“一時保護”に揺れる児相職員たち

“一時保護”に揺れる児相職員たち
「もし突然、子どもを取り上げられたら…」
児童相談所(=児相)にこのような恐怖心を抱く保護者もいるかもしれません。
子どもの安全を守るため、親の同意がなくても子どもを引き離す「一時保護」。
これは児相に与えられた強い権限ですが、その難しさを感じている職員も少なくないようです。
(おはよう日本ディレクター 中村幸代 / 国際部記者 白井綾乃/ 社会部記者 藤島温実)

親との関係が一気に崩れる~現場の声

首都圏の児相で働いていた女性です。
希望して児童福祉司となり、3年間働きましたが、去年、離職しました。
一時保護の難しさを尋ねると、「それまで積み上げてきた保護者との関係性が崩れてしまうことです」と明かしました。
女性が支援していたのは、障害のある女の子がいた家庭でした。
母親は女性に対して、素直に子育ての悩みを話してくれるなど、関係は良好だったといいます。
このため、女性は地域の福祉サービスなどを利用すれば、この家庭を支えていけると考えていました。しかし、ある時、娘から「お母さんからたたかれている」という訴えがあったのです。
どこまで、娘の側が正確に話せているのだろうか。
一方で、虐待のおそれを完全に排除できる証拠もないー。
結果として、児相は「一時保護が必要」と判断しました。
女性が忘れられないというのが、母親に、通知文書を手渡した時のことです。
母親は、そこに『○○(親の名前)による身体的虐待が理由』と記されているのを見て、泣き崩れてしまったのです。
元児童福祉司の女性
「母親にとっては、“この職員が一時保護を判断したのだ、ずっと味方だと信じて話してきたのに裏切られた”という感覚が大きいだろうなと思います。母親の様子を見て『もっとほかの手立てはなかったか』という思いでいっぱいになり、つらかったです」

親からの敵意も

この話をしてくれた女性は、一時保護により、突然子どもを奪われる親の気持ちを痛いほど理解していました。しかし、「子どもを奪われた」と感じる親たちからは、さまざまな形で敵意を向けられることもあるといいます。
元児童福祉司の女性
「わが子が一時保護されたあと、児相の前に座り込んで担当職員を待ち伏せする親もいます。面接のときには、スマホを机の上に置かれると、このやり取りが録音されているのではないかと怖くなります。もしも訴えられたときに備えて、断定的な物言いは避け、自分と相手の発言を詳細に記録するようにしていました。職場では訴訟保険のパンフレットが回覧され、個人で加入していました」
また、別の30代の児童福祉司も、一時保護した親からの敵意は身につまされる問題だと証言しました。
甲信越地方 30代男性・児童福祉司
「『このまま死んでやる』『お前の家族をめちゃくちゃにしてやる』など、親から脅されることは、月に1回ほどはあります。実際に身の危険につながったことはありませんが、同僚の中にはそのことで眠れなくなり、精神的にまいってしまう人もいました」

「介入」と「支援」“真逆の顔”

一時保護」というのは、児童福祉法33条に定められた児相の業務の一つです。
親の同意がなくても、子どもの安全を守るために児相の所長が必要と判断すれば行うことができる、極めて強い権限です。
しかし、児相の業務はこの一時保護のように「介入」だけではありません。
むしろ、日常的には、育児に悩む親の相談にのったり、困りごとを手助けしたりする「支援」の業務を行っています。
この「介入」と「支援」の両立こそが難しいのだそうです。
さきほどの30代の児童福祉司に尋ねると、この「介入」と「支援」を同じ人間がやること自体に無理があると言いました。
甲信越地方 30代男性・児童福祉司
「何度も保護者から育児の相談にのり、きのうまで“一緒に頑張ろう”と話していても、突然目の前で夫婦喧嘩が始まり、子どもの身に危険があるとなれば、その場で一時保護に踏み切らなければいけません。しかし、突然子どもを奪われた親の立場になれば、怒りは当然かと思います。私たちは、なぜこのような対応が必要となったか、丁寧に説明するしかないのです」

