いてみたいと思いながら、絵を描く自信がなかったという健さん。初めてのチャレンジに力が入ったといいます。
渋沢さん
「簡単なことを難しく表現することはできるが、難しいことを簡単に伝えることは結構難しい。絵本監修の依頼を受けて、かなりチャレンジングだと思ったが、お金の本質を正しく伝えるために、渋沢栄一が登場するということはなかなかいいアイデアだと思いました」
岡田さんは、栄一の残したことばをイラストで表現する難しさを感じながら制作を進めたといいます。
岡田さん
「渋沢栄一のことばの意味を私が理解して落とし込まないと絵が描けないので、栄一の著書『論語と算盤』を読み尽くしました。大人はことばでパーンと入りますが、どうやったら子どもたちに伝わるのかなと考えながら制作しました。お金も人も社会も全部が循環するということを、直球で、きちっと表現できるような絵本を仕上げたいと思いました」

「よく集め、よく散ぜよ」

「よく集め、よく散ぜよ」

---この渋沢栄一の有名なことばは男の子とりんごで表しました。男の子を会社の経営者に、りんごをお金に見立て、りんごを独り占めした結果、男の子がおなかをこわした様子を描きました。

経営者がもうけを独り占めすることは、自分自身の幸福につながらないことを表現しました。
渋沢さん
「『よく集め、よく散ぜよ』という渋沢栄一の教えは、もっとシンプルに伝えると、自分のためだけではなく、みんなのためにもお金を使いなさいということ。自分自身のことだけを考えるのではなくて、民間の力でより豊かな社会を作りたいという思いが込められている。栄一のことばを通して、ある意味で当たり前のことを再確認してもらいたいと思っています」

「お金=ありがとうの循環」

「お金は『ありがとう』の循環」

---この栄一の考え方は、お手伝いをした子どもが、お母さんから「ありがとう」のことばとともにお小遣いを受け取る姿で描きました。

栄一が考えるお金の循環は「ありがとう」と切り離せない。健さんがいちばん伝えたかったことです。
渋沢さん
「お金というのは、この世の中で巡り回って自分のところに来るものであって、その循環の中では必ず誰かがそこで働いていて、誰かがどうもありがとうと言っている。その連鎖だと思う」

「しずくの一滴一滴がやがて大河になる」

「しずくの一滴一滴がやがて大河になる」

---このことばはそのまま描きました。一人一人の力やお金を合わせることでより大きなことが成し遂げられるという意味で、「ありがとう」を増やすことで明るい未来につながると表現しています。
渋沢さん
「1人だけでは助けられないことも、みんなが少ないお金でも、それを寄付していけば、みんなと一緒に助けることができる。Me=自分だけじゃなくて、We=わたしたちでお金を使っていろんなことができるってことに絵本を読んだお子さんたちは気が付くと思う。ここは岡田さんがすごく上手に表現してくれました」
岡田さん
「渋沢健さんに監修してもらったことで、自分でも、こんなにわかりやすく表現できるのかと思うものが出来上がってきました。お金に振り回されるのではなく、お金をきちっと使って、理解して、ありがとうを増やしていく。そうすることがみんなで明るい豊かな社会づくりをしていくことにつながると伝えたい」

全国に広がる渋沢栄一のことば

健さんと岡田さんによって新しくつむがれた、栄一のことば。絵本という形で、今、全国に広がっています。

健さんと岡田さんは、学校で金融教育に使ったり、子どもたちに図書館で手に取ってもらいたいと話していました。
渋沢さん
「150年前に渋沢栄一が言ったことばを、今の時代に違うことばで表現する。だけど栄一が持っていた心は、そのままきちんと絵本という形で表現できたということは、栄一自身もすごく喜ぶのではないかと思う。一人一人の思いを同じ方向に向けて、より豊かな世の中を実現させる。もしかすると、そういったことをこの時代が求めて、栄一を呼び戻しているのではないかという感じもしている。よりよい未来、あしたを目指すという、まさに『青天を衝け』というメッセージがここにあると思うので、ぜひ親子でこの本を読んでもらいたい」

渋沢栄一の“考え”を知るきっかけに

「今、渋沢栄一の絵本を作っているんです」

取材のきっかけは、別件の取材中に聞いた岡田さんのこのひと言でした。
渋沢栄一という人物について、教科書で学んだ「歴史上の人物」という印象でしたが、1万円札の肖像画に選ばれたり、大河ドラマの主人公に抜てきされたりと、身近に感じ始めていた時期だったこともあり、どんな絵本を作っているのか興味が湧きました。

取材を進めていく中で、栄一のやしゃごの健さんから栄一の人物像や彼が残したことばの意味を知り、今から100年以上前のことばが現代にも通ずる大切な考え方を伝えていることを実感しました。

私のお気に入りは、「しずくの一滴一滴がやがて大河になる」です。

一人一人の力を合わせることで大きなことを成し遂げられるという意味が込められていて、経済に限らず、さまざまな場面で思い出すべきことばだと思います。

絵本は非売品で、販売はされませんが、全国の小学校や図書館に寄贈されているので、ぜひ1度手に取って、渋沢栄一のことばを身近に感じてみてください。
高松放送局記者
谷口 碧
平成28年入局
遊軍として経済や文化などを担当