ビジネス特集

「世界を変える30人」斎藤明日美さんが挑む“土の道”の舗装

「IT人材の確保で出遅れるのは、“土の道”を行くようなもの」。独特の言い回しで、日本のIT業界の現状に警鐘を鳴らすのは、「Waffle」の共同代表、斎藤明日美さん(30)です。

経済誌の「Forbes JAPAN」が選ぶ、世界を変える30歳未満の30人の日本人にも去年選ばれた斎藤さん。IT企業で働いてきた経験から「なぜエンジニアは男性ばかりなのか」という疑問を持ち続け、業界のジェンダーギャップを解消したいと、女子中高生のプログラミング教育に取り組んでいます。

“土の道”とはどういう意味なのでしょうか。(国際部記者 山田奈々)

応募は男性ばかり!?

IT企業で働いていたころの斎藤さん(左から2番目)
大学卒業後、IT企業やスタートアップ企業で働いてきた斎藤さんの職種は「データサイエンティスト」。

ビジネスの効率化に向けてさまざまなデータを分析し商品の在庫を予測することが主な仕事でしたが、職場にいるのは男性ばかり。圧倒的に女性が少ないことに驚いたといいます。

実際、エンジニアなど日本の女性IT人材が業界全体に占める割合は、業界団体が行った最新の調査でおよそ2割にとどまっています。
斎藤さん
「人事担当者に『どうしたら女性を増やせるか?』と聞いたんです。でも人事は、女性を落としているわけではなく、そもそも応募書類が届かないと。

調べたら、工学部に行く女性は15%しかいないと分かったんです。応募してくれる女性を探すどころか、IT分野を勉強している大学生すらいないんだなと。これは採用の時点では遅いと感じました」

そこにコロナ直撃…

さらに新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに露呈した日本のIT分野での遅れ。斎藤さんは、強い危機感を持ちました。
「Waffle」共同代表 斎藤明日美さん
斎藤さん
「ITで出遅れるのは“土の道”を行くようなもの。舗装されていないので、何をやるにもすごく時間がかかる。

補助金の申請などの行政手続きもその1つですし、コロナでオンライン学習を余儀なくされた際には、ほかの国ではもっとスムーズに移行できたのに日本では移行に時間がかかりました。

ITはこれからの経済成長の要です。ITを使って社会を変えたい、やりたいことがある意識の高い学生をどんどん応援したい、そのためにはやはり若い世代の教育が欠かせません」
日本のIT業界では、人材不足が指摘され、経済産業省の調査では、2030年には最大で79万人が不足すると予測されています。

斎藤さんは、今こそ、女性のIT人材を増やさなければならないと、思いを強くしたのです。

テック女子を増やす!

オンライン教室の様子
女性のIT人材を増やすにしても、理系を学ぶ女子が少ない中で、大学から人材育成を始めるようでは遅すぎる。

斎藤さんはIT分野に興味のある女子中高生に、ホームページの作り方などを教える教室を開き、人材育成に取り組んでいます。

中でも力を入れているのが、アメリカのNPO法人が開催する「Technovation Girls」というアプリコンテストへの参加です。
世界中の女子中高生が参加するこの大会は、身近な社会問題を解決するためのアプリと、そのビジネスモデルを数か月にわたって設計し、プレゼンするというもので、ことしは日本から23組が出場します。

このコンテストでは、女子中高生ならではの視点が生かされたアプリのアイデアが次々と出てきます。
例えば、共働きの家庭で家事の負担が女性に偏っている課題を解決しようと、家事を行うごとにアプリ内のキャラクターが成長し、男性もゲーム感覚で家事を分担できるアプリ。
あるいは、料理のメニューや買い出しの品目などの情報をシェアすることで、働く女性たちが家族と連携して料理やスーパーでの買い物をこなせるアプリなど。