強まる「介入」

相次ぐ虐待事件をうけて、年々強まっているのは「介入」の側面です。
2000年に成立した児童虐待防止法では児相の立ち入り調査の権限などが強化され、2007年の法改正では、裁判所の許可を受けて強制的に立ち入る「臨検捜索」が導入されました。さらに、2019年の改正で「介入」と「支援」でそれぞれ担当する職員を分けることが盛り込まれましたが、自治体の規模に差があるため、同じ担当者が対応している児相もあるということです。
こうした対応は有効にもみえますが、実際はそれほど簡単ではなさそうです。職員は、一時保護したあとも、子どもを再び家庭に帰すことができるかどうかを検討するため、保護者と話し合わなくてはなりませんが、ひとたび崩れた関係性を回復させるのは極めて困難です。
児相の法的な権限が強まるほど、その難しさは増しています。

“経験”と“スキル”が必要だけど…

「支援」と「介入」の両立。こうした難しい対応が求められる児相の職員に必要なものは何か。
中部地方の児相の元所長はこう語ります。
児相の元所長
「子どもの安全・安心の確保が最優先で、法的な権限を適切に行使して介入する機能が求められます。ただ、一時保護された子どもの多くは再び家庭に戻ります。だからこそ児相は、介入したあとの『支援の質』を上げなければいけない。介入と支援は一見相反するものに見えますが、両面を求められる以上、必要なのはそれぞれの“スキル”です」
首都圏の児相で10年以上経験がある児童福祉司も同様のことを口にしました。
児童福祉司
「支援と介入、本来どちらも職員に必要とされるスキルだと思います。保護者とは粘り強く関係を構築し、万が一、一時保護する事態になり、関係が壊れそうになっても、再構築しなければなりません。そのためにも、職員には“経験”と“スキル”が必要なのです」
2人が指摘した“経験”と“スキル”。しかし、これこそがいま、全国の児相が最も頭を悩ませている問題でした。

“過半数”が経験浅い職員

厚生労働省は、虐待事件の発生を食い止めようと、全国の児相職員の増員を計画。それに即して、それぞれの自治体は人材確保に奔走しています。
その結果、新人の採用が増えたことで、職員の構成は、経験年数が浅い職員に偏っています。厚生労働省のまとめによると、勤務年数が3年未満の「児童福祉司」が全体の過半数を占めているのです。
その実情をさきほどの元所長もこう語ります。
児相の元所長
「親から『若いあなたに何がわかる』『子どもを産んだこともないのに』などと言われ、親との関係構築に悩む若手は多いです。休日も、一生懸命働いて、夜に急にかかってくる電話の応対や宿直もこなします。すると、いくら意欲をもって就職しても5年くらいたつとバーンアウトしてしまう職員もいます。結婚して家庭のことを考えると、仕事を続けたくても叶わずに、やむをえず児相から部署の異動を希望する人もいました」

新人もいきなり最前線に

そうなると、大切なのは若手の研修だと思いますが、取材すると、児相には、新人職員を一人前にするためのカリキュラムが不十分だという声があがりました。
新たに採用された経験の浅い職員がじっくり研修を受ける余裕はなく、新人といえども、配属早々に現場の最前線に立たされ、多くのケースを任されるような自治体も少なくないといいます。
実践で学ぶ、いわゆるOJTというと聞こえはいいですが、結果的に、若手は専門的な知識やスキルが身につかないまま、支援と介入という難しい舵取りが求められる現場に投げ出されているのが実態のようです。こうした現状に専門家は警鐘を鳴らします。
鈴木准教授
「児相の仕事は、一歩判断を誤れば、子どもの命にかかわるという、大変高度な専門スキルが求められるもの。それなのに、専門的な知識や経験がない新人が、突然現場に立たされている実態は、“無謀”といえます。警察官や消防士に育成のための学校があるのと同じく、児相の職員も、もっと時間をかけて、研修だけに専念できるような、養成の期間が必要です」

みなさんの声を

年々、増加する児童虐待。それに対応する児相には、「支援」と「介入」という、真逆の難しい業務が課せられていました。しかし今の児相の職員の多くは、日々の業務に追われて、スキルを蓄えるだけの余裕がないようにみえました。
こうした問題、ほかの組織でもあるかもしれませんが、特に児相の業務は子どもの命に直結するだけに、看過できないと思います。

みなさんの意見、ぜひ聞かせてください。
おはよう日本ディレクター
中村 幸代
2015年入局
北九州局・福岡局を経て
去年から「おはよう日本」
社会格差や
子どもの貧困などを取材
国際部記者
白井 綾乃
2014年入局
岐阜局・名古屋局を経て
現所属
社会部記者
藤島 温実
2013年入局
高知局、熊本局、
警視庁担当を経て
現在は主に
教育・福祉分野を取材