陸上 廣中璃梨佳と安藤友香が東京五輪内定 女子10000メートル

東京オリンピックの代表選考を兼ねた陸上10000メートルの日本選手権が静岡県で行われ、女子は廣中璃梨佳選手と安藤友香選手が日本陸上競技連盟が定めた条件を満たし、初めてのオリンピック代表に内定しました。

東京オリンピックの代表選考を兼ねた陸上10000メートルの日本選手権は、静岡県袋井市で開かれました。

男女ともに出場枠は残り最大2人で、日本陸連は今回のレースで3位以内に入り、オリンピックの参加標準記録を突破することを条件としています。

このうち、女子は20歳の廣中選手が序盤からレースを引っ張りました。中盤、一緒に先頭集団を作っていた安藤選手に前を譲りましたが、ペースが落ちはじめた8600メートル付近で前に出ると、そのままスパートを決め、31分11秒75と参加標準記録より10秒以上速いタイムで優勝しました。

また、2位の安藤選手も31分18秒18で参加標準記録を突破しました。

2人は日本陸連が定めた条件を満たし、いずれも初めてのオリンピック代表に内定しました。

廣中「世界で戦うためにまた1から作り上げる」

廣中選手は「自分にとって10000メートルの2戦目だったのでどうなるかと思っていたが、オリンピック代表の切符をとることができてうれしい。去年12月に5000メートルの日本選手権で負けた悔しさをずっと持っていて、自分でレースを作ろうと思っていた」と振り返りました。

残り3周のところでスパートをかけたことについては「レースの流れに乗っていけると思った」と話していました。

そして、今後に向けて「ここに来るまでにたくさんの人の支えや応援があってスタートラインに立つことができた。世界で戦うためにまた1から作り上げていきたい」と意気込んでいました。

廣中はわずか2戦目で五輪内定

廣中選手は、10000メートルの公式レース、わずか2戦目でオリンピックの切符をつかみとりました。

これまで駅伝や5000メートルなどで圧倒的な力を発揮してきた廣中選手。日本歴代3位の記録を持つ5000メートルに絞って東京オリンピックを目指すと思われていました。ところが先月10000メートルに初めて挑戦すると、東京オリンピックの参加標準記録まであと5秒に迫る31分30秒で優勝したのです。

もともと5000メートルでも序盤から飛び出して独走で逃げきるレースを得意としていて、スタミナは十分と評価されてきました。

一躍、10000メートルの有力候補となって臨んだ今大会、序盤から引っ張る形でレースを進め、そのスタミナをいかんなく発揮し一気にオリンピックの代表までのぼりつめました。

廣中選手が10000メートルの代表に内定したことで、新谷仁美選手と同世代の田中希実選手とあわせ、日本の女子トラック種目を代表する3人がオリンピックの切符をつかんだことになります。

廣中選手はさらに来月の大会で、得意の5000メートルで2種目めのオリンピックの代表内定を目指します。

廣中璃梨佳とは

廣中璃梨佳選手は長崎県出身の20歳。駅伝で無類の強さを発揮し、中学3年生以降、出場したすべての駅伝で区間賞を獲得しています。

序盤から飛び出すレース展開を得意としていて、このうち都道府県対抗の全国女子駅伝では、9つの区間のうち1区と4区の区間記録を持っています。

高校を卒業したおととしから日本郵政グループに所属し、東京オリンピックのマラソン代表に内定している鈴木亜由子選手らとトレーニングを積んでいます。トラックでは去年9月、女子5000メートルでベテランの新谷仁美選手と競り合い、日本歴代3位の14分台のタイムを出しています。

去年12月に行われた日本選手権の5000メートルでは、同世代のライバル、田中希実選手に惜しくも競り負けましたが、日本のホープの1人として期待されています。

安藤友香とは

安藤友香選手は岐阜県出身の27歳。愛知県の強豪、豊川高校出身で全国高校駅伝では2回の優勝に貢献しました。

実業団に進んだあと初マラソンだった2017年の名古屋ウィメンズマラソンで当時日本歴代4位の2時間21分36秒の好タイムをマークして世界選手権の代表に選ばれ、一躍、脚光を集めました。

両腕を下げて腕の振りが少ない独特のフォームが特徴で、スピードを生かして前半から積極的にレースを進める思い切りのよさが持ち味です。

おととし2月に福士加代子選手や一山麻緒選手が所属する実業団の強豪、ワコールに移籍、マラソンでの代表入りは逃したため10000メートルでの出場を目指していました。

安藤「最後まで諦めず自分を信じて走ることができた」

安藤選手は「オリンピック代表の切符をとりたいと思ってここまで取り組んできた。多くの人に支えてもらい、たくさんの人に応援してもらって代表になれたことは本当にうれしい」と興奮した様子で話していました。

そして「廣中さんが引っ張ってくれたなかで、最後まで諦めず自分を信じて走ることができた」と話していました。