ロシアは”賢い猿”になる!? “中ロ蜜月” プーチン氏の狙い

ロシアは”賢い猿”になる!? “中ロ蜜月” プーチン氏の狙い
アメリカと中国の対立にばかり気を取られてもう1つの「大国」の動きを見逃してはならない。その「大国」とは、20年以上、権力の座に君臨し、国際情勢に少なからず影響を与えてきたプーチン大統領率いるロシアだ。ロシアは、このところ、中国への接近の動きを強め、「中ロとアメリカの対立で、世界は二分されていくのか」という懸念の声も聞かれる。しかし、ここへきてプーチン大統領は、バイデン大統領の提案を受けて、6月にも初めての米ロ首脳会談に臨もうとしている。プーチン大統領は、いったい何をしようとしているのか?ロシアの目指す外交戦略を分析する。(モスクワ支局長 松尾寛)

中国と急接近! でも”賢い猿”は・・・

おそろいのエプロンを身につけてロシア風クレープを焼いてみたり、ロシアの水の都で夕暮れ時のクルージングを楽しんでみたり。そんなロシアと中国の”蜜月”ぶりは、2019年6月、習近平国家主席がサンクトペテルブルクを訪問した際、顕著に印象づけられた。

両国がアメリカとの対立を深めれば深めるほど、互いの距離が近づいていくのは自然の流れでもあろう。習氏は、「両国関係は、これまでで最も高いレベルに達した」と述べ、終始穏やかな表情を見せていた。
一方、プーチン大統領は、その2日後に開いた国際会議で「中国に良いことわざがある」と切り出した上でこんな発言をして会場を沸かせた。
「谷で虎たちが戦っているとき、賢い猿は座って、それがどのように終わるのか見ているのだ」
ロシアは、アメリカと中国が”貿易戦争”を繰り広げるなかでどういう立ち位置なのかという質問への答えだ。

プーチン氏は、これまでロシアのことをシベリアの森林地帯タイガに生息する熊に例えてその強大さを表現することは度々あった。しかし、今回は、計算高い猿になぞらえ、米中の争いには直接関わらない姿勢を示したのだ。

決して中国側につくわけでなく”漁夫の利”を狙っていると多くの人が受け止めた。

米中対立は”チャンス”!?

はたしてプーチン大統領の描く戦略とはどんなものなのか。
化学兵器の神経剤で襲われたロシアの反体制派指導者のナワリヌイ氏の一件もあって、ロシアと欧米の関係は一段と悪化している。ロシアにとって、反欧米で共闘してくれる中国の存在は極めて大きい。欧米の専門家からは、両国が軍事同盟を結ぶまでに関係を発展させるのではないかと警戒する声まで聞かれる。
ただ、中ロ関係に詳しいカーネギー財団モスクワセンターのアレクサンドル・ガブエフ上級研究員は、その可能性を次のように否定した。
「ロシアが同盟を結んでしまうと、仮に中国が台湾をめぐってアメリカと戦争を始めたら、アメリカに宣戦布告しなければならなくなる。しかし、台湾にロシアの国益はない」
そもそもロシアが、真に中国のことを信用しているかは疑問がある。
4000キロもの国境を接する中国は、安全保障や経済上の”脅威”ですらある。また、中央アジアやベラルーシなど「プーチンの裏庭」にまで経済的な影響力を強める中国の”やり方”は看過できないはずだ。
ロシアの外交戦略を考える上で興味深いのが、最近のラブロフ外相の外遊日程だ。新型コロナの影響で外国訪問を制限していたラブロフ氏は、3月下旬、最初の訪問先として中国を訪れて王毅外相と会談し、中国を最重視する姿勢を鮮明にした。

しかし、翌日には、8年ぶりに韓国を訪問。続いて4月上旬からは、中国と対立しているインドをはじめ、中東各国などを歴訪した。一連の日程からは、ロシアは、中国との関係を第1に考えつつも、中国と対立する国も含めて、バランスをとりながら、多角的な外交を展開しようとしていることがうかがえる。

取材に応じたロシア政府の高官は「ロシアは、米中対立には関与せず、中立的な立場を占められるよう努力する」と述べた。そして「米中関係が常に緊張状態にあることがロシアにとって戦略的利益ともなる」と打ち明けた。