斎藤さんはこうした取り組みを進める中で、女性のIT人材が不足する理由として、社会に根強く残る偏見があると感じています。
斎藤さん
「さまざまな理由があると思いますが、社会や親などによる理系女子へのステレオタイプをなくす必要があります。

理系は、世界中で重宝される仕事にもかかわらず、日本ではいまだに研究職以外で仕事あるの?という見られ方をしているケースもある。

保護者でも、娘は夏休みに英語を学ぶキャンプに、息子はロボットキャンプに行かせようかなと無意識に学びの場を性別で選んでしまう。

先生に『女の子が物理に行くのは厳しい』と言われたという学生の声もあったので、あからさまな反対もまだ存在しています」
そのうえで、斎藤さんはIT教育にあたって、2つのことを大切にしています。
斎藤さん
「高校生なのにすごいねとか、女の子なのにすごいねというレッテルで人を評価することはしないと決めています。そういうことばが気付かないうちにどんどん子どもたちの中に積もっていってしまうと思うので、本人そのものを褒めるように。

もう1つは、楽しくやること。ITで自分をもっと表現してほしいと考えています」

女性の視点で課題解決を

「Waffle」共同創業者の田中沙弥果さん(左)と斎藤さん(右)
IT業界の人材不足を解消するうえで、斎藤さんが女性の人材育成にこだわるのは、その人数の少なさだけではありません。

女子中高生が設計するアプリのユニークさにみられるように、女性の目線が反映されれば、男性の視点に偏りがちだったIT業界の常識も変えられると考えているからです。
斎藤さん
「男性中心で技術開発が進むと、女性が社会から置いていかれてしまうんです。例えばアップルのSiriやアマゾンのアレクサなどのアシスタントAI。あの声は女性ですよね。

これでは女性はアシスタントの仕事をしてくれるものだというステレオタイプが再生産されてしまうおそれもある。エンジニアリングに女性の視点が足りていないことが問題なんです。

逆に、女性ならではの視点で開発されたIoT機器などもあります。婦人用の体温計は、朝一番で舌の上で体温を測りますが、忙しい朝、検温後に毎回洗わなければならず面倒です。

そこで女性エンジニアがおなかの上で測れるデバイスを開発し、測ると同時に、測定結果がスマホに転送される仕組みにしました。男性では不便さに気付くことが難しい例だと思います」
つまり、人材が男性に偏りすぎると、女性目線で解決すべき課題がないがしろにされるおそれがあるため、女性の人材も必要だというのです。

ITは経済成長の要

世界に目を向けると、すでに女性へのIT教育を積極的に進めている国もあります。

たとえばオーストラリアでは、政府のプロジェクトの一環として、女子学生がIT業界で働く女性エンジニアから仕事のやりがいなどについて話を聞く機会を設けています。

将来どんな仕事に就けるのか、具体的なイメージを持ってもらうことで、途中で興味を失うことなく継続的に学んでもらうねらいです。

また、入学後、専攻を変えることができる大学が多いアメリカでは、コンピューターサイセンスに関する入門の授業をなるべく簡単にすることで、多くの女子学生を引き付けようという取り組みも行われています。

日本でもようやく小中学校でのプログラミング教育が本格化していますが、高校、大学、そして就職まで興味や関心を持ち続けてもらうことが大切だと言えそうです。

取材を終えて

斎藤さんの話を通じて、「ITは社会の問題を解決するためのツールとして使われるからこそ意味がある」と再認識させられました。

そして、課題が多様化する中で、それを解決する人が男性、女性、どちらかの性別に偏ってしまうことは、社会全体にとってマイナスだと強く感じました。

その意味でも、斎藤さんたちが行っている女子中高生へのアプローチは大切だと思います。

そして将来、斎藤さんの教え子たちが“土の道”を舗装された道に変えていくことに期待したいと思います。
国際部記者
山田 奈々
平成21年入局
長崎局、千葉局、経済部を経て現所属

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