アメリカと中国が対立を続ける以上、ロシアはいずれに対してもみずからを高く売れる可能性がある。ロシアは、米中対立をいわば好機として利用しつつ、中東などで存在感を増したうえで、国際社会での立場を強化しようとしているのだ。

プーチン大統領の”賢い猿”発言は2年前のものだが、今やその猿は、単なる崖の上の傍観者ではない。

”仕掛け”始めたロシア

そんなロシアが興味深い”仕掛け”を始めた。

その舞台は、ロシアとウクライナの対立の最前線でもあるウクライナ東部とクリミアだ。

ウクライナ東部では、2014年から始まった双方の戦闘が、小康状態を保っていたが、ロシアが3月ごろから軍の部隊を続々と周辺に集結。欧米は、その数10万人以上とみて警戒を強め、ウクライナでもロシアの“侵略”が再び始まるのではと緊張が高まった。

しかし、4月下旬、プーチン大統領が、恒例の年次教書演説でひとしきり欧米批判を終えた直後、軍は、部隊の撤収を始めた。形の上ではプーチン氏が譲歩したように見える。

そもそも、この部隊の増強が、ウクライナに対する圧力だったのか、それともアメリカのバイデン政権に対する何らかのメッセージだったのか、ロシアの明確な意図は不明だ。しかし、プーチン氏は、バイデン大統領と電話会談を行い、首脳会談の開催という提案を引き出すなど、一定の果実を得ることができたのだ。

大がかりなマッチポンプと見えなくもない。

ロシアが目指す新秩序とは

結果的にアメリカを振り向かせたプーチン大統領は、そのアメリカとの関係をどうしたいのか。

一般的には、ロシアに厳しいバイデン大統領の登場によって、米ロ関係は、かつてないほど悪化するとみられていた。その観測通り、バイデン氏がプーチン氏を「人殺し」とした発言もあって、いっそう冷え込んでいる。

ただ、情報工作員出身のプーチン氏にとって、このような発言は慣れっこなのかもしれない。オバマ政権下で国務長官をつとめたヒラリー・クリントン氏から「KGB=国家保安委員会の人間には魂がない」と言われた時もプーチン氏は「国家関係の構築は、『感情』ではなく『国益』によって導かれなければならない」と冷静に反応している。

プーチン大統領は、アメリカによる「1極」世界を脱して「多極化」した新たな世界秩序こそがロシアの国益にとって望ましいと考えている。アメリカ、中国、インド、そしてロシアなどの「極=大国」が、安定した秩序を構築していくという考え方だ。その実現のためにもロシアは、アメリカとの友好関係は不可能だとしても、せめて互いに干渉せず存在を認め合う”最低限”の関係を構築したいのだ。

ロシアが大規模な部隊をウクライナ東部周辺などに派遣して緊張が高まるさなか、バイデン氏は、プーチン氏に電話をかけ、直接懸念を伝えた。一方、その直後、バイデン氏は、ロシアは、アメリカと並んで「世界の安定に責任を有する『大国』だ」とも述べた。

これぞプーチン氏が期待していた発言である。

バイデン政権は、ロシアに対する新たな制裁など強硬な姿勢を示し続ける一方で、じつは、このような前向きなメッセージも織り交ぜている。

「簡単に譲歩はできないが、泥沼の関係からは抜け出したい。そして、アメリカにもその気があると信じたい」

これがプーチン氏の本音ではないか。

ロシアの次なる一手は?

多極化した新たな世界秩序を模索し始めたプーチン大統領にとって譲れないこと。それは、ロシアは、第2次世界大戦の戦勝国であり、これに基づいて構成される国連の安保理常任理事国の存在の重さだ。

プーチン氏は、ロシアを始め、対立するアメリカや中国も含めた常任理事国の首脳5人が集まって会議を開こうと幾度となく提唱している。これには強いこだわりがあるようだ。

プーチン氏は、欧米との対立が続く以上は、中国と共闘はするものの、それは目標ではなく、さらにその先を見据えている。

崖の上に座していた猿は、2頭の虎が牙をむき、ほかの動物たちもその戦いの行方に気をとられている隙に、あらたな”縄張り”作りに向けて着々と動きだしているのである。
モスクワ支局長
松尾寛
1996年入局
新潟局、国際部、
ウラジオストク支局などを経て
2017年から現